第18話 死の迷宮
石扉が空いた隙間から光が差し込む。けれどそれを押し返すように人波が怒濤の如く迷宮に流れ込んだ。
「押すな!」「いけ!」「俺が先だ!」「くそ待て!」「踏むな!」
何人もの男が我先にと走り抜ける。一方シトラはというと洞窟の前で彼らの勇姿を遠くから眺めていた。
「うわぁ〜あれだけ人がいたら先頭に追いつけないよ」
〈いいんですか。こうして眺めていて〉
ゼナの言う通り眺めている場合じゃない。一刻も早く宝箱を見つけ出し、合格しなくては私の旅計画は遠のくだろう。
「でも気になることがあったんだよね」
〈気になること?〉
「うん。ほら試験者達の中にあの種族がいたじゃん?」
〈あの種族?〉
「翼の生えた種族。確か鳥人だっけ」
〈それがどうしたんですか?〉
「迷宮を見る限りあれがないもん。だったら鳥人が有利になっちゃうなって」
〈有利になる? ああ、そういう事ですか〉
ゼナは気づいた。鳥人は他の異種族よりも大きなアドバンテージを持っている。それは誰もが憧れる理想であった。
「あ、やっぱり飛んだ」
天井のない迷宮に鳥人は天高く舞い上がる。自由にその翼を羽ばたかせて見下ろした。
「鳥人に生まれてよかった!」「連中が豆粒に見えるわ!」「地を這うしかできないゴミ虫だぁ!」「俺さいきょー!」
下で猛烈に抗議する連中を嘲笑うように羽根が舞い落ちる。
「悔しかったらおめぇも飛んでみろ!」
そんな声が聞こえた気がした。私はため息混じりに半目になる。
「鳥人が合格するのも時間の問題かな」
「そうでもないニャ」
そう呟くと足音を立てず後ろから猫人がニコニコしながら近づいてくる。
「この惑星がなぜ迷宮の星って言われてるか知ってるニャ?」
「未知の遺跡が多いからですか」
「それもあるニャ。でもだいたいの迷宮がこうして天井開きになってるニャ。上から見上げれば全て答えが分かるのになぜ迷宮として機能しているのか、不思議に思わないかニャ?」
フリュルの言う通り確かに不思議だ。答えを知れば迷宮は迷宮ではなくなる。なのに未だ迷宮の星と呼ばれるのは『何か』があるからそう呼ばれるのだろう。
「あ、ようやくきたニャ」
フリュルはある一点を指す。それは迷宮の星と呼ばれる由縁の象徴。彼らは気づいているだろうか。それに狙われた時点で詰みになってしまっていることに。
「ははは!」
高笑いを奏でる鳥人は悠々自適に空を舞っていると突如、視界が反転した。
「あ?」
体の内から熱い感触と冷たい感覚が襲いかかる。喉の奥から湧き上がる錆びた鉄の味に思わず吐いてしまう。
「なに──」
それが最期の言葉だった。体が両断され、肉塊となって落ちていく。その余りを逃さんと一匹が鋭利なクチバシで捕らえる。
「……何あれ」
シトラは言葉を失った。他の挑戦者は血の気が引いた。同胞は叫び声を上げた。怪物は空中の餌を次々と屠った。
「助け」「いやぁあああ!」「ま、まっ」「死にたくない!」
迷宮に降り注ぐ血の雨。挑戦者達を恐怖の底に落とすにそれは十分すぎる大きさだった。
「迷宮の番人。またの名を怪鳥デビラグだニャ。あれがいるせいで何度も遺跡調査が難航したニャ」
フリュルは感慨深そうに語る。
怪物デビラグは体長五十メートルを越す大型の黒い鳥だ。特徴的なのは翼が四枚と黒曜石のような黒い目ということ。獲物をさけるチーズのように切り裂くクチバシと驚異的な速度で飛ぶ姿はまさに迷宮の番人に相応しい怪物だ。
「せっかく能力を過信するなって忠告したのに、あれじゃあ他の挑戦者が怖気付いちゃうニャ。まぁその程度で怖気付いたら開拓者になれないニャけど」
人が死んだのにフリュルは前向き姿勢だ。
あれくらいでへこたれるなっと言いたげな口振りだが、他の挑戦者はそうも言ってられない。
最後の鳥人が食い殺され、次は自分の番と思った瞬間、我先にと必死に逃げ惑い砂煙を巻き上げる。
だが、それは更なる惨劇の幕上げだった。
「うわぁああ!?」「落ちるうう!?」「助けてくれぇ!」「死にたくない!」
迷宮ならば必ずある悪意。
底の見えない落とし穴、壁から無数の針、吹き出す火柱、ランダムに飛ぶワープ装置、服だけ溶けるスライム沼、毒虫が襲うゾーン等と絶え間ないトラップの作動音が悲鳴と共に響き渡る。
財宝を守らんとするもう一つの番人に次々と挑戦者は飲み込まれていく。
「あ、ちなみに怪鳥デビラグは鉤爪が退化していて地上の獲物は狙えないニャ。慌てて探す必要はないニャし、生きていれば帰れるから死に急がなくてもいいニャ」
フリュルは手を頭の後ろに回し、シトラの動向を窺う。シトラは何も答えない。ただ空を見つめるだけで、ゼナは不安に駆られる。
〈ご主人、顔が優れないようですが大丈夫ですか?〉
心配する声にシトラはにっこりと振り向く。
「大丈夫。初めて見る光景に少し驚いてただけ」
初めて見た死という風景。彼女は何を思い何を決めて何をすべきか。決意から覚悟に変わる瞬間だった。
「ゼナ、行こう。こうしている間に宝箱取られちゃうかもしれないし」
〈ご主人は強かですね〉
「へへん。私は常に成長するハイパースペック美少女だからね」
〈自分で言いますか普通〉
準備運動を始めて普段の調子を取り戻すシトラ。傍から見ていたフリュルは嬉しそうに尻尾を揺らした。
「ああ、そうそう。宝箱だからって惑わされずしっかり見極めるニャよ」
猫人は新たな挑戦者の背中を押す。地獄に突き落とす悪い猫ではない。その先にある頂きを掴み取る同胞を待ち望む勇ましい猫であった。
シトラは準備運動を終えて、大きく一歩踏み出した。
「絶対旅するぞぉ!」
彼女の根源的欲求は変わらない。ただ前を向いて掴み取るために突き進んだ。
「さてと。あの子は行っちゃたし、後始末片付けなきゃニャ」
フリュルは後ろを振り返る。無謀にも開拓者に挑んだ愚か者の山を治療室に運ぶために。




