第13話 戦いの果て
「ぐっ!?」
それはシトラの懐まで距離を詰めていた。脅威を排除するため抜いた瞬間から飛ばしたのだ。
「あれ。一丁だけか」
シトラが構えた二丁の銃のうち電磁銃が下から上に蹴り飛ばされた。だが、幸いなことにもう片方は寸前で躱した。
「まさか速攻で来るなんてね」
シトラは後退して距離を取り体勢を立て直す。
奇襲に近い速攻。間違いなく出会って来た中で一番速い動きに冷や汗をかく。
「驚いた?」
「うん。前見た時、スナイパーしてたから白兵戦は苦手なのかなって思ってた」
「開拓者に苦手はない」
「オズマさんは苦手っぽいのに?」
「師匠は厳しいってだけ。怒ると怖いけど苦手じゃない」
ココナは幾度も修羅場を潜り抜けた猛者だ。説教も特訓も実戦も戦場も数え切れないほど味わっている。シトラとの差は歴然だ。
「次はシトラのターン。いつでも来て」
「なにそれ。強者の余裕ってやつ?」
「そんなとこ。ほら無防備だよ」
あからさまな挑発に乗っても勝ち目はない。余裕とは常に冷静な判断ができる状態である。もしシトラが勝てるとするなら余裕からくる隙の初撃くらいだろう。もちろんココナはそれも想定しているだろうが。
「じゃあ遠慮なく」
逃げても勝ちにはならない。ならばと青い閃光と異名のつく光銃を向ける。距離は十メートルほど。弾速は音速を超え、対象を貫くことが出来る。どんな機械少女だろうと異種族だろうと見て避ける動作にラグが発生する。
回避は不可能と銃の性能に自惚れた使い手はそう思うだろう。しかし、それを否定する未知がシトラの前に立っている。
「当たれ!」
引き金を引き、光弾が直線上にココナに向かう。弾道にブレはない。だが、ココナは嘲笑い弾速よりも速く俊敏に横に避けた。
「なっ!?」
シトラは銃の扱いはまだ素人同然だ。センスがあるとはいえ、人に撃つ僅かな迷いがココナの選択の余地を与えてしまう。そのせいで弾道を予測されて避けられてしまったのだ。
「じゃあ私のターン」
機械少女の利点。それは絶妙な力加減の調整だ。間合い、死なない加減、打ち込みと卓越した計算能力だ。
「うっ!?」
ココナの回し蹴りが脇腹に接近する。シトラは天性の反射神経でギリギリ体を反るように避ける。地面に手をつき、後ろに回転と同時に蹴りをココナの顎にカウンターをぶちかます。
「お!」
ココナはシトラの体術に驚いた。まさかヒューマンの肉体で機械少女に攻撃すると思ってもみなかったからだ。
「はい! 一発当てたよ!」
シトラはにやりと笑う。これで試験は合格したのだと。
「当てたけどダメージ入ってない」
しかし、ココナはダメージが入ってないことを指摘する。もちろんシトラは抗議する。
「はぁ? 一度当てたら終わりでしょ?」
「一度ダメージ与えたら終わりね。シトラの蹴りはダメージに値しない」
「ずるぅ! それココナがダメージ入ったと思うまで続くやつじゃん!」
「安心して。仕事中は絶対に公平に受けるのが私の信条だから」
「信条、ね。その証拠ってあるのかな?」
「ある。現に私は武器を使ってない」
事実ココナは己の身体のみで戦っている。
仮に機械少女だから体に隠し武器を持っていても決めた誓いは決して破らないのがココナであった。
「私は機械少女だから体が鉄のように硬い。ダメージ与えるならそれ相応のものが必要」
与えるならシトラが持つ銃二つだけ。厄介なことに彼女は公平に戦う状況を計算していたのだ。
「ほら続きやろう」
「……不利なことに変わりないや」
「それなら左手と右足使わないハンデあげようか?」
「それで勝っても釈然としないからなしで」
「シトラは負けず嫌いだね」
「あなたよりは劣ると思うけどね」
もちろん負けるつもりは毛頭ない。たとえ相手がどんな能力を持っていようと対処するだけだ。
「ふん!」
シトラは目と鼻の先まで距離を詰める。能力の差があるはずなのに果敢にも白兵戦を挑んだ。
「甘い!」
ゼロ距離からの銃弾に軽々と避ける。身体能力で避けたのではない。弾道がここに来ると予測した勘による人間離れした計算によってだ。
「うっ!?」
避けた次の瞬間から攻守交代だ。反撃の拳がシトラの肩を掠る。防護スーツで多少軽減されているものの衝撃は完全に殺せない。
「まだ!」
ココナの背後に回り銃弾を腹に撃ち込もうとする。だが、後ろに目があるかの如く最小限の動作で避けて追撃を仕掛ける。
「シトラ! もっと私を楽しませて!」
戦を求める狂戦士とはこのことだろう。
力、戦術、狡猾、闘志と何もかも彼女を上回ることが出来ない。その時点でシトラは敗北必死だった。
(せめてもう一丁銃があれば!)
思考が加速する中、唯一彼女にダメージを与えるなら銃だけ。切り札を増やせば開拓者と言えど思考を更に割けなければいけない。
その証拠に先程から視線が何度も銃に向いている。警戒しているという合図だ。
「これなら!」
「な!?」
私は賭けをする。唯一の銃を空中で手放したのだ。ヤケになったと傍から見たら思われるだろう。
だが、警戒すべきものが突然なくなったら動揺を誘えて一瞬の隙ができる。それが私の狙いだった。
「ふん!」
渾身の回し蹴りがココナの膝関節に直撃する。
機械少女とはいえ、必ず脆い部分がある。それは関節部だった。ヒューマンと同じ可動域ならどうしても柔軟にしなければならない。
強い衝撃を当てれば折れるのは必然。
もし強硬にすれば直立不動の硬い的当てが完成してしまうからだ。
なぜこのようなのことを知っているのか。
それは先日に好奇心で機械少女のことを根掘り葉掘りオルバスから聞いたからであった。
好奇心とは一つの戦術だ。何もかも知りたい欲求がココナの戦術を上回ったのだ。
「いっ!?」
だが、異変に気づく。脚がじんわりと痛みが広がっていくのを。そして悪魔に微笑むその機械少女を。
「残念。機械少女でも私は特別な機械少女」
思い出す。彼女がなぜ開拓者なのかを。経験と装備の違いを。才能という欠片を持った一握りの天才ということを。
「弾丸の気持ち味わってみて」
回避不可の右ストレートがシトラの腹にめり込む。肺の中の空気が逆流して、口から全て吐き出してしまう。
「かは!?」
力のベクトルと共に壁に激突すると口の中に血の味が広がる。全快状態ではなくなった。ただでさえギリギリだったのに不利が蹂躙になってしまった。
「ネタバレすると私の体は鋼みたいに硬い。どの部位も同じだからヒューマンだと逆に骨が折れちゃう」
壁に埋め込まれたシトラの首を掴んで持ち上げる。
「ヒューマンなのに凄い。でもまだまだ実戦不足なのも否めない。銃の扱いも素人同然」
「かっ……そりゃこの星に来たばっかだし、戦うなんて柄じゃないからね」
「でもヒューマンの中で一番凄い。昨日来たヒューマンよりも伸び代ある」
「昨日来たヒューマン?」
「そうそう。ちょっと生意気なヒューマンだったけど彼女もなかなか歯応えがあった」
「……そんなのどうでもいい。それよりもこの手離してくれない?」
「それは無理な相談。シトラが敗北認めたら離してあげる」
首を締める力が徐々に強まり、息が吸いづらくなる。
「早く言わないと死んじゃうよ?」
「こ、殺さないって約束したじゃん」
「はいって言ってないよ私」
「くっ! 絶対シバいてやる!」
「フフフ、ほらほら早く」
絶妙な力加減で調整しながら返事を待つ。ココナは死という恐怖でしか相手は要求飲まないと思っていた。
機械少女はほとんどが戦闘用に作られた兵器。
ある惑星のスラム街で育った幼いココナは死にゆく体と魂を対価に無慈悲な鉄の体を手に入れた。
兵器として利用され、数々の仲間が死んでいく中、ココナの感情は殺された。敵を屠り、居場所を吐かせ、死を運ぶ。レッドアイがついたのはこの頃だった。
そんな戦場の中、赤い死神はある開拓者と出会う。死んだはずの感情が灯り、生きる希望を与えられた。
だが、彼女は戦いでしか会話ができない。武器と武器が交差してようやく僅かに感情が現れる。
なのにシトラと出会い、あの事件を見て感情が現れた。知りたい。この感情は一体なんなのかと。
「早くはやーく」
知りたい。シトラを知りたい。この高ぶる感情を知りたい。私は自分を知りたい。
「うぅ……」
死という恐怖があるのにシトラの瞳は燃えている。なぜ? どんな屈強男だって吐かせたのに。
「どうして言わないの?」
力加減をミスれば首を骨を折ってしまう。冷静になれ。私が勝ってるんだから。だけどシトラは笑った。
「はは……私の勝ちだから」
「……? 銃はあっっアア!?」
体に痺れが巡る。気付かぬうちにココナは電撃を食らっていた。彼女は銃を持っていない。別の武器で応戦したのか。否、ココナの腕を必死に握って抵抗していた。まるで相手の油断を誘うように。
〈ご主人、ゼナは戦闘機ではありません〉
電磁銃を持つゼナが不服そうに語る。
それは伏兵。会話を理解し、行動する探索機だからこそ出来た戦法だった。
「げほげほ……さすが私の探索機」
もちろんシトラも無事ではない。ココナの腕を通じて感電した。だが、ココナほどダメージはそれほどない。
「機械少女が電気に弱いこと。防護スーツが耐電機能があったことで思いついたんだ」
握力が弱まったのを計りシトラはココナの腕を引き離す。ゼナから電磁銃を受け取り眉間に銃を突きつけた。
「探索機も装備に入るよね」
ココナは目を見開き心底驚いて口を開く。
「……いつから仕組んでた?」
「昨日から。ココナとオズマさんが二人で店に帰ったのを見てもしかしたら審査員なのかなって思ったの。戦うなら対策しないといけないと思ってオルバスにアドバイスもらったんだ」
まぁオズマと戦うことになったら負けてただろうけど。その点、ココナの弱点は分かりやすかった。
「負けを認めないなら最大出力で撃つけど?」
最大出力なら重式並の威力を誇る電磁銃。さすがの機械少女でも跡形もなく消し去ることだろう。
「……負けを認める。電磁銃くらった時点で私は動けないから」
精巧に作られた機械少女は不具合が生じれば動けない。
「嘘じゃない?」
「もう嘘はつきたくない。もしまた嘘ついたら死んでもいい」
もう疲れた。何もかも。戦いも依頼も審査も生きるのも。
「シトラの勝ち」
哀愁漂うココナを他所にどこからか拍手する音が聞こえてきた。




