リアム・ウェードライン
今回は侯爵令嬢クラリスの婚約者、リアムサイドです。
偽クラリス(中身はメイドのエマ)とのお茶会が終わって――
ウェードライン侯爵家の長男、リアム・ウェードライン。18歳。
少し細めの眉毛の下には、よく澄んだ青空を閉じ込めたような瞳が収まっている。
髪は金糸を集めたようにサラサラだが、ところどころうねりも見られる。
幼少期に一度、王太子の誕生会に出て以来、社交の場にはほとんど姿を現していない。
正確には、国王の誕生祭など、相応の理由がない限り出席が必要なパーティーには出席し、謁見などをしているが、あっという間に帰っていくので、他の出席者は彼を見ていないのだ。
そのため、「女遊びがひどい」「傍若無人」「顔に大きな傷跡がある」など、噂は広まり放題。
最近噂になっているのが、突然の婚約。相手は由緒正しいが傾き始めているアルセイン侯爵家の長女、クラリス・アルセイン。
婚約者との、顔合わせを兼ねたお茶会を終えたリアム・ウェードラインは、ゆっくりと馬車から降り、ウェードライン家の屋敷へ入って行く。
「ただいま帰りました」
「おかえりなさいませ」
侍女に帰りを知らせたリアム・ウェードラインが向かった先は自室ではなく、屋敷の奥にある離れ。
一番大きな部屋の前で立ち止まった彼は、一度深呼吸をしたのち、ドアをノックした。
――返事はない。
再び大きく息を吸い、彼はドアをそっと開けた。
薄暗い照明。だが清潔に保たれていて、チリやホコリは微塵も見えない。
部屋の奥の方まで高い棚がそびえ立ち、その中には様々なガラス瓶が並んでいる。
通路をゆっくりと進むと、黄金色の頭が見えた。
「お茶会、無事完了しましたよ」
彼は机にへばりついている、白衣姿のボサボサな金髪の男に声をかける。机の上はガラス瓶や試験管、謎の薬草、そして本や資料で散らばっていた。
「……ん?」
「お茶会、終わりました!!」
「あぁ、そうだったか」
「いま何時かご存じですか」
「まだ午前だと思っていたが、お前が帰ってきたということはもう夕方なんだな」
男はメガネを外し、椅子の背もたれにもたれかかって伸びをした。
長く伸びた前髪の奥から、晴れた夜空を切り取ったように清らかな紺碧色の瞳が覗いている。
「バレなかったか? クラリス嬢に」
「もちろんですよ、しっかり務めましたから。ずっと笑顔でいたおかげでクタクタですが」
「お前は表情筋に乏しいからな。で、どんな人だった?」
「別に乏しくはないですよ。まあそうですねぇ。噂と違って、なかなか面白い方でしたよ」
「ふーん。あれ、右膝、ちょっと濡れてないか?」
「まあ、色々ありまして」
白衣を着た金髪碧眼の男は椅子から立ち上がり、正装姿の金髪碧眼の男の肩をポンと叩く。
「何はともあれ、助かった。おかげで研究が1日分進んだからな」
「今回だけって約束ですよ。いくら姿が似ているとはいえ、何回もやったら取り返しがつかないことになります」
「んー。でも絶対バレないと思うぞ? お前もその自信、あるって言ってただろう」
「それとこれとでは話が違います。騙す方も心が痛むんですよ」
白衣の男はえー、と間延びした声を出した。
「大体、自分の婚約なんですからね」
「……分かってる」
「次はご自分で行ってくださいね、リアム様」
「まあな。ありがとう、ギルバート」
ウェードライン侯爵家嫡男、リアム・ウェードライン。
彼には、ウェードライン侯爵家の者しか知らない秘密が2つある。
1つ目は、研究者として毎日とある病気の研究に没頭していること。
2つ目は、彼の専属執事、ギルバートが度々彼の替え玉として屋敷の外に出ていること。
クラリスとのお茶会を終えたリアム・ウェードライン、いやギルバートは、世話の焼ける自分の主人にため息をついたのだった。
どっちも偽物だったんかーい!!




