第16話 特訓
日々の訓練を怠ってはいけない。それは旅人さんから耳にタコができるくらいに聞かされた言葉だ。
……タコってなんだろう。
コホン。なぜそこまで言うのかだが『ヒマン』が来るかららしい。ヒマンは何かと聞くと女性の天敵或いは旅の天敵と言っていた。少しでも怠れば襲いにかかってくると。
それを撃退するには毎日筋トレが必要で、私は旅をするため必死に六時間の筋トレを行った。
そのおかげで未だヒマンに遭遇していない。
一体どんな天敵なのか。私の妄想だけど六本足の人ひとり飲み込む大きな口を持つ怪物だろう。
「おーい、シトラ。朝飯できたぞ」
オルバスは欠伸をしながら片目で見る。
大事な部分だけ隠す薄着に汗をかき肌ツヤがより目立つ。彫刻のように繊細な体の造形にヒューマンの男性ならイチコロだ。
「初めて見た時から思ったが、体の構造どうなってるんだお前」
一度、オルバスは誤ってシトラがいる風呂場に入ってしまった。その後どうなったか言うまでもない。一応弁明するがオルバスは少女趣向ではない。ボンキュッボンが好みである。
「なにセクハラ?」
「ちげぇよ。それだけ鍛えているのに腹筋割れてないのどうなってるんだ」
「それ触りたいってことじゃん」
「気になっただけだ。それより朝食だから遅刻すんなよ」
「はーい」
防護スーツを着て反重力リングを起動させる。
故郷と比べて惑星ジグマの重力はほぼ変わらないが多少は重いため、本来の重量を戻すのにアンチグラビティ略してアングラは必須だ。
「よし、二次試験頑張るぞ!」
今日が試験の当日だ。この朝練が最終準備と言えよう。
防護スーツを着て一階のリビングに向かう。香ばしいパンの匂いが食欲を唆る。
「お、来たな」
ブラックコーヒー片手に優雅にくつろぐオルバス。キッチンに後ろ姿で料理を作る奥さんと対称的だ。
「奥さん、手伝います」
奥さんは何も言わずグッと合図を送る。ありがとうと言っているようだ。
「娘がいたらこんな感じなのかもな」
冗談とはいえ私はオルバスの娘になった覚えはない。
「私、娘になった覚えないよ」
「仮の話だ。俺の息子もこんな可愛げあったらよかったんだがな」
「ふーん、息子いるんだ」
「あんまり興味なさそうな感じだな」
「他人だからね。あんまり他人のこと聞くの良くないし」
「そうだな。そいつのこと知って情に流されたら思うつぼだからな」
「……」
「別にそれが悪いとは言わん。ほどほどにってことだ」
「そ、そうだよね。うん、ほどほどに、だ」
あれからココナと何度かメールやり取りするようになったけど友達だからノーカンだよね。
「あ、そうそう。遅れたが一次試験合格おめでとう。これは俺からの選別だ」
小さな小包を手渡される。朝食前なのに奥さん怒らないだろうか。
「開けてみろ」
「た、食べ終わってあとがいいんじゃないかな」
「シトラが喜ぶものだぞ」
奥さんの視線がこちらをじっと見ている。気づいてオルバス! 私達は穏やかな猛獣に睨まれてるってことに。
だけどニコニコして開けてほしそうにしている。あ、これ私が開けて驚く姿見たいんだなと察した。
「ええいままよ」
殴られるの覚悟に包みを開くと見たことある黒いポーチだった。
「マガジンポーチ?」
「おうよ。予備弾倉入れるのに持ってこいだ。あと太陽光発電でバッテリー回復も出来るぞ」
どうやら純粋に喜んでほしかったみたいで、私は自然と口元が緩み感謝の気持ちを伝える。
「オルバス、ありがとう」
「おう。次の試験がん───」
横から高速で飛ぶフライパンがオルバスの顔面にぶつかる。体軸がズレてそのまま床に転がった。
「ひぃいい!?」
ポンっとシトラは肩を叩かれて後ろから無言の圧力が女房の恐怖が熱々の卵焼きが襲いかかる。彼女は口には出してないが「熱々のうちに召し上がれ」と物語っている。
シトラはかき込むように朝食を食べ、初めて味わった恐怖味と一生記憶に刻まれるのであった。
◆◆◆◆
「シトラ、こっちこっち」
朝食を食べ終えたあと私はココナと待ち合わせの場所に向かった。
「時間ピッタリ。流石シトラ」
効率厨のココナは時間もきっちりしている。しかし、いつもなら三十分前についているのだが、五分前と少しずつ心境の変化が見られた。
「ごめん待たせて」
「待つのは慣れてる。早く行こう」
宇宙船が停泊している駐車場。数は多くないが市場と違って見たことない宇宙船もあって目移りしてしまう。それを知ってかココナはシトラの手を握り、自身の宇宙船まで早足で歩いた。
「着いた。これが私の宇宙船」
それは理想を描いた宇宙船。見た瞬間、男子ならほぼ一目惚れする美しい湾曲フォルムに鮮やかな赤紫と汚れ一つないオフホワイト。
機能面も充実しており、ド派手にミサイルを撃つ男子の夢を体現した宇宙船だ。
小刻みに震えるシトラにココナは宇宙船のドアのロックを解除する。
「さ、入って入って」
「こ、これがココナの宇宙船」
「うん? あ、厳密に言うと師匠が勝手に選んだ宇宙船。私は正方形のヤツがよかったけど、師匠が開拓者たるもの身なりも宇宙船も整えるべしってノリノリで買わされた」
「オズマさんがこれを?」
「うん。正直後悔してる」
目の光が消えるココナだったが、反対にシトラの目が極限まで輝く。ぶっちゃけ譲って欲しいまであった。
シトラ達は宇宙船の中に入る。シンプルこれといった特徴なく、寝具と複数の武器が並べられてるくらいだ。
コックピットの部屋に行くと座席が二席あって複数の制御装置が組み込まれている。
「そこ座って。シートベルトは絶対。でないとワープする時に吹っ飛ぶ」
私は言われた通りに座りシートベルトを着用する。ココナは制御装置を操作し、電源を入れて宇宙船を起動する。
「ココナ」
「なに?」
「宇宙船って免許必要だったりする?」
「特に必要ない。パフォーマンスするなら必要だけど、ほとんど自動操縦だし、探索機と接続すれば探索できるし、手動は滅多なことがない限り使わない」
ココナは分厚いマニュアル本をシトラに手渡しする。
「それあげる。私には必要ない」
「ど、どうも」
読むよりも外の風景見たいなぁと思う。
と考えていると宇宙船は浮き上がり、空へと上がっていく。
「大気圏出たらワープする。それまで色々話そう。そこにいるゼナも一緒に」
ゼナは探索機のため表情はない。だが驚いたのか少し間を置いて喋り出す。
〈ご主人がお話するなら〉
「ええ、私が話す前提なの」
「大丈夫。師匠からおすすめ映画借りてきた。感想の語り合いなら任せて。あとポップコーンもある。私はオイルだけど」
「手際いいね、ココナ」
それからオグドルVIIIに着くまで色んな映画を鑑賞した。特に宇宙戦艦ヤマモトが面白く一時間通してココナとゼナと一緒に熱烈な論争を繰り広げた。




