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クラリスの思い出

 夜、一同はクラリスの部屋に集まっていた――


「エマ。正直に答えなさい。あなたは今日の自分の演技に何点をつけますか」


 私はなぜか床に正座し、目の前で仁王立ちするクラリス様の影をじっと見つめていた。

 美人というのはその影までもオーラがあるんだなあ、なんて思っていると、上から怒声が降ってくる。


「エマ・グレイ!」

「5、55点くらいかと」

「なんですって」

「30点ですっ」


 私の答えをお気に召さなかったクラリス様は深いため息をつく。


「30点ですって? 自己評価が高いもいいところね。冗談じゃないわ」


 クラリス様は私の前にしゃがみ、扇子で私の顎をクイッと上げて目を合わさせた。


「いい? 今日の演技は、0点超えてマイナスよ!」

「そんなにぃ?!」


 すっとんきょうな声を上げた途端、すかさず睨まれる。

 再びスッと立ち上がったクラリス様は、窓を向いて話し出した。


「私はこれまで、舐められぬよう、侮られぬよう、毅然とした態度を貫いてきました」


 一言一言に重みがある声が部屋に静かに響く。


「だから決して感情を表には出さない。決してよ。Neverよ」

「ね、ねヴぁ?」


 再び睨まれる。

 余計な相づちは打つなということか。

 副業がバレたときと同じだ。


「だから、可愛らしいと言われて頬を赤らめるなんてこと、あり得ないのよ!!」

 そう叫んだクラリス様の顔は赤く蒸気していた。

 見ているこちらが恥ずかしくなるほどに。


 私が困惑していると、ロルドがスッと前に出た。

「実はですね、リアム様はクラリス様の初恋の相手グワッ!」


 ロルドは目の前で崩れる。クラリス様が彼の背中をぶっ叩いたのだ。

 しゃがんで背中をさすっているロルドは、目にうっすら涙を浮かべていた。バッチンとすごい音がしたから、ものすごく痛いんだろう。


 しかし大事なところは聞き取れた。

 クラリス様の初恋の相手がリアム様だ、と。

 ふむふむ。


 ……え?


「えー!!」


「おだまりなさい!」と叫んだ彼女にいつもの威厳はなく、キャンキャン吠えている子犬のように感じてしまった。


「『はつこい』ってあの、初めての恋の方ですよね。初めての鯉じゃないですよね」

「意味がぜんっぜん分からないわ!!」

「いやだから、恋愛の方の恋なのか、魚の鯉なのかって話です」

「どうして魚の鯉が出てくるのよ!!」


 恋愛の方の恋なのだ。

 初鯉でなく、初恋なのだ。


 思わず「ほぇー」と間抜けな声が出てしまい、ハッと口を押さえる。

 また怒声が飛んでくるかと反射的に身構えるが、何もこない。

 あれ?と思いクラリス様の方を向くと、彼女は椅子に座って机に頬杖をついていた。


「もう、12年も前のことになるかしら…」

 どこか遠くを見つめた、哀愁漂う瞳。

 先程まで紅潮していたとは思えないほど白い頬。

 この国では珍しい黒く真っすぐな髪が机の上に垂れ、彼女の周りを一層神秘的なものにしていた。


「クラリス様の貴重な恋バナなんだから、耳かっぽじって聞かなきゃダメよ」

 早口で囁いたメアリーは、至って真面目な顔をしていた。

「前回は三ヶ月前だったんだから」



――あの日は確か、青い空に雲が薄くたなびいた、気持ちのいい春の日だったわ。

 私は5歳で、その日は王太子の誕生祝賀会に出席したの。


 子ども向けのスペースも設けられていて、そこでは貴族の子どもたちがご馳走を取って食べたり、座っておしゃべりしたりしていたんだけど、私はなかなかその輪に入ることができなかった。

 弱かったのよ、私。


 仕方ないから一人で好きなものを食べようと思って、美味しそうなマカロンを取りに行ったのだけど、マカロンは残り3つ。


 トングに手を伸ばした瞬間、私は横から走ってきた男の子に押されて転んでしまった。

 彼はおそらく6歳くらいだったと思うわ。

 なんと、そいつは一人でマカロンを3つ取ってしまったのよ。


 転んだ痛みをこらえて立ち上がって、

『1つください』ってお願いしたらそいつ、

『ばーか』って言って私の足をふんずけた。


 そうしたら、近くにいた金髪の小さな男の子が歩いてきて、彼の胸をいきなり殴ったのよ。

 とてもびっくりしたわ。驚きで涙も止まった。


 すぐに大人たちが来たけれど、幸いケガはなく、かつ両家とも伯爵家で、親たちに分別があったから『子どもの戯れ』として大事にならずに済んだ。


 金髪の男の子は親にとても怒られていたから、私あとから彼に謝罪したの。

『ごめんなさい』って。


 彼、なんて返したと思う?

『いいんだ。僕もマカロン、食べたかったから』って、にっこり笑ったの。


 彼の右手は赤くなっていた。自分より大きい男の子を、私のために殴った右手が。



 もう、ズドンよ。ズドン。


 その子の名前がリアム・ウェードラインだと知って、ウェードライン家が出席するパーティーには欠かさず私も出席した。

 私はいつも、マカロンが置かれたテーブルの側で立っていた。


 何年も何年もそうしていたわ。


 でも彼は現れなかった。


 12歳の時に、お父様が商人に騙されて家の財政が傾いた。

 私はその時、自分の想いにケリをつけたの――

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