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かなりや  作者: やうた まゆ 
Ⅱ.冬の夜の風
32/39

32.手紙


夜中、走り回った二人はヘトヘトに疲れていたが、再会できた嬉しさで気にならなかった。


朱がお盆に二人分のティーセットを載せてやってきた。


ポットに熱いお湯が注がれる。

陶器と葉にお湯があたり、優しい音を立てた。


立ち上る瑞々しい香り。


ティーカップへ、緑の美しいハーブティーが注がれる。


ハルは、静かな所作でハーブティーを入れる朱をまぶしそうに見た。


「どうぞ」


ハルの目の前にカップが置かれる。


ハルは、カップを見てなかった。


おもむろに立ち上がり、朱の前に立つと、両手で朱の頭を引き寄せた。


「ははっ、本当にアキトだ。お前、お茶淹れるの、上手くなったなあ……」


朱の白い髪の毛をグシャグシャにかき回す。


「よかった。お前が無事で、本当によかった……」


ハルはしばらくの間、朱の頭を離さなかった。

朱はハルの腕の中で黙ったまま、目を伏せた。




朝の低い日差しの中で、二人は、少し冷めたハーブティーのカップを傾けた。


ハルはこれまでのことを話した。


アキトがいなくなってからすぐに探しに出かけたこと。

いくつも街を訪ね歩いたこと。

クマさんから、アキトは必ず生きてると言われたこと。


朱の手がとまった。


ハルは話すのをやめて、朱を真っ直ぐ見た。


風が窓ガラスをかすかに鳴らした。


「……クマさん、会いに来た?」


「ああ」


朱は、頷いた。


「最後まで心配してくれていた」


自分の手のひらに視線を落とす。


「なのに、俺は、あの人を……」


「待った」


ハルは手をあげて朱の話をきっぱり遮った。


「アキト……。クマさんがね、繰り返し言ってたんだよ。クマさんとアキトの間で何かあったら、それは、クマさんが……自分達のせいだって」


朱は虚ろな眼差しをハルに向け、すぐに俯いた。


「絶対にアキトの責任じゃないって。アキトが自分を責めないようにって…」


朱は手に力を入れて、少し強く握った。


ハルが朱の近くに立って、肩に手を置いた。


「アキト。よかったらお前の話、聞かせてくれないか?」


朱は素直に頷いた。


昔もハルにそう言われると、こんな風に頷いていた。


朱はこれまでのことを話し始めた。


✴︎


ハルは朱の足元にあぐらをかいて、目を閉じながら、体を左右に揺らしていた。


話し終えた朱はしばらく黙っていた。


ハルは目を開けて、朱を見た。


「お前、一人で頑張ったなあ」


そっと、笑いかけた。


「いや、俺は……」


「頑張ったよ。もう、一人で抱えなくていいんだ」


ハルは、朱の頭を優しくたたいた。


朱の顔は髪の毛に隠れてハルには見えなかった。


小さな頃のアキトは、黙ったまま泣く子どもだった。

そんなことをハルは思い出した。


その時、朱の胸元でカサリと、乾いた音がした。


朱が胸元に手を入れると、手紙がでてきた。


「クマさんが、持っていたんだ……」


朱はその手紙をひろげた。




ーーアキト坊ちゃん


坊ちゃんが、あのレッドキャップの妖精と親しくしていたこと。

私は知ってました。

知ってて、私は何もしなかったんです。

とめられて、自分が大事だから、見ないフリをしてました。

でも、大勢の人が死んで、あなたが朱と呼ばれるようになって、もう——


坊ちゃん、本当の名前は大切にしてください。

妖精にとられないように、隠してください。

でもおそらく、坊ちゃんはすでに、名前を与えてしまったのでしょう。

名を与えてしまっても、自分を取り戻した人はいます。だから、希望を捨てないでください。


坊ちゃん、何もしてあげられなくてごめんなさいね。

あなたは悪くない。

どうか、気に病まないでください。




読み終えた二人は、しばらく黙った。


朱はその手紙をテーブルに置いた。


「クマさんが気にする必要はなかったんだ。俺のせいだったんだ。なのに……」


ハルは膝の上の手を強く握った。


「もっと早くレッドキャップとお前とのこと、気付いていたら。もっと早くお前を見つけられていたら……。私……もう遅れないよ」


ストーブの中で炭が割れる音がした。


ハルはストーブを見た。

立てかけてある棒が目に入った。

見覚えがあった。


「これ……ひょっとして、クマさんが持ってた?」


「そうだ」


ハルは棒を手に取った。

思ったより軽かった。

表面を丁寧に削ってあり、丈夫そうだった。


「アキト……この棒、もらっていい?」


「……ああ」


ハルは棒をじっも見つめた。


「親ってよく知らないけどさ、クマさんみたいな人なんだろうな」


ハルは朱に向き直った。


「アキト……、お互いに、名前を隠そうか」


棒を肩にかついで、声を少し低める。


「お前、朱って呼ばれてるだろ?私もハルじゃなくて……」


ハルは、天井を見上げて少し考えた。


「そうか、シンだ。私……いや、俺はシン。知ってる?ハルナって、シンとも読むんだ」


朱に向けて得意そうな顔をする。


「今度は、お前も街の人も守るからさ」


ハルは少し照れくさそうに笑うと、頭のバンダナを少し持ち上げてみせた。


足元に伸びる二人の影が、丸太小屋の床に並んだ。





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