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リアム・ウェードライン その2

 ギルバートは夕食のために本邸へ向かうリアムの隣を歩いていた。


「やっぱりギルバートは元の姿が一番落ち着くな」


リアムはカツラを外したギルバートの頭を見て笑った。夜の闇に混ざってしまうような黒い髪。


「シェフたち、今日も嘆いていましたよ」

「何をだ?」

「昼食です。離れにサンドイッチを置いていったのに、そのまま残っていたそうで」

 リアムは「あぁ」と小さく声を漏らした。


「そうか。用意してくれていたのか」

「研究に夢中になるのは結構ですが、食事くらいは召し上がってください。皆、本気で心配しているんです」

「悪い癖だな」

 リアムは苦笑した。

「あとでシェフたちに謝っておこう」

 その一言に、ギルバートは少しだけ表情を緩めた。


「そうだ、さっきお前、クラリス嬢が面白い方だったと言っていたが、具体的には何があったんだ」

「メイドが私のズボンに紅茶をこぼしてしまって、私は気にしないように言ったんですが、クラリス様はお怒りになって。メイドになんておっしゃったと思います?」

「クビだ、か?でもそれだと面白いとはならないな」


 ギルバートはわずかに微笑みながら続ける。

「紅茶は無尽蔵ではないのだから、一杯一杯大切にしろ、と」

「ほぉ」

「明日は茶畑の手伝いに行って、十分反省したら戻ってこい、と」

「なんだそれは」


 リアムはその青い瞳を真ん丸く見開いてギルバートを振り返った。好奇心にあふれた、少年のような瞳。


「面白い方でしょう」

「…噂と大分違うようだな。クラリス・アルセインは高慢で傍若無人で、使用人に手を上げることもしばしば、ではなかったのか」


 ギルバートはフッと息をつく。


「アルセイン家のメイドを辞めさせられた者たちが広めたんですかね」

「腹いせにか」

「情けない話です」




 二人が食堂へ入ると、すでにウェードライン侯爵夫妻が席についていた。


「リアム、今日はどうだった」

 彼の父、ウェードライン侯爵が声をかける。


「……順調でしたが、何か?」

 侯爵は眉間にシワをつくり、もともと険しい顔つきをさらに険しくしていた。


「それはお茶会が順調だったということか?それとも……」

 侯爵は息子にギロリと視線を突き刺す。慣れていなければ、身がすくんでしまいそうな恐ろしい視線。


「研究が、順調だったということか?」


 リアムは口をつぐんでしまった。


「聞いたぞ。またギルバートを使ったらしいな」

「……」

「分かっているのか。この婚約は、家と家とのものだ」

「……」

「従者が成り代わって顔合わせに来ていたと分かったら、間違いなく婚約破棄だぞ」

「そうよ、リアム。クラリス嬢にも失礼でしょう?」

 夫人も参戦。


「…申し訳ありません」

「次こんなことしたら勘当だからな」


 侯爵はふぅ、と息を吐いて食事を始める。

 リアムの瞳が一瞬光ったのを、後ろに控えているギルバートは見逃さなかった。


「以後気を付けます」



* * *


「聞いたかギルバート。どうやら私は勘当されるらしいぞ」

「色々曲解されてますね」


 夕食後、二人は離れに戻っていた。


「正直私は当主になるなんか御免だ。領地経営など務まるはずもない」

「これから少しずつ学べばよろしいかと」

「そして私は侯爵家にいなくとも研究は続けられる。王立研究所からも声がかかっている。私がいないと進まないだろう研究もある」


 たいそう自信家な主にギルバートはため息を漏らさずにはいられなかった。そしてまた、彼が言っていることが事実だということも厄介だった。


「一方、私がいなくともウェードライン家は続く。従弟のほら、なんと言ったっけな」

「ユリース様ですか」

「そう、それだ。あいつあたりを持ってきたら解決だ」


 薄汚れたメガネをそのまま着けようとするリアムを、ギルバートはすかさず制止して彼の手からメガネをひったくり、水場へ洗いに行く。

 白衣も清潔なものと取り換えなければ。


「つまり!!」

 リアムは珍しく大きな声を出した。

「勘当。むしろ好都合だ!」

「なに言ってるんですか!!」

 ギルバートも大声を上げた。その勢いで水を出しすぎてしまい、あたりにしぶきが飛んだ。


「あんなの言葉のあやみたいなものでしょう。本当に勘当なさるわけないじゃないですか」

 リアムは眉を大きく傾け、首をかしげる。


「貴方の才を尊重して、離れにこんな立派な研究室を作ってくださったのは誰だと思ってるんですか。大量の資金を出してくださっているのは誰だと思ってるんですか」

「…両親だな」

「そうです。薬品も、器具も、本も。全部、ご両親が用意してくださったものです。全て、貴方を大切に思ってこそのことですよ。それなのに勘当してほしいなんて言ったら、お二人、どんなに悲しむか」


 リアムは窓の外を見つめて少し考えたのち、「そうか」と呟いた。


「私は感謝を忘れる癖があるらしい。両親に世話になってることを失念していた」

 リアムはギルバートの方を振り返る。顔には満面の笑みを浮かべていた。


「だが、心配するなギルバート。今のはただの戯れ言だ」

「えー?」

 ギルバートは再び大きな声を上げる。

「いや、でも絶対よっしゃ、って思ってませんでしたか?ちょっとは思ってたでしょ」

「思ってない思ってない」

「嘘だ。だって目が輝いてましたよ」

「次も頼む」

「分かりましたよ。…ってえ、どういうことですか!!次ってなんですか?!」


 研究室に、再びギルバートの声が響き渡った。


―――――――――――――――――――――

 この日もまた、研究室の扉の向こうでは、数人のメイドたちが聞き耳を立てていた。

「今日も仲がいいわねぇ」

「リアム様が砕けた話し方されるのって、ギルバートさんの前だけなのよね」

「ちゃんと書き留めてる?」

「バレないようにね」

 彼女たちは部屋の中の人間に気づかれないよう囁き合う。


 部屋の中の二人は、自分たちの会話が、メイドだけで密かに回し読みしている恋愛小説の新たな一ページになることを、まだ知らない。

もーしよろしければ、ブックマークや評価お願いします!!!

そうしてもらえますと、飛び上がって喜びます!!!!


次はエマやクラリス側に戻る予定です♪

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