第19話 弱肉強食
トラップを掻い潜り走り続けて三十分。未だ迷宮の端の壁につかない。さらに追い打ちをかけるように三階建ての家ほどの高い壁が立ち塞がり、遠くを見ることは愚か、同じ景色に嫌気が差してくる。
「迷った?」
〈いいえ、レーダーによればあと数キロ先にあるはずです〉
「それさっきも聞いた。もしかしてだけどレーダーを阻害する妨害装置あるのかな」
〈お役に立てず、すみません〉
「ゼナが悪いわけじゃないよ。私はそれに気づくべきだった」
私は立ち止まり顎に手を当てる。
迷宮の星。ココナから聞いた惑星の別名だ。なぜ迷宮と呼ばれるのか、先ほどの光景で痛いほど分かった。だけど腑に落ちない点があるのも否めない。
「出口ってどんな場所かな?」
〈フリュルは迷宮内の宝箱の中身をもってこいと発言していました。つまり迷宮外に出る場所ということになります〉
「確かに。そうとなれば外壁を登って……は無理か。うーん、何か目印になるものあればいいんだけど」
〈それなら来た場所の壁にマークをつけるといいかもしれません。一度通った証拠になりますから〉
「あ、それ採用!」
私はポケットから赤いマーカーを取りだし、ゼナを描いてみる。
「どう?」
〈……これイカですか?〉
「ゼナだけど」
〈ご主人、こういうのはあれですが絵心ないですね〉
「ストレートに言うね。まぁ下手なのは自覚してるけどさ」
前に犬を描いたら旅人さんに「新種のチュパカブラ?」と笑われた。あれ以来絵は描かないつもりでいたが、そうも言ってられない。
「ゼナが描いてみてよ」
〈いいですよ〉
ゼナは小さなアームで輪郭を描く。
さぁ私のように醜態を晒すがいいとタカをくくっていたら嘘のようにある人物が出来上がる。
「な、な、な」
それは紛れもなく私だった。しかも落書きというより絵画に近いレベルの画力だった。
〈どうですか?〉
「……ま、まぁ人には得意不得意あるからね」
〈ゼナは探索機ですが〉
「細かいこと気にしない気にしない」
惨めだ。探索機に負ける私は惨めだ。チキショー絶対いつか神レベルの画力を手に入れてやる。
〈ご主人、二つの生体反応がこっちに向かってきます〉
「おっけ。適当にやり過ごそう」
何度か人と会ったが、大半が喪失感に包まれ壁に項垂れた。最初は話を聞こうと話しかけたが、何も答えず自問自答を繰り返す。もうダメだと割り切り、せめてもの救いとして怪我の応急処置をした。
〈ご主人は優しいですね〉
「別に争い事はなるべく避けたいだけ」
いざという時に取っておきたい。もし何かあれば武器が最後の命綱になるからだ。
「うわぁあああ!」「聞いてねぇぞあんなの!」
二人の異種族の男達が隠れたシトラの横を通り過ぎていく。あの惨劇からだいぶ経っているとはいえ、今だ叫び声が時折聞こえる。
「トラップかな?」
〈分かりません。ですが恐ろしい『何か』に遭遇したのは間違いないです〉
「あんまり考えたくないけど、あのでかい鳥みたいにヤバい奴が他にもいるのかな」
〈生きている生物ならレーダーに反応するので、遭遇するのは極めて低いと思います。それにご主人の命はゼナが必ず守ります〉
「頼もしいね、ゼナ」
〈ご主人の探索機ですので〉
私達は男達が逃げてきた方向に突き進む。特にこれといった反応はなく、起動済みのトラップばかりだった。
「宝箱見つからないね」
〈宝箱に生体反応があれば見つけれるのですが〉
「そんな宝箱が生物だなんて映画じゃあるまいし」
通路を進んでいるとシトラのフラグが見事に回収される。牙の生えた宝箱が脳天からかち割れて鮮血を流していた。
「……いるっぽい」
〈ですね。死んでいますが宝箱に近づく際は警戒すべきでしょう〉
一応生体反応がないことを確認して死んだ宝箱モンスターを観察する。
「にしても誰がこのモンスターを倒したんだろう」
鋼鉄すら貫くナイフで突いても宝箱の殻は傷一つ付かない。相当な馬鹿力で叩き潰さない限り、このモンスターは死ななかったのだろう。
〈ご主人、ここに爪痕があります〉
ゼナが指した所に五本の爪痕が残っていた。
「ふむ。五本の爪痕に馬鹿力……」
何かヤバいのがいるのは分かる。でも情報不足で一向に答えが出てこない。他にないか観察を続けると一つ気になる点があった。
「なんでまだ血が流れてる?」
予感がした。血は数十分程度で固まるはずなのにモンスターの血はあまりにも新鮮すぎる。
〈ご主人! 東から急速にこちらに向かってくる生命体がいます!〉
高速で動く白い点が迷いなくシトラ達に向かってくる。モンスターか、挑戦者か、どちらにせよ対応するまでとシトラは銃を構える。
〈接敵します! 3、2、1……〉
黒い影が空中に飛び上がり、重力と共に地面に衝突する。地響きと砂煙が舞い散り、おもむろにその姿を現す。
「あ、あなたは」
それは一度、シトラの前方不注意でぶつかった高級羽毛布団……ではなく狼の獣人。鋭い眼光は氷点下を帯びて生物を萎縮させる威圧があった。
「においがしたから来てみたが……外れか」
狼の獣人は舌打ちし、踵を返して立ち去ろうとする。
「待って! これあなたがやったの?」
シトラは怖気ず宝箱のモンスターに指をさす。狼の獣人はちらりと視線を移し、悪態をつくように言葉を口にした。
「確かに俺がやった。宝箱だと息巻いたが、ミミナキだと知って潰したがな」
ミミナキ……多分この宝箱モンスターの名前だろう。私は慎重に言葉を選んで声に出す。
「他にもモンスターはいるの?」
「知らん」
「じゃあ、迷宮の出口とか知ってたりする?」
「知ってても言わん。敵にゴールを教える馬鹿がどこにいる?」
狼はシトラを睨みつけたあと背中を向ける。
「これは競争だ。相手を蹴落とす弱肉強食の世界だ」
狼の獣人は目にも留まらぬ速さで遠くに消えていく。私達なんてまるで眼中になさそうに。でも……
「それだったら殺した方が競争相手減ると思うよ」
決して耳に入らない小さな声で呟いた。




