24.家族
ユキがいなくなってからの数日間、アキトはほとんど話さなくなった。
元々静かだったのが、感情を心の奥にしまいこんで蓋をしたような有様だった。
それが、今朝はなんだか嬉しそうにしている。
ハルはそんなアキトを見て微笑んだ。
そして、黙ってアキトの背後に周ると、アキトの頭をクシャクシャにした。
イツキが笑う。
「アキ兄、頭、変だよ」
ハルがアキトの髪の毛をわざと立たせていた。
マイとワカキも可笑しがった。
久しぶりに、皆で笑った。
✴︎
夜明け前の川辺。
鳥が鳴いて、夜明けが近いことを知らせてくれている。
アキトは薪を組んで火を起こす準備をしていた。
静かな夜明け前の時間もアキトは好きだった。
焚き付けに火をつける。
炎の小さな柱が一つ、二つ、ゆっくりと立ち上がっていく。
炎に合わせて薪を少しずつ足してゆく。
火は少しずつ大きく育っていった。
夜空に煙が立ち上っていった。
火がパチリと爆ぜた。
炎は次第に穏やかになり、落ち着いた。
アキトは椅子に腰掛けてぼんやりと焚き火を眺めた。
目を閉じてみる。
ゆっくりと流れる川のせせらぎ。
岸に水が触れてチャプリチャプリと音を立てている。
炎が静かに空気を揺らしている。
静まり返った空の冷たい空気。
夜が白み始める。
鍋の水が温まって鍋を揺らした。
足音が遠くから聞こえてきた。
アキトが顔を上げると、赤錆色の帽子が見えた。
にっこりと笑った。
「おはよう。来てくれてありがとう」
妖精は口の端を持ち上げた。
「ああ……おはよう。アキト」
二人は小さな椅子に腰掛けた。
アキトは鍋のお湯をポットに注いだ。
お湯を移してカップも温める。
カップから温かい湯気が柔らかく広がった。
ポットに茶葉を入れ、お湯をゆっくり注いで蓋をする。
妖精はその様子をじっと見ている。
カップのお湯を捨てて、アキトはポットをそっと持ち上げた。
温まったカップに紅茶をそっと注ぐ。
紅茶の香りが辺りに広がった。
そこにレモンを浮かべ、蜂蜜を入れる。
カップをそっと妖精に差し出した。
「どうぞ。熱いから気をつけてね」
朝日が昇ると、紅茶のカップを横から照らしだした。
妖精は黙ってカップを受け取る。
しばらく、二人は無言で紅茶を飲んだ。
頬は冷たかったが、カップに触れている手は温かかった。
「妖精さんの家は、川上の街にあるの?」
アキトは川を眺めながら、ふと、聞いてみた。
「いや……。俺は……」
妖精は言いかけて、黙ってしまった。
アキトは、何となくこの話はやめようと思った。
代わりにクッキーの皿を勧めた。
「ジャムをのせたクッキーを焼いてみたんだ。美味しいといいんだけれど」
妖精はクッキーを持ち上げた。
上にのっている赤いジャムを珍しそうに眺めた後、口に入れた。
アキトはその様子をじっと見守る。
「ああ、このクッキーも美味い」
妖精の言葉に、アキトはほっと微笑んだ。
「よかった。最近、前より上手に焼けるようになったんだ。ハルにも褒められたんだよ」
「ハル?」
妖精は目を細めて聞き返した。
「ええと、ハルはね、一緒に住んでいる兄さん……じゃなかった。姉さんみたいな人でね……」
「家族……か?」
「うん。家族」
アキトは頷いた。
「そのハルとやらは、いつも一緒にいるのか?」
「うん。大体一緒にいるよ」
妖精は紅茶のカップのふちを二回、指で触れた。
「家族……。家族はみな、そういうものなのか?」
アキトは空を見上げた。
「どうなんだろう……。ほかの家族は知らないんだ。ただ、僕はユキ姉やハルや、みんなが大好きだな。だから一緒にいられると、嬉しいんだ」
妖精の指がとまった。
妖精が指をはなすと、指にカップの痕がついていた。
「俺は……家族を知らん。気付いた時には一人だった。今までずっと一人で生きてきた……。家と呼べる場所もなかった」
アキトは静かに妖精を見つめた。
「妖精には人間と一緒に暮らす者もいる。だが、俺はレッドキャップだ。人と暮らせない」
「どうして?」
「お前さんは、知らない方がいいだろう」
そう言って妖精は帽子をかぶりなおした。
「でも……また来てくれる?」
「ああ」
「そうしたら、一緒にお茶が飲めるよね」
妖精は、わずかに口の端を持ち上げた。
カップは空になっていた。
「お前さんは二回、お茶を用意してくれた。今度は俺が用意しよう」
「本当?」
アキトは嬉しそうに目を輝かせた。
「七日後の同じ時間だな」
アキトは頷いた。
乾いた冷たい風が、焚き火を撫でていった。




