一番得意な魔法
3人になったセロットが走る。
それよりも速く駆け抜けたシューム。
互いにすれ違う瞬間、高い金属音が鳴り響く。
(お)
セロットは、持っているナイフの刃が折られたことに気付く。
シュームは着地と同時に方向転換し、既に床を蹴っていた。
シュームが突き出した左手。
回避し、窓側の壁に背をつくセロット。
グルリとセロットの方へ首を向けたシュームは邪悪に笑う。
シュームが向いているのとは反対方向から、もう一人のセロットが現れナイフを突き立てようとする。
首筋へ狙いを定めたナイフが近づき――
シュームは右拳の裏でセロットの胴体付近を叩きつけた。
同時に、石が割れたような音と共にもう一人のセロットが壁の方へと吹っ飛ぶ。
「一番得意なのがこれなのか?」
壁へ激突したもう一人のセロットは姿を消し、その場には割れた額縁の破片が転がっていた。
「実体を伴ってようが幻は幻なんだ。
俺はそれが何なのか完璧に見分けられるが……今からでも小細工を変えるかな?セロット」
「いやぁお見事お見事!
でも一番得意なのは本当だし――」
「もっとレベルを上げてみるよ!」
部屋のあちこちにセロットが現れる。
あちこちに落ちていた破片が消える。
空中にいくつも浮くナイフ。
「ふふふふふふ」
笑うシュームの視界には――
その全てが半透明に映っており、どれが本物でどれが幻かハッキリわかっていた。
シュームの外れた攻撃から発生した風圧で時折壁にヒビが入る。
金属音は鳴り止まない。
本体であるセロットが魔法でナイフを修復しながら戦っていることも、シュームは認識している。
シュームはセロットが見抜いた通り、単純に身体能力を強化する能力のみを持っている。
純粋な魔力強化と能力の組み合わせは、他の能力者と違って特殊な現象を引き起こすことは不可能。
ただただ異常に発達した五感と筋力、魔力。
それ故に、教団に入った当初から彼が見破れなかった幻術は存在しない。
(これだけなんてことは無いよな?
何か使う……さっきあっちで生やした木は使わないのか?
早くしなければ、ほら――)
床を小刻みに蹴って移動し続け、セロットに攻撃し続けたシューム。
奇抜な動きは全く見せず、一切の無駄を省いた機動力はついにセロットの隙を捉え――
切断されたセロットの左腕が、宙を舞った。
(まだまだ……)
シュームの眼は、その左腕が本物だと認識した。
その上で、切り落とした左腕への警戒も怠らない。
幻として動いていたセロットのうちの1人が動かした左腕が、本物の左腕と重なった瞬間。
「そうくるよなぁ」
本物の左腕は、幻のセロットの左腕として同じ動きをし始めた。
本物のセロットは、切り落とされた左腕部分を幻で補っている。
「余すことなく使う!いいぞセロット!
お前なら獲った心臓さえ道具にしてくれそうだ!!」
戦闘は激化する。
金属音だけではなく、幻影に重ねたブロック片や額縁、イスのパーツの砕ける音。
目まぐるしく動き回るシュームの攻撃手段は、全て素手と足。
血に飢えた獣は再び本体であるセロットの隙を捉える。
攻撃しながらも咄嗟に防御に回した左腕に、セロットの右拳が直撃した。
(っ!?)
吹っ飛ぶも、床に両足をつきすぐに勢いを殺す。
(……は?)
攻撃されたのは、左側から迫っていた幻のセロット。
どう見てもそれは、間違いなく"右拳"だった。
「やっと当たってくれたね。
いやー流石に速いな君!」
シュームは魔力を最も集中させている両目の、魔力量を確認する。
(濃度も強さも完璧。
なんだ?どう見ても今のは幻だったはず)
笑顔が消え、動かないシュームを見てセロットが再び口を開く。
「あれ?
どうしたのさそんなに驚いて」
周囲で飛び回っていた幻のセロット達も止まり、シュームの方を見ながらじっとしている。
「ふふふ!
君は幻に対する対策が出来てると思い込んでここまで来たみたいだね」
「!」
「あと10年ぐらい異世界を飛び回れば今起きたことが何なのかわかるかも知れないけど、今教えちゃう」
シュームを殴った幻であるはずのセロットが大きく両手を開く。
「はい!
眼に集中してる魔力を消してみな?」
(何を考えている?こいつ。
魔力を消した瞬間に奇襲でもかけてくるか?)
(……身体の感覚を研ぎ澄ませ。
服に少しでも触れれば反撃出来るようにする)
シュームは身体にまとわせている魔力の密度を高め、眼に集中した魔力を一旦消した。
シュームは大きく目を見開いた。
「……!?」
眼から魔力を消した瞬間、セロットの両手に瓦礫の破片が現れていた。
「ね?見えたでしょ?
君の知らない知識さ」
「幻の中にはね、魔力のレンズ次第で物を透明にさせられるものがあるんだ。
"これ"は魔力を通せば通す程見えなくなるベールをかけてる。
だから今見えるようになったってワケ」
セロットが両手から瓦礫を手放す。
床に落ちた瓦礫が音を立てて割れた。
「で、何で教えたかと言うと」
「教えた方が君を楽に殺せるからさ」
部屋中をセロット達が動こうとする。
魔力のレンズを作れば通常の幻が視認できるが、ベールのかけられた物は見えなくなる。
逆にレンズを解けばベールのかけられた物は見えるが、他の全てが本体と区別のつかない幻となる。
シュームが瞬時に出した答えは――
("中間"でいい)
金属音が鳴り響く。
シュームの眼に宿る魔力のレンズは、強くも無く弱くも無く……
完全に幻を看破出来る状態とは言い難かった。
(違和感は"僅か"でいいんだ。
それだけで幻かどうか区別がつく!)
縦横無尽に飛び回るセロット達。
真横から回し蹴りをするセロット。
避けずに、正面から来たセロットの顔を狙って右拳を放つ。
右拳は、幻と重なって飛んできた額縁の破片を砕く。
完全な幻のみである回し蹴りは、シュームの頭部をすり抜けた。
咄嗟に天井に向かって跳び、逆さに着地したシューム。
玄関側へ一瞬で跳ぶ最中、左手を振り金属音が鳴る。
幻。
実体。
幻と重なる瓦礫。
全てを見分けながら立ち回り続けるシュームは、まだ2撃目を喰らっていない。
(俺の知らない世界。
……『10年』。
その時間間隔は俺より長生きしてるんだな?セロット……)
見破れなかった幻は一つも無かった。
その自信を真向からへし折ってくる初めての"例外"。
シュームの口角が上がる。
(今日!ここで!!
俺は更に強くなれるんじゃないか!?なぁそうだろう!!)
(人生の先輩よ。
お前を超えさせてくれ)
シュームは身体にまとった魔力の揺れを一部に感じる。
左足を後ろに引きながら身体をひねり、何かをかわそうとする。
「!」
再び鳴る金属音。
ナイフが折れた音。
シュームは自身の首を狙った攻撃を素手で弾いた。
(俺の避ける動作を認識して攻撃範囲を咄嗟に伸ばしてきたな?
わかる、わかるよ……お前のことが段々わかってきた!!)
そして視界の端に映った揺らぎに反応し――
一瞬で部屋の壁付近に移動し床を蹴り上げた。
抉れた床の瓦礫が壁へ向かって飛び、ぶつかり割れ砕ける。
舞った粉塵のいくつかが、見えない何かに付着する。
(一瞬お前の軌道がわかればそれでいいんだ)
粉塵の付着した何かを狙い、心臓部分を右手で突き刺した。
シュームの右手に、手ごたえは無かった。
(?)
薄っすら揺らぐ景色が目の前に。
間違いなく粉塵が透明な何かに付着している。
(これは確かに――)
シュームは背中から魔力の揺らぎを感じ取った。
振り返り、両腕で胸をガードした瞬間セロットの右足がシュームを蹴り飛ばした。
空気が爆発したかのような音と共に吹っ飛び、壁に激突したシューム。
「……っ!!」
間髪入れずに背後から壁を破る音。
自らの首を背後から何者かの手が掴む。
(これは)
同時に、シュームの視界には空中からナイフを構えて飛んで来るセロットの姿。
シュームの脳裏に走るのは、先程の本体があるはずの場所に手ごたえが無かった謎。
背後から自身の首を絞めようとしているのが何者なのか?
セロットなのか、それとも別の仲間か。
謎の存在が、自身に認識出来ない更なる幻の可能性を示唆する。
首を掴んだ手が、気道を強く圧迫。
猶予は、無い。
シュームは首にかかった手のことなど意に介さず、真っ直ぐ前に跳んだ。
首を掴んでいたはずの手はすり抜け――
すれ違い様に、ナイフを振り切ったセロットの腹を素手で抉り取った。
(手ごたえ……"有り"!)
シュームは霊力の扱いにそれほど長けていない。
魔力で全てなんとかなってきた故に、霊力を鍛えるなどということはしてこなかった。
強力な魔力で自身の霊力を無理矢理引きずり出し、身体の外へ広げ……
首を掴む手の感覚を確かめ、そこから感じる霊力の薄さを感じ取る。
それが幻であると看破したシュームは、この瞬間新たな世界へ踏み出した。
抉られ、弾けるセロットの肉体。
振り返るシューム。
自身を掴んでいたはずの手は、壁から消えていた。
シュームの眼が狙うのは、体勢を崩しかけているセロットの首。
シュームの見ていた景色が回転し、動く。
(?)
(っ……)
回転しながらシュームの視界に映ったのは――
首の無い、自身の身体。
体勢を崩したセロットは、幻となって消滅し――
別の場所に現れたセロットが、左手で何かを投げる。
宙を舞うシュームの眉間に植物の枝のようなものが命中。
植物の枝は、シュームの首を壁に固定した。
「さて耳が聞こえるうちに種明かししてあげるよ」
シュームは大きく目を見開きながらも耳を澄ます。
「君は見抜けない幻が多すぎた。
最初、僕の幻と一体化してた壁画の破片を殴ったでしょ?」
「破片じゃない、アレが僕本体さ。
君には、僕を殴った感触と殴った時の音を壁画の破片であるかのように誤認させたんだ」
「途中で僕の腕を切ったのも、ただの幻。
君に感じさせた感触と景色を君は見破れなかった」
五感の支配。
シュームは意識が薄くなりながらも、その事実に圧倒されていた。
(そこ……まで……)
「君に攻撃してたのは全部僕本体。
幻と重なって攻撃して、後は部屋の隅に戻ればいい。
舞った粉塵は全部床に落ちたよ、付着してるような幻を作っただけ」
「霊力で首を掴んだ手が違うことに気付いたのは良かったけどね」
「何故……最初から、こうしなかった……?」
シュームはかすれた声でセロットに訊く。
「いつでも殺せたんじゃ、無かったのか……」
「やろうと思えば、ね。
けど――」
「君が魔具を隠し持ってたり、実はまだ能力を隠してたり、そういう可能性は弾きたかった。
それに君は魔力だの純粋な格闘術だのより、鋭い勘と洞察力が一番厄介だった。
僕が早まれば、君は新たな力を得て殺しにくくなる」
「だから……
君が成長する瞬間をわざと作って、そこを狙う事にした」
「……」
(そう……か)
(最初から……こんなバケモノに俺が勝てるはずが無かった、ということだな)
圧倒的な実力差がありながらも、脅威になりえる部分を全く見逃さない。
徹底して勝利までの道を築き上げ、不気味な程に慎重。
焦ることは全く無く、静かにその一瞬が来るのを待ち続ける。
目の前に居る存在が何なのか、理解したシュームは安らかな笑顔を浮かべながら言った。
「……光栄だよ」
「君が殺人鬼じゃなきゃ殺したりしないんだけどな。
……来世があるなら、良い武人になりなよ」
「次も僕のことを見つけたら、また相手してあげる」
その言葉を聞いたシュームは、笑顔を崩さぬまま眼をゆっくり閉じ――
動かなくなった。
――――――――――――――――
地下へ降りていく小さな足音。
一番下まで降りて行った足音は、数秒の喧噪に変わる。
喧噪から漏れた悲鳴と瓦礫の砕ける音が、螺旋階段の天井へ一瞬響くと再び静かになった。
地下廊下を歩くセロット。
セロットの歩いた道には、気絶し戦闘不能になった教団の者達が5人。
両開きの扉の前へ辿り着いたセロット。
扉の左右に倒れ込む教団員。
懐から取り出した鍵を鍵穴に差し込み、回した。
"カチリ"
音がした瞬間、鍵と扉から強烈な魔力が放出された。
まるで空気を押し込め続けていたかのように内部から魔力が十数秒垂れ流れ続け――
両開きの扉は、ひとりでに開いた。
部屋の中は薄暗く、明かりは無い。
石で造られた床、壁、天井。
乱雑に置かれた本、散らばる金属の装飾、何かが入った袋や鍵のついた小さな木箱。
それらよりも、セロットの眼に真っ先に入ったのは――
部屋の奥にある本の山の上、壁に寄り掛かっている腰から下の無い女性。
分離した下半身の残骸は、腐ってところどころ骨が見えていた。
分離した下半身も、残っている上半身も、肌は薄黒く変色しており鼻につく臭いを出していた。
胸の部分までかかる程の長さの茶色いボサボサの髪の毛。
所々破れ、固まった血がついたままになっているミルク色のカーディガンと白いシャツ。
彼女は扉が開く前からこちらを見ていたようで、左端の皮膚が腐り落ち歯が見えている口を動かした。
「……貴方は、誰?」
セロットは、答えるのにほんの数秒時間を要した。
「……僕はセロット。
大魔法使いさ」
「君がナリス、だよね」
名前を呼ばれた彼女は、その両目に疑心を宿し続けている。
(……教団、じゃない?
ドゥオラチが雇った誰か……?)
「安心しなよ、この城に居た教団員達は全員僕が倒した」
「!」
「ついでに言うと、君を手に入れようとしてる組織側の人間でもない」
「……金貨58枚」
その言葉に、ナリスは目を見開いた。
「これでわかってくれたかな。
僕は彼から対価として有り金の全てを受け取って君の元へ来たんだよ」
「君の息子、エバスからね」
ナリスの両目から、やや灰色に濁った涙が零れ落ちた。
「そう……あの子、が……」
「エバ、ス……」
嗚咽を漏らすわけでもなく、か細く愛する子の名を呼びながら涙を流す。




