32.手紙
夜中、走り回った二人はヘトヘトに疲れていたが、再会できた嬉しさで気にならなかった。
朱がお盆に二人分のティーセットを載せてやってきた。
ポットに熱いお湯が注がれる。
陶器と葉にお湯があたり、優しい音を立てた。
立ち上る瑞々しい香り。
ティーカップへ、緑の美しいハーブティーが注がれる。
ハルは、静かな所作でハーブティーを入れる朱をまぶしそうに見た。
「どうぞ」
ハルの目の前にカップが置かれる。
ハルは、カップを見てなかった。
おもむろに立ち上がり、朱の前に立つと、両手で朱の頭を引き寄せた。
「ははっ、本当にアキトだ。お前、お茶淹れるの、上手くなったなあ……」
朱の白い髪の毛をグシャグシャにかき回す。
「よかった。お前が無事で、本当によかった……」
ハルはしばらくの間、朱の頭を離さなかった。
朱はハルの腕の中で黙ったまま、目を伏せた。
朝の低い日差しの中で、二人は、少し冷めたハーブティーのカップを傾けた。
ハルはこれまでのことを話した。
アキトがいなくなってからすぐに探しに出かけたこと。
いくつも街を訪ね歩いたこと。
クマさんから、アキトは必ず生きてると言われたこと。
朱の手がとまった。
ハルは話すのをやめて、朱を真っ直ぐ見た。
風が窓ガラスをかすかに鳴らした。
「……クマさん、会いに来た?」
「ああ」
朱は、頷いた。
「最後まで心配してくれていた」
自分の手のひらに視線を落とす。
「なのに、俺は、あの人を……」
「待った」
ハルは手をあげて朱の話をきっぱり遮った。
「アキト……。クマさんがね、繰り返し言ってたんだよ。クマさんとアキトの間で何かあったら、それは、クマさんが……自分達のせいだって」
朱は虚ろな眼差しをハルに向け、すぐに俯いた。
「絶対にアキトの責任じゃないって。アキトが自分を責めないようにって…」
朱は手に力を入れて、少し強く握った。
ハルが朱の近くに立って、肩に手を置いた。
「アキト。よかったらお前の話、聞かせてくれないか?」
朱は素直に頷いた。
昔もハルにそう言われると、こんな風に頷いていた。
朱はこれまでのことを話し始めた。
✴︎
ハルは朱の足元にあぐらをかいて、目を閉じながら、体を左右に揺らしていた。
話し終えた朱はしばらく黙っていた。
ハルは目を開けて、朱を見た。
「お前、一人で頑張ったなあ」
そっと、笑いかけた。
「いや、俺は……」
「頑張ったよ。もう、一人で抱えなくていいんだ」
ハルは、朱の頭を優しくたたいた。
朱の顔は髪の毛に隠れてハルには見えなかった。
小さな頃のアキトは、黙ったまま泣く子どもだった。
そんなことをハルは思い出した。
その時、朱の胸元でカサリと、乾いた音がした。
朱が胸元に手を入れると、手紙がでてきた。
「クマさんが、持っていたんだ……」
朱はその手紙をひろげた。
ーーアキト坊ちゃん
坊ちゃんが、あのレッドキャップの妖精と親しくしていたこと。
私は知ってました。
知ってて、私は何もしなかったんです。
とめられて、自分が大事だから、見ないフリをしてました。
でも、大勢の人が死んで、あなたが朱と呼ばれるようになって、もう——
坊ちゃん、本当の名前は大切にしてください。
妖精にとられないように、隠してください。
でもおそらく、坊ちゃんはすでに、名前を与えてしまったのでしょう。
名を与えてしまっても、自分を取り戻した人はいます。だから、希望を捨てないでください。
坊ちゃん、何もしてあげられなくてごめんなさいね。
あなたは悪くない。
どうか、気に病まないでください。
読み終えた二人は、しばらく黙った。
朱はその手紙をテーブルに置いた。
「クマさんが気にする必要はなかったんだ。俺のせいだったんだ。なのに……」
ハルは膝の上の手を強く握った。
「もっと早くレッドキャップとお前とのこと、気付いていたら。もっと早くお前を見つけられていたら……。私……もう遅れないよ」
ストーブの中で炭が割れる音がした。
ハルはストーブを見た。
立てかけてある棒が目に入った。
見覚えがあった。
「これ……ひょっとして、クマさんが持ってた?」
「そうだ」
ハルは棒を手に取った。
思ったより軽かった。
表面を丁寧に削ってあり、丈夫そうだった。
「アキト……この棒、もらっていい?」
「……ああ」
ハルは棒をじっも見つめた。
「親ってよく知らないけどさ、クマさんみたいな人なんだろうな」
ハルは朱に向き直った。
「アキト……、お互いに、名前を隠そうか」
棒を肩にかついで、声を少し低める。
「お前、朱って呼ばれてるだろ?私もハルじゃなくて……」
ハルは、天井を見上げて少し考えた。
「そうか、シンだ。私……いや、俺はシン。知ってる?ハルナって、シンとも読むんだ」
朱に向けて得意そうな顔をする。
「今度は、お前も街の人も守るからさ」
ハルは少し照れくさそうに笑うと、頭のバンダナを少し持ち上げてみせた。
足元に伸びる二人の影が、丸太小屋の床に並んだ。




