第22話 迷宮の中央
シトラ達は迷宮の中央に向かっていた。
空が赤く染まり始め、日没まで残り少ないというのに随分と余裕そうな表情を浮かべている。
「だいぶ入り組んで来たね」
〈そうですね。それにトラップが多くなった気がします〉
起動済みのトラップも含めて百くらい道中にあった。
「まぁ起動済みのトラップがあるってことは私達と同じ気づいた奴がいるんだけどね」
何人かは分からないけど数人はいる。先に解かれて悔しい気持ちもあるけど、今は宝箱の中身があることを祈ろう。
〈ご主人、西方向に生体反応が六つあります〉
「六つか。結構人いるね」
思ったよりも生きている人がいることにちょっと驚く。まぁ別の生物の可能性もあるんだけどね。ミミナキとか、ミミナキとか、ミミナキとか。
「うん?」
微かに何かが焦げた臭いがした気がした。
と次の瞬間、爆発音と共に少し地面が揺れた。音の方向を見ると白い粉塵が上がっている。そして六つの生体反応が一つに減ってしまったことにシトラは汗をかいた。
「何が起こったの!?」
◇◇◇◇
五分前───────
「それを渡せ」
厳つい面の狼の獣人は鋭利な爪を彼らに向ける。
「は! 誰が渡すかよ」
血と砂で薄汚れた五人の彼らは壁際に追い詰められる。ゆっくりと着実に迫る狼に最後の抵抗と言わんばかりにリーダーらしき男が麻袋を掲げた。
「それ以上近づくな! これの中身がどうなっても知らないぜ?」
狼の獣人はギロりと目を輝かせる。
「一つでいい。そうすれば命までは取らん」
「は、情けをかけたつもりか?」
「違う。お前達が持ち出した中身を全て返せと言っているんだ。もちろん人数分は取って構わんが」
空いた穴からポロポロとひし形のクリスタルがこぼれ落ちる。それも人数分の五つではなく何十個も。
「ふん! 競争相手が減れば俺達が合格する確率が上がるだろ!?」
「上がらない。他の試験も合格しなければ開拓者になれないはずだ」
「そんなのてめぇが考えた推測だろうが!」
「過去の開拓者試験を分析すれば証明できるぞ。何しろゼロ人の年もあったからな」
「言ってろ! いいからそこをどけ!」
話の聞かない連中に狼の獣人は苛立ちを覚える。武力行使しなければならない、そう思い一歩ずつ着実に足を進める。
「く、来るなぁァァァ!」
五人は壁にぴったりと引っ付く。が、そのうちの一人が壁に仕掛けられたトラップボタンを押してしまう。
カチッと起動音がした瞬間、地面から強烈な暴風が吹き荒れる。爆発近くにいた五人は肉塊と成り果て粉々になった宝石と共に宙を舞ったのだった。
◇◇◇◇
「こっち!」
場面はシトラに戻り爆発音のした場所に向かう。しかし、迷宮の名は伊達ではなく、幾度も壁に阻まれて辿り着けない。
「うん? ここは?」
細長い通路と違い、開けた場所に出る。そこに私が入るくらい大きい宝箱が開いたまま空箱になっていた。
「一歩おそ……じゃなくて! 今は爆発した場所に向かわないと!」
生体反応が弱々しくなるのを確認し、一秒でも早く走り抜ける。右へ左へ左へ真っ直ぐと絶え間なく体をくねらせて、ようやく目的の場所に着く。
「はぁ……はぁ……」
ひび割れた壁、抉られた床、壊れた武器と何かが砕けたキラキラした物、そして血を流す狼の獣人が壁に横たわっていた。
「ゼナ、生体反応は?」
〈狼の獣人だけです。周りに他の生体反応はありません〉
「……そう」
ゼナから聞いた六つの生体反応のうち五つが消えてしまったってことは……悲観したらダメか。奇跡的に一人生き残ったと思えば気も軽くなるだろう。
「ゼナ、傷薬と包帯、あと再生薬を出して」
〈いいんですか? 貴重な再生薬使っても〉
「死んだら情報聞けないし、このモフモフも拝めなくなっちゃうからね」
〈……欲望むき出しのお人好しですね〉
「悪い?」
〈いいえ、ゼナはご主人に尽くすまでです〉
救急セットを受け取り、傷薬を塗ってその上に包帯を巻く。再生薬は飲むタイプなので、口にしなければ傷の超再生が見込めない。そのため意識があるか確かめる。
「おーい、起きてる?」
「……う、うぅ」
狼の獣人は小さく唸る。どうやら意識はあるようだ。
「じゃあ飲ますね」
「うごっ!?」
無理矢理口の中に小瓶を突っ込まれる。医者が見たら怪我人を何だと思っていると憤慨するだろう。しかし、シトラは傷薬塗って絆創膏を貼れば治ると思うほど治療はド素人とそのものだ。
「げほ……げほ……荒すぎるだろ」
「仕方ないじゃん。死にそうだったんだから」
「それでも心の準備くらいさせてほしかった」
狼の獣人はゆっくり顔を上げる。
「……だが助かった。ありがとうな」
「どういたしまして。まぁ怪我人に聞くのは野暮だけど、ここで何があったの?」
狼の獣人から数分前の話を聞いた。
曰く宝箱を見つけた五人の男達が同業者を蹴落とすため、宝箱の中身の『宝石』を全て掻っ攫ったらしい。
偶然鉢合わせた狼の獣人はそいつらを追ったが、トラップの爆発に巻き込まれて宝石ごと吹っ飛んでしまったとのことだ。
「じゃあその宝石はもうないってこと?」
「……いや一つある」
狼の獣人は腹の毛の中から白く濁った宝石を取り出す。
「隙を見て盗んだやつだ」
「へぇーこれが宝箱の中身ね。売れば結構な値段しそう」
私は立ち上がり、ぱっぱっと付いた土を払う。
「それじゃあ、またね」
「……おい待て。こいつ欲しくないのか?」
狼の獣人は疑問に思った。助けた代わりに寄越せと予想していたが、彼女は全くその欲を見せなかった。
「もちろん欲しいけど、あなたが死に物狂いで手に入れた物でしょ? 人の努力を踏みにじるほど堕ちてないから」
シトラは狼の獣人に銃を向け、低いトーンの声色で告げる。
「それとも殺して奪ってほしいの?」
自殺願望なら是非はない。けど折角助けたんだから無下にしてほしくないのも事実。
「いや、俺はまだ生きていたい。殺すならまだ先にしてくれ」
私は武器を下ろし一息吐いた。
「……こんな殺伐とした世界にも手を差し伸べる奴がいるんだな」
「悪かったね。無駄に生かしちゃって」
「それ良いことだぞ普通」
妙な空気に当てられてお互いクスッと笑い、緊張感が薄れていった。少し間をおいて笑いが収まると狼の獣人が聞いてくる。
「ヒューマンの嬢ちゃん、名前は?」
「シトラだよ。で、こっちの探索機はゼナ」
ゼナはお辞儀をして誠意を見せる。
「あなたの名前は?」
「俺は狼獣人のモルフだ。訳あってこの試験受けたが、散々な目に遭って嫌気が差していたところだ」
「じゃあ私のも嫌だった?」
「まさか。シトラさんは命の恩人だ。ちゃんと借りは返すつもりさ」
「気にしなくていいのに。あと呼び捨てでいいよ」
「そういう訳には……」
「こっちも呼び捨てで呼ぶから。それでいい?」
「あ、ああ。まぁよろしくな、シトラ」
「こちらこそ、モルフ」
ヒューマン少女と狼獣人の奇妙な縁に星と星が繋がったような気がした。




