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かなりや  作者: やうた まゆ 
Ⅱ.冬の夜の風
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31.二つ目のティーカップ



懐かしい響きだった。

その声も、そう呼ばれるのも。


バンダナが風に揺れている。


でも目の前にいるのは知らない青年だった。


「ほら私、ハルだよ。女性一人じゃ危ないと思ってね。変装上手でしょう?」


ハルは冗談めかして、カラカラと笑った。


ああ、ハルだ。

昔と何も変わらない。

朱は朦朧とする意識の端で思った。


だが、今は夜だった。


朱は赤い目を細めて、斧を構えた。


「やっぱり、噂の朱ってのはアキトなんだね?」


ハルは右手に何かを構え、少しだけ、真剣な表情をした。


朱が斧を振りかぶった。


その瞬間、ハルは笑った。


「アキト、悪い」


ハルが何かを朱に投げた。


粉が朱の顔の前で飛び散り、広がる。

朱は咳き込み、目を押さえた。


「ははっ、胡椒と唐辛子、大量に用意したんだ。しばらく我慢して……」


ハルがロープを持って朱に近づくと、ナイフを持った手が伸びて、ハルの腕をかすった。


ハルは慌てて朱から離れた。


「お前、女性を大事にしないと、マイに怒られるよ」


朱は目を閉じたまま、ハルの方に歩きだした。


ハルが走って逃げ出すと、朱も走って追いかける。


「走って私に勝てると思うなよ」


走りながらハルは軽口を叩く。


二人は野原を駆け回った。


朱は風のように速く駆けたが、ハルも負けてはいなかった。


二つの風が野原を駆け巡った。


追いつかれそうになると、ハルはポケットから何かを取り出しては、朱に投げつけた。


唐辛子が飛び、油が飛び、最後は卵まで飛んできた。


朱はその度に顔を覆ったり、滑りそうになってふらついたりしながら、ハルを追いかけた。


ハルは時々後ろを振り返っては、そんな朱を見てカラカラと笑った。


次第に空の端が朱に染まり、景色が色付いてくる。


ヒバリが鳴き出した。

日が顔を出す。


朱は立ち止まり、呆然とした。


「ハル……」


赤い光は消えていた。


ハルは息を切らしながら、明るく笑った。


「どうだ、参ったか」


朱はひどい有様だった。


油や卵や唐辛子にまみれていた。


ハルは吹き出した。


「ひどい顔だ」


そう言って、目尻をこすった。


朱の口元が、わずかに歪んだ。

泣いているのか、笑っているのか、自分でも分からなかった。


ハルはそんな朱の側に歩み寄ると、自分より背の高い朱の頭をクシャクシャと撫でた。


風が柔らかく吹いた。

花が風になびいて揺れた。


✴︎


二人は丸太小屋に向かった。


木立を抜ける途中で、ハルは文句を言い始めた。


「私、この辺も隅々まで探したのに。なんで見つからなかったのかな」


丸太小屋が見えてくると、ハルは目を細めた。


「……見つかってよかった」


二人で玄関前の階段を上り、ドアをくぐる。


「ああ疲れた疲れた。お前、お茶淹れろよな」


ハルは遠慮なく丸太小屋の中を歩き回り、ソファにどさりと腰を下ろした。


それを見て朱は口元を緩めた。


朱が棚から二つ目のティーカップを手に取ると、少し埃がかかっていた。


お茶の前に、まず洗わなければならないようだった。


ダルマストーブの火が爆ぜる。

煙突から真っ直ぐに煙が立ち上る。


朝の日差しは静かで柔らかだった。






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