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勇者アリスの異世界奮闘記  作者: 壱宮 なごみ
第1章:Road of the Drop
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魔法石と役割(ミッション)

 幼い少年を思わせるその声は、アリスの記憶に引っかかった。遥か昔か、はたまた遠い未来か……覚えがあるのは、親しみを感じるのは、何故だろう。

 湧き起こった疑問の答えを得られず思案するアリスに、その声は続けて語る。


「ここに存在する僕は、記録の一部でしかない。よって、記録された範囲外は語れない」

「記録の、一部……? あなたは誰なの?」

「記録されていない」


 最も単純な質問であるはずなのに回答を拒否され、アリスは少し面食らう。が、攻撃などされず、少しでも「質疑応答」が成立するなら、尋ね続ける価値はあると考えた。


「ここは何処なの? チェシャは?」

「僕が止め続けている時空の狭間。案内役はこの時空の外で待機させている」


 返答を聞くうち、アリスは思い出す。そう、この声は、不思議な世界へとアリス――もとい、中学3年生の有澤鈴――を(いざな)った声。眠気でぼんやりとしていた意識の中に、「待ってるよ」という、たった一言を(たく)すようにこぼして。

 ならば、旅の終わりはココで間違いない。


「どうしてここに?」

「役割を果たすため」

「役割って?」

「一つは魔法石・マレフィセントの涙を、(きた)るべき時に消滅させること。もう一つは……」


 声が一呼吸おいたタイミングで、アリスの前に黒くて大きな箱が現れた。否、ただの箱ではない。アリスの直感が正しければ、恐らくこれは棺。そして、中で眠っているのは……。

 アリスはもちろん、声を発する銀の光球も触れていないのに、ギギギギ、と重たい音を出しながら、棺は自動的にその(ふた)を開く。


「……この人は、」

「僕の役割を作った人物。もう一つの役割とは、遺体となった彼女(・・)の時を止め、この特別な時空にて隠し、守ること」


 まるで、一日の仕事を終えてゆっくりと眠っているような、穏やかな表情。そうっと覗いたアリスの視線に気づいて、今にも起きそうな印象すら与える。


「マレフィセント、なの?」

「その通り」

「何で時を止めて保存してるの? 私がこうして来なければ、いつまでもこの状態だったってこと?」

「魔法石が来るまで保存という役割は終わらない。彼女がそう望んだからだ」

「どうして? 普通の埋葬じゃダメだったの?」

「遺体に残る魔力が強く、当時の情勢では遺体ごと悪用される可能性が高かった。そこで彼女は、最も信頼する異界の者に、魔力の全てを託した。互いの時が再び交差した際、確実に消滅させるための処置だ。言うまでもなく、大きな賭けでもあった。けれど魔法石は……勇者(きみ)は、ここに来た」


 突如、胸元の「涙」が(まばゆ)い光を放つ。同時に、アリスの首と涙を繋ぐ()られた(つる)のような紐が、驚くほど簡単に、しゅるんとほどけた。


「取れた……!」


 澄み渡る海のような輝きが真っ白な世界を照らし、ゆっくりとマレフィセントの遺体へと近づく。目を見開くアリスの前で、黒色のドレスと白いユリが青を反射する。長らくアリスの首から外せなかった魔法石は、吸い込まれるように遺体の胸元に溶けて、消えていった。


「時間だ、マレフィセント」


 銀の光球の言葉に反応したのか、棺の周りに突風が吹く。思わず数歩下がったアリスの脳内に、あの時(・・・)と同じ声が響いた。


―「信じていたわ……とても勇敢な、私の(マイ・)大事な大事な(プレシャス)お嬢さん(・レディ)


 不思議な感覚だった。知らない声なのに、会った覚えもないのに、目が熱くなる。

 とても大切な人を失ったような気がする。とても優しくしてもらっていた気がする。恩返しがしたかった気がする。きちんと出来ずに泣くほど悔やんだ気がする。最後の最後まで、背中を押してもらった気がする。


 身体の奥から溢れ出てくる様々な想いは、一体誰のものなのか。少なくとも、15年生きてきたアリスの中に、これらの感覚にピッタリ当てはまる記憶は存在しない。

 困惑するアリスをそのままに、銀の光球が「役割」を全うしようと強く輝く。


「追いつけ」


 自分の目を疑うことしかできなかった。黒い棺の蓋が閉じ、みるみるうちに()ちていく。まるで、これまで強制的に止めていた時間を急激に進めているかのよう。未だ吹き止まぬ突風のせいで近付けないが、(さび)(こけ)に覆われていく速度は、アリスを硬直させるのに充分だった。

 そして、風がやむと同時に棺は完全に風化して消え、白い世界にはアリスと銀色の光球だけが残った。


「これで役割は終えた。僕の存在する理由はもうない」

「ま、待って! あなたの名前はっ……」

「記録されていない」

「何者なの!? 私はどうすればいいの!? どうやって帰れば……」


 徐々に収縮していく銀の光球に、アリスはできるだけ疑問をぶつける。


「僕は、縛られた時の管理者、その思念と記録の一部でしかない。よって、勇者(きみ)に道を示すことはできない。その『役割』は、案内役が担っている」

「案内役って、チェシャが……私の帰る方法を知ってるの?」

「彼の、存在意義は……そこに、あ、る……」


 途切れ途切れになる返答を必死に聞き取ろうとするが、アリスの意識も同時に遠のいていく。



 ……そう言えば、初めて会った時も、チェシャはそんなこと言ってたっけ。でも私は意味がわからなくて、そもそも別の世界に飛ばされたことも実感湧いてなくて、聞き流しちゃってたんだ。

 今なら分かる、って言いたいトコだけど、やっぱりわかんないよ。何で私が魔法石を持ってたの? 何でチェシャの存在する理由が勇者なの? 何でこんなに、寂しい気持ちが止まらないの?



「…………ちゃん、アリスちゃん……アリスちゃんっ!!」


 聞き慣れた「彼」の声がする。珍しいことに、ふざけ調子でも軽くもない。

 あまりにうるさく呼び続けられ、アリスは仕方なく重たい瞼を開けた。


「アリスちゃん!」

「……チェシャ?」


 見れば、辺りは元いた森の中。どうやらアリスは気を失っていたようで、チェシャ猫に半身を抱き起されていた。


「私……」

「あのさぁ、寝不足だったならそう言ってくれるかなぁ? こんな場所で前触れもなく倒れられて、手繋いでた俺もつられて転びそうになったんだけど」

「ごめん……でも、」


 アリス自身にとっても予期せぬ出来事で、不可抗力だった。そう言おうとしたが、できなかった。正確には、突然抱きしめられて、言葉が詰まってしまった。


「えっ……あ、の……」

「こんな近くにいても安心させてくれないなんて、ホント、アリスちゃんの巻き込まれ体質には感服せざるを得ないよね」


 緊張で強張(こわば)るアリスの身体を、チェシャ猫の温度が包む。いつも通り嫌味を言われているはずなのに、顔の熱が下がらない。

 ドキドキなんてしちゃダメだ……と、心の中で何度も何度も唱えながら、アリスは言葉をしぼり出す。


「ご……ごめん、なさい……心配、かけて」

「心配っていうか面倒っていうかさ、まぁ無傷ならいいんだけど」

「うん、大丈夫。……そうだ、むしろ私、涙を……!」

「涙?」


 チェシャ猫が腕をほどき、アリスは自分の胸元を確認する。そこに在ったはずの魔法石・マレフィセントの涙は、忽然(こつぜん)と消えていた。


「いつの間に……アリスちゃん、何かしたのかい?」

「多分だけど、私さっき、別の時空にいたんだと思う」


 目を丸くするチェシャ猫に、アリスは先ほど自分の身に起きたことを話した。

 「時の管理者」を名乗る銀の光球のこと、マレフィセントの遺体に「涙」が吸い込まれていったこと、そして……アリスの帰り道は、チェシャ猫が知っているはずだということ。



「本当にチェシャが、知ってるの? その、私の帰る方法とか」

「『時の管理者』だっけ? 俺が言うのもアレだけど、相当ふざけてないかい? いくら俺でも、最初から知ってたらストレートに(うなが)すよ。これでも一応『勇者の案内役』なんだから」

「そう、だよね……」

「大体さぁ、自分のことすら曖昧な俺の頭ん中に、どうやったらそんな情報が…………あー、肩こった。さすがに働き過ぎたかな」


 しゅんと肩を落とすアリスの前で、チェシャ猫はグーッと背伸びをして首や肩を回す。取るに足らないぼやきのようにとんでもない事実が発せられ、アリスはバッと顔を上げた。


「えっ、チェシャ、自分のこと曖昧って、何? 一体どういうこと!?」

「言ってなかったっけ? 俺、ここ5年ぐらいの記憶しかないんだよね。ハートキングダム先代女王に拾われて森番任される前のことなんて、ほとんどサッパリだよ」

「は、初耳だよっ……そんな状態で『案内役』だなんて……どうして引き受けたの? 自分のこと調べたりする方が大事なんじゃ」

「別に俺、そこまで過去に興味ないしね。ここまでキレイに忘れてるってことは、忘れてた方がいいことなんだろうし。それと、『案内役』は引き受けたんじゃない。決まってたのさ、俺の意思とは関係なく」


 チェシャ猫はスッと手を伸ばし、アリスの髪をそっと撫でる。向けられる真剣な瞳に、心臓がどくんと跳ねた。


「断片的な記憶だけど、その中でも絶対的な事実なんだよ。勇者(きみ)が、案内役(オレ)の存在する理由だってことは」


 静かに風が吹き、アリスとチェシャ猫の髪を揺らした。熱の上がったアリスの頬にはちょうど良く、むしろ足りなくも感じる。

 少し乱れたアリスの前髪は、チェシャ猫によって整えられる。恥ずかしさに目線を下げながら、アリスは尋ねた。


「じゃあ……私は、帰っちゃダメ、なの?」

「俺に決定権あると思う? てゆーかアリスちゃん、帰りたいんだろ?」


 逆に質問された瞬間、自分の思考が止まるのが分かった。

 帰るために、「涙」を捨てる旅に出た。帰りたいから、ここまで頑張ってこれた。返すべき答えは決まっている。それでも口が動かないのは、何故だろう。

 自分の気持ちがハッキリと把握できないことに、焦りすら覚える。


「私は……」


 自分の口が何を言おうとしているのか、脳内で定まっていなかったが、アリスの口は開く。と、遮るようにチェシャ猫が笑った。


「あっはは、そこは即答しなくちゃダメじゃないか。人生を決める何かが待ってるんじゃなかったのかい?」

「……うん、ごめん」


 言葉にして初めて、返答を躊躇(ためら)った理由を噛みしめる。俯くアリスの視界には、地面に揺れる草花しか映らない。


「私、たくさんチェシャに助けてもらったのに、チェシャが抱えてること、全然知らなくて……。だからもし、チェシャが少しでも昔のこと思い出したいって願ってるなら、協力するべきだって、思うんだけど……。そうじゃなきゃ、何も返せないまま……」

「アリスちゃん、ストップ」

「え?」


 結構な勇気を振り絞って本音を伝えていたのに、止められた瞬間に緊張が緩む。アリスがそっと顔を上げると、チェシャ猫は風上に目を向け、耳をピンと張らせていた。

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