圧倒する魔女 ―モルガン・ペンドラゴン―
この世界にどんな魔法があるか、何が強力で何が簡単なのか、そんなの分からない。だが、「アリスにのみ向けられた魔力」が跳ね返されてしまうのなら、次の手は……
「……ほう、無能ではないようだな」
距離を取るために背を向け走り出したアリスに、モルガンは余裕な笑みのまま。今度は両手を広げ、次なる魔法のための詠唱を始めた。
「集まれ、固まれ、鋭くなれ。岩も切り裂く、風鎌となれ」
アリスにも、モルガンが何らかの呪文を唱えているのは聞こえていた。それでも、走る足を止めるワケにはいかない。どんな魔法が来るのかは見当もつかなかったが、少なくとも、「アリスだけでなく周りの木々ごと破壊する系」の魔法を使ってくることは予想できた。
とすればもう、何が何でも距離を取って魔法が及ばないところまで走るしかない。ところが、森を駆け抜けるアリスの行く手を阻むように、大木が傾いてきて、どすんと横たわった。
「なっ……何で、」
「切り裂け」
遠くからモルガンの「命令」が聞こえ、アリスは直感する。大木が切り倒されたのは、彼女の魔法による事象なのだと。刃物などは一切見えなかったが、自分が最初に切られなかったということは……触れる物を片っ端から切り裂いていく魔法が発動されたようだ。
一体どこから、何が、どうやって……「切断」の正体を見抜けないアリスの耳に、暴風が迫る音が舞い込む。
「まさか、」
分かった。けれど、対処の仕方は分からない。迫り来るのは恐らく、モルガンが作り出した「かまいたち」……
どうしよう、どうしよう、避けなければ、でも何が出来る……――
刹那、昨晩と同じ声が、アリスの脳内を駆け巡った。
―「大丈夫」
―「不安げな顔はよして、私の大事な大事なお嬢さん」
会ったことがない女の人の声。それなのに、ひどく懐かしく感じた。優しく頭を撫でられるような、温かい感覚に包まれる。どことなく湧き起こる切なさに、目頭が熱くなった、その直後。
ザザザザザ……
吹き抜ける突風に、辺りの草木が暴れる音。薄目で見ると、何本かの木々は先ほどと同じように切り倒されていく。アリスの想像通り、モルガンが無数のかまいたち――風で作った刃――を放ったようだ。
ただ、すぐ足元に生えている草花も刈られているのに、自分には切り傷一つ付かない。これも想像通りというべきか、アリスの胸元では、魔法石が美しい輝きを放っていた。
ロビン・フッドの前で発動した時に立てた仮説が、アリスの中で確信に変わる。魔法石・マレフィセントの涙は、アリスが本能的に抱く「強烈な不安」に反応するのだと。
「現状維持か……素晴らしい」
全てを切り裂く刃のような暴風がやみ、モルガンがアリスに追いつく。走ってきたのではなく、掴まった木の幹や枝を魔力で伸ばし、移動してきたようだ。
「私の魔力にその魔法石が加われば、アヴァロンの繁栄は約束されよう」
「それがあなたの目的?」
「さぁな」
妖しい微笑みをもって答えるモルガン。彼女が次の魔法を使う前に、アリスは畳みかけるように訴えた。
「もしも! もしもキャメロットを滅ぼすことが目的なら、待ってほしいの! アーサー様は後悔してる……話し合えばきっと……!」
「黙れ」
「うあっ!」
モルガンの一声と共に、太い木の枝が鞭のように長く伸びてしなり、アリスの腹部に叩き込まれた。
後ろに吹っ飛ばされ、痛みに縮こまるアリス。一撃を食らった腹部はもちろんだが、飛ばされたせいで脚や腕も何箇所か擦りむき、地味に全身が痛い。
「はぁっ……うぅ……」
「最高の装備を調えたところで、所持者がこれでは無意味だ」
痛い、痛い、痛い痛い痛い……今までしてきたどんな怪我より、どの喧嘩より、ハード過ぎる。こんな強い魔女、説得できるわけないし、勝てっこない。止められない。勝てる要素が何もない。逃げたいけど、身体のあちこちが痛くて動かない。
無理だよ、鍛えてないもん。体力テストだって並だし、100メートルタイムも平均だし、武道の習い事とか体験すらしたことないよ。何かやっておけば良かったのかな。もう少し運動神経が良かったら、一緒に来てくれた仲間に稽古つけてもらってたら……ちょっとはマシな状況だったのかな。
五月雨のように流れてきた後悔や仮定を、無駄な思考だと悟った。
今ここにある「現実」は、何一つ変わらない。変えられない。自分はたった一撃で動けなくなり、モルガンから目的も何も聞けず、もう魔法石を奪われるのみであるということ。
「ご苦労だったな、勇者アリス。『涙』は私が貰い受けよう」
嫌だ。嫌だ。この魔法石が、温かい光が、込められた思いが、アヴァロンとキャメロットの戦争に使われるなんて。
立って、立ち上がれ。大量出血したワケじゃないんだから。
「織り成せ、編み込め、創り出せ。全てを屠る、矛となれ」
辺りの木々、枝が互いに絡み合い、何本もの槍がアリスの上に形成される。アリスへの「直接魔法」が効かない以上、モルガンはあくまで「物理攻撃の武器」を生成してアリスを仕留める算段なのだろう。
そしてその手法が有効であるのは、キャメロットにてマルーシカの襲撃にあった際、嫌というほど体感していた。
「勇者もろとも地を貫け」
逃げなきゃ。避けなきゃ。ここで「勇者」が終わったら、全ての思いが無駄になる。託してくれたのに、認められたのに、助けてくれたのに、守ってくれたのに。きっと今も、戦ってくれているのに。
「勇者」が一番初めにリタイアするなんて、言語道断でしょ。お願い、お願い、この攻撃を凌げたら……――
ガガガガガッ!
追撃は与えられなかった。というより、追加で痛みを感じることはなかった。
それこそ残された最弱の手段――神頼みしか出来なかったアリスは、頭上の光景に言葉を失った。そしてそれは、モルガンも同じく。
「な、に……コレ……」
アリスの全身を覆うように現れたのは、半透明のドームだった。光の加減で、ところどころにオーロラのような虹色の光沢を見せる。どうやらこの美しいドームが、盾となり全ての「木の槍」を跳ね除けたらしい。
驚きのあまり痛みを少し忘れ、ゆっくりと起き上がるアリス。すると、ドームも合わせるように形状を変え、なおもアリスを守るように包み込んだ。
何が起きているのか、コレは何なのか……さっぱり理解できないアリスに対し、モルガンは「その答え」に行きついたようだった。
「……どういうことだ」
「え……?」
「何故……何故それを、お前が持っている!!!」
激昂と共に再び「木の槍」が雨のように降ってくる。が、半透明のドームはかなり強固な盾として、アリスを守る。かなり心強いが、いつまでもつのか……突然現れたのなら、突然消えることも有り得る。いずれにせよ、防げているうちに他の対策を考えなければ。
考えようとするアリスの目に、モルガンの怒りの形相が映る。マーリンの施しによって初手を跳ね返した時より、アーサー王の名前を出した時より、断然激しい「憤り」がそこに表れていた。反射的に畏怖を抱いた、その時。
ピキッ……
「あ!」
際限なく叩き込まれる「木の槍」を受け続け、半透明のドームに亀裂が入る。起き上がれたものの、依然として策は浮かんでいない。このままではいけない。もう少し、もう少しだけ……!
アリスの願望も空しく、次の瞬間、ドーム全体に亀裂は広がり、無数の光の粒となって消滅してしまった。そして、ここぞとばかりに容赦なく迫る「木の槍」。頭部だけは守ろうと、両腕で覆うしかなく……
シュパンッ、
ボトボトボトッ……
瞑っていた目を開けると、「木の槍」の先端の残骸がいくつも地面に落ちていた。アリスを貫く前に、それらは全て斬られたらしい。
「何故持っている……そう、尋ねていたな」
続けて聞こえてきた声に、バッと顔を上げる。風になびくのは、いつか見た麻のマントと、銀杏の葉を思い出させる朽葉色の髪。鞘から抜いた聖剣を握り、彼はモルガンに「答え」を告げた。
「他でもない、俺がアリスに授けたからだ」




