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勇者アリスの異世界奮闘記  作者: 壱宮 なごみ
第1章:Road of the Drop
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魔女の微笑み ―詰み―

「あれ? 数時間のうちに随分情けない顔になったね、アリスちゃん」

「う、うるさいっ」


 慌てて目をこするアリスを笑った後、チェシャ猫はラモラック卿に言う。


「さーてと、アリスちゃんの思考は混乱の渦から抜け出せないようだから、代わりにそちらに選ばせてあげようかな。俺なりに結構ドラマチックな形勢逆転を見せたと思うんだけど、悪あがきをしてみるかい? ラモラック卿」

「獣人が、調子に乗るのも大概にするんだな……ここには僕の部下である兵が」

「おやおや、どうやらリスティスの次男は、アリスちゃん以上に頭が足りないようだねぇ。自分の手に刺さってるのが何だか分からないほどの目の節穴っぷりじゃあ、仕方ないことなんだろうけどさ」

「な、何だと!?」


 手の甲を一瞥(いちべつ)したラモラック卿の表情は一変する。同時に、ニヤリと妖しい笑みを見せるチェシャ猫。


「この矢は……まさか貴様!」

「言っただろ? 長らく案内役の席を空けてしまっていたこともあってね、再会の時はなるべく大きな感動を提供すべきかと思ったのさ。まぁ正直、ドラマチックに仕上げようとした分、専門外の部分が多くて時間がかかったんだけど」


 アリスには未だ、文脈が読めない。ラモラック卿の手に刺さる矢がなんだというのだ。そもそもチェシャ猫が登場してくれたところで、囲まれている状況には変わりないはず……


「……もしかして、」

「おっ、今回は割と早く理解が及んだみたいだね。まぁ、頭の弱いアリスちゃんでも、さすがにこの圧倒的有利な状況に直面すれば、ってところかな?」


 そう、弓矢は飛んで来ていなかった。それこそ、チェシャ猫がラモラック卿に放ったのを最後に。

 つまり彼が放った矢はラモラック卿の部隊が使用していた矢であり、それを「使えた」ということは、周囲に潜んでいた全ての弓兵を秘密裏に片づけてから、おいしい所を()(さら)いにきたということ。

 部隊の全滅――その事実を突きつけられたラモラック卿は、俯き、ワナワナと肩を震わせる。


「何故、邪魔をする……僕の目的に貴様らは関係ない……」

「俺個人としてはその主張、非常に同意したいところなんだけど、生憎(あいにく)、この世界が選んだ勇者サマは、アーサー王陛下を凌ぐお人好しでね。キャメロットやアヴァロンは勿論、ちっこい獣人村落でさえ、滅ぼしたくないってさ」


 そうだろ? と言うように、アリスへ目を向けるチェシャ猫。こくんと頷いたアリスは、改めてラモラック卿に告げる。


「降伏してください、ラモラック卿。私は、アーサー様こそキャメロット国王に相応(ふさわ)しいと思います。だから、貴方の計画は阻止させてもらいます」

「…………調子に乗るな、庶民の分際で」


 向けられた憎悪に圧倒され、身を強張らせるアリス。庇うようにチェシャ猫が立ったが、ラモラック卿の標的は違った。


「葬ってやる!!」


 剣を左手に持ちかえて攻め寄る先には、破魔の矢により体力も魔力も奪われぐったりと横たわるモルガン。彼女の危機を察知したロビン・フッドも、もはや動けず。


「やめろ……!」

「ダメっ!」


 ロビンとアリスの声が重なる中、ラモラック卿はナイフをモルガンに振り下ろし……――



 トスッ……ドサッ、


 刃が突き立てられることは、なかった。興奮状態にあったラモラック卿の背後から、手刀を食らわせた者がいたからだ。

 何が起きたか把握できないまま意識を持っていかれ、うつ伏せに倒れるラモラック卿。目を見開くアリスの傍で、チェシャ猫が笑う。


「これはこれは、のんびりな登場をしてくれたじゃないか、軍司サマ。それに……財務官サマも」

「マーチさん! ……と、マッド・ハッター、さん……?」

「無事で何よりだ、アリス殿」


 ラモラック卿が握っていたナイフを遠くに蹴り飛ばすマーチ・ヘア。そして彼に続いてやってきたのは、先ほどアリスの息の根を止めにかかったマッド・ハッターだった。


「先程は、とんだ失礼を働いてしまったね。勇者アリス(くん)、すまなかった」


 きっと、マーチ・ヘアが全力で「本来のマッド・ハッター」を連れ戻したのだろう。検証に全てを捧げる科学者の瞳をしていたあの時のマッド・ハッターと、帽子を取って頭を下げる目の前の彼とでは、そのくらい雰囲気が異なっていた。

 自我を封じられることは、感情を封じられることなのだ……アリスは改めて、モルガン自身と彼女の魔力の恐ろしさを実感する。


「え? アリスちゃん、財務官サマに何かされたのかい?」

「何かって、それはまぁ……うん……。でも、良かったです。ハッターさん、戻って来てくれて。ね、マーチさん」


 気絶したラモラック卿の身体検査をし、武器になりそうな物を外していたマーチ・ヘアは、相変わらずの鉄仮面でアリスに視線を移した。


「……何故僕に振る」

「え、えっと……何となく、です」


 表情に出ていなかったとしても一番安心しているんじゃ……そう思ったのだが、やはりハートの女王のように彼の核心をつくには至らなかった。


 そんな中、ロビン・フッドが憎悪のこもった視線をマッド・ハッターに向ける。痛めつけられ呼吸さえままならない状態で、なおも攻撃的なオーラを失わない彼は、凶暴性を持つ手負いの獣そのものだった。


「ハッター……てめぇ、」

「早とちりしてくれるな、ロビン・フッド。私は君達に危害を加えたり、復讐で命を詰み取ったりという目的でウサギ君に同行したのではない。無論、洗脳から逃れた今、忠誠を誓う御方はハートキングダム女王・ロゼ様であるがね」


 言いながら両の掌を開いて見せるマッド・ハッターを見て、チェシャ猫が首を傾げる。


「あれっ? 便利な耳をお持ちの軍司サマ、一体どこから聞いてたんだい?」

「状況は大方理解している。その上で僕は、同盟国の主・アーサー王陛下の意向を汲むべきだと判断するが、アリス殿はどうだろうか」

「わ、私も同じです! アーサー様はもちろん、モルガンとロビン・フッドも、死なせちゃダメです」


 マッド・ハッターの洗脳を解いてからこちらに駆けつけるまでの間、マーチ・ヘアはずっとアリスとモルガンとアーサー王、そしてペリノア王やラモラック卿の会話を集音していたようだ。両国王が和解しつつある状況を踏まえ、アリスの意見を確認し、指示を出した。


「森番はアーサー王陛下を、ハッターはモルガンを()てくれ。僕はこの男を拘束してから、ロビンの手当てにかかる」

「はいはい」

「了解した」


 マーチ・ヘアに言われたマッド・ハッターは、モルガンの身体に刺さる矢を抜いた。どうやら魔力所持者でなければ、触れたところで何の変哲もない普通の矢と同じらしい。

 全ての矢を取り、その傷口に布を巻きながら、ハッターは語り掛けるように零す。


「おいたわしや、女王モルガン……だが洗脳を受けていた身でも分かった。貴女の素質は本物であると」

「……ハッ、ター……」

「お目覚めですか」

「ロビン、は」


 マッド・ハッターに施した洗脳が解けていること、その上で彼が自分の手当てをしていることから、モルガンは全てを悟ったのだろう。破魔の矢によって大部分の魔力と体力が削られた状態で、抵抗などできるはずもなく、(かす)れた声で尋ねた。

 答えようとしたハッターの発言は、後ろの騒ぎによって遮られる。


「モルガンっ……!」

「待て、処置の最中だ。動くなロビン・フッド」

「うるせぇ! 放せっ……つぅ、」


 ラモラック卿にひどい暴行を受けたロビン・フッドは、この場で最も重傷だった。モルガンの声に反応する彼を、マーチ・ヘアが静かに諌める。


「あばらが数本折れている。下手に動けば肺や内臓に刺さるぞ」

「構う、もんかよ……」


 ハッターに支えられて上半身を起こしたモルガンの目が、マーチ・ヘアの手を払うロビンの姿をとらえる。目が合った瞬間、ロビンは安堵(あんど)の息を吐き、躊躇(ためら)いながら口を開いた。


「悪ぃモルガン……俺が、いながら……」

「別に、構わない……」


 モルガンもまた、安心したようにゆっくりと瞬きをする。そして、僅かに残った力を振り絞るように、そっと詠唱した。


「育て、繋がれ、修復せよ……」


 すると、ロビン・フッドだけでなくアーサー王の傷口まで、再生していった。突然の現象に、治されている当人たちだけでなく、応急処置をしていたチェシャ猫やマーチ・ヘア、そしてアリスも驚く。

 もっとも、彼女の弱った魔力では全快まではさせられないようで、皮膚や血管の再生は数秒で途切れた。


「な、何してんだモルガン! そんな状態でっ……」


 ふらつきながら駆け寄り、ロビンはモルガンの手を握った。マッド・ハッターの補助でやっと座っていられる状態の彼女は、ゆったりと目を開ける。


「もう、無理すんな……頼む」

「これが、主の務め、だ」


 (すが)るようなロビンの瞳に映ったのは、柔らかな微笑みだった。初めて会った日以来の表情に、ロビンの目は反射的に熱くなる。


「やめろよ……こんな時に、」

「本当に、バカな狐……私のために、ひどい怪我、して……」

「何でもねぇよ……こんぐらい」


 自らの潤む瞳を袖でこすり、ロビンはモルガンの髪を撫でる。


「俺は平気だから、休んでくれ。少し眠れば、魔力だって回復するだろ」

「……ロビン、言伝(ことづて)を、頼みたい……」

「ああ、聞くぜ」

「アーサーに……和議に、応じる、と」


 すうっと眠りに落ちたモルガンを、マッド・ハッターは地面に横たわらせ、自分の白衣で作った簡易枕を、彼女の頭の下に添えた。

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