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優しいお日様

「僕はエバスから君の安否確認を頼まれた。

 もし生きてるなら、連れて帰ろうと思ってたんだけど」

「……それは無理ね」

 微笑みながら目をつぶるナリス。


 薄目を開けながら、ナリスが語り出す。

「私はもう長くない。

 無理矢理繋いでる命もそろそろ限界」


「私はあの日、エバスを逃がした後すぐに死ぬはずだったの」

 ナリスは喉に魔力を集中させ、先程よりもやや流暢に発音し始めた。

「ウギュウア……私の友人が、この部屋に転移するための魔法陣の場所を教えてくれた。

 辿り着いたのと同時に……」


「教団のやつが、私の腹に穴を空けた」


「この部屋に転移出来たのはいいけど、私は瀕死。

 魔力での再生なんて追い付くわけない」


「でも、ウギュウアとはよく連絡を取ってたし話も聞いてたからわかった」


「この部屋に残してる、彼女が作って保管してた薬の中に……不老の薬があった」


 不老の薬は、魔力を媒介に飲んだ者の老化を少しの期間止め、更に魂と肉体を繋ぎ止めやすくする。

 効果が持続しにくく、既に傷があった部分は腐り落ちるので失敗作として部屋に置き去りにしていた。

 ウギュウアはそれを、『いわゆるゾンビになれる薬』だと残念がっていた。


「物凄く死ににくくなったから、身体が半分になってもまだ生きてる。

 でもあと数時間で効果が完全に切れるはずだし、薬が切れそうになって腐敗も進んで来た」


「だから……ごめんなさい。

 せっかく来てくれたけれど、私は――」

「数時間ならまだ出来ることはあるんじゃないの」

 セロットが口を開いた。

「本気を出す。

 数時間以内に君をエバスの元へ――」

「こんなに腐って、きっと酷い臭いのする私を……?」

「どんな姿でも、君はエバスの母親なんだよ。

 最期に言葉を交わせないなんて、そんな――」

「ダメ」


「今の私は、太陽の光で身体がすぐに崩れる。

 月の光でさえ効果があるそうよ」


「それに……

 もう、エバスとはお別れをちゃんと出来たの」

「出来た……?」

「そう」


「エバスを逃がした時に、私は精一杯の笑顔を見せてあげたから」


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「母さん!母さんっ!!」

 ウギュウアの術で空間転移させられかけているエバスが叫ぶ。


 背中を見せていたナリスが振り返り――


 いつも見せているように、満面の笑みを作りながら言った。

「エバス、ちゃんとご飯食べるのよ」


「元気で、ね」

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 セロットの喉の奥に、あらゆる言葉が詰まって声が出せなくなった。

「せっかく……まだ綺麗な顔のままお別れが出来たのに、こんな顔でもう一度会うなんて」


「エバスが思い出す最後の私の顔が……エバスを苦しめるのだけは、嫌」


 セロットは、ナリスに反論出来ない。

 未だ強烈に残る大切な人達の最期がフラッシュバックする。

(……っ)

 それでも、と喉の奥から出そうとしていた言葉は……ついに出なかった。


 そんな様子のセロットを見たナリスは、一瞬瞼を大きく開きかけてから薄目に戻した。

「……経験が、あるのね」

「……それを言われちゃ、僕は強く出れないな」


「ありがとう、セロットさん」

 数秒の間を置いて微笑んだナリス。


 セロットが両拳を握った。

「……でもね、ナリス」


「エバスのために、どうしてもやって欲しい事があるんだ。

 それをするための身体の機能は、僕の魔法で維持する」




 ナリスは、組織のボスであるドゥオラチへの遺書を書き終えた。

 ほとんど動かなかった手と指に少しの間戻った感覚を噛みしめるように微笑む。

「……大魔法使いさんね、本当に」

「もちろん」

「じゃあ、大魔法使いさんに私からもお願いしていい?」

「うん」

「記憶力は良い方?」

「何でもぜーんぶ覚えるよ、任せて」

「ふふ……頼もしいわね」


「私を城の屋上へ運びながら……私の歌を、覚えて欲しいの」



 ――――――――――――――――


 気絶して動かない教団の者達が転がる廊下を、階段を、上半身だけになったナリスを背負いながらセロットが歩き進む。

 弱りながらも、セロットの魔法で声を出し続けられるようになったナリスの喉。


 静かな廃城に、ナリスの歌声が響き渡る。

 セロットの足音とナリスの歌声だけが空間を満たしながら、2人は少しずつ屋上へと近付く。

 埃が、煤が、歌声に合わせて2人から遠ざかる。

 聴くものを落ち着かせ、眠りへと誘うような優しい歌。


 セロットが歩く道には雫が落ちた跡が残るも……すぐに乾いてしまった。



 古びたドアが開かれ、屋上に姿を現したセロットとナリス。

 数秒前に歌い終わっていたナリスが、微笑んだ。

「……大魔法使いさんでも、泣いちゃうんだ」

「……ぅっ……いいだろ別に……っ」

 セロットの両目からは、涙が零れ続けていた。

「他の人達は……長く生きると感傷的になりにくくなるって話をよく聞くけどさぁ……っ」


「僕はずっと泣き虫なんだよ……うぅっ」


 ナリスは、だらんと下ろしていた両手にほんの少し力を入れ、自分を背負うセロットを優しく抱きしめた。

「会ったばかりなのに、私はこんななのに、道中大変だったはずなのに……

 そんな私と、エバスのために……貴方は泣いてくれる」


「そんな貴方に出会えて良かった」

「……っ」

 辺りの闇が、ほんの少しずつ薄くなっていく。

 明るくなり始めたことに気付いたナリスが言う。

「そこに……寝かせて欲しい。

 最期に太陽が……見たい」

「……わかった」



 屋上に寝かされたナリスは、増して来た明るさと同時に身体が滅び始めるのを感じた。

「ナリス」

 セロットが口を開く。

 ナリスが、太陽とは反対側に居るセロットの顔を見た。


「君はエバスのお母さんだ。

 息子想いの、とびっきり優しい……お母さんなんだ」


「エバスはきっと死ぬまで君のことを忘れない。

 そして――」


「僕も……君をっ……忘れない……から……っ」

「……うん」


「ありが……とう……」

 ナリスの両目から、血の混じった涙が少しだけ零れ落ちた。

 涙を零しながら、ナリスは太陽の方角へ首を傾ける。


(あ……お日様)

 左半身から、焼けるように崩れていく身体。

(いつもエバスと一緒に見た、お日様……)


 ナリスの微笑んだ顔を、包み込むように太陽の光が焼いていく。

(暖かい……)


(エバス……)



(元気で……ね……)



(……)








 先程までナリスだった残骸が、僅かに屋上に残った。

 緩やかな風で移動したナリスの残骸に、セロットの涙がぶつかった。

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