揚げ足取り(ヘリクツ)合戦
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「ところでトー卿、ペリノア王はもう起きていらっしゃるんでしょうか」
「今はどうか分かりませんが、もうじき……」
バンッ
トー卿が答えようとしたのとほぼ同時に、部屋の扉が勢いよく開かれる。入室してきたのは、怒りの形相を見せるペリノア王だった。目上の者の思わぬ登場に、トー卿とマーチ・ヘアは即座に立ち上がる。また、これまで度重なる拷問を受けてきたリトル・ジョンも、警戒心からか立ち上がって身構えた。
不自由な片足を補佐するように杖をつきながら歩くペリノア王だったが、その一歩一歩はゾウのような重みを感じさせる。何か用があれば自分の所へ呼びつけるであろう彼が、わざわざアリスの寝かされていた客室まで足を運ぶなんて……。ただならぬ空気に身を震わせたアリスが口を開こうとしたその瞬間、ペリノア王は杖を振り上げ、ベッドの近くで敬礼をしていたトー卿を薙ぎ払うように殴った。
「がっ……!」
「トー卿!」
「納得のいく説明ができるのであろうな」
強打された腹部を押さえて跪き、顔を上げないトー卿に、ペリノア王はなおも杖を向ける。咄嗟にマーチ・ヘアがトー卿の脇に駆け寄った。ベッドの上で半身を起こした状態のまま、アリスはペリノア王に抗議する。
「な、何してるんですか! 自分の子供に……」
「黙れ無礼者!!」
どうやら彼の腸は相当煮えくり返っているようで、トー卿に向いていた杖は瞬く間にアリスの頭上に振り上げられ……
「無礼なのはあんただよ」
アリスの頭を殴らんとしていたペリノア王の杖は、傍にいたリトル・ジョンによってがっしりと受け止められていた。場にいる全員が目を見開く中、リトル・ジョンは軽蔑の視線をもってペリノア王を見下ろす。
「それが、身を挺して城の財産守ってくれた勇者への態度なワケ?」
「貴様……囚人の分際で……」
「もう違うよ。あんたのトコの三男坊が解放してくれたしね。だから忠告しておくよ。アリスに手をあげるなら容赦しない。へし折るよ、この杖と……あんたの首の骨」
放たれる殺気には一点の曇りもなく、感情の昂りのままに杖を振り回したペリノア王の中で、ゆっくりと恐怖が渦巻いていく。痺れるような沈黙を破ったのは、ようやく腹部の痛みが引き始め顔を上げられるようになったトー卿だった。
「アリスさんは契約通り、窃盗目的で侵入した賊を追い払ってくださいました……。ですから私も、彼を牢から解放したのです。それに……アリスさんはロビン・フッドに毒矢を撃たれ危険な状態で……彼の持つ解毒剤が必要でした」
「我が倅ながら未熟なことよ」
ペリノア王は杖を持つ手を下げようと力をこめる。リトル・ジョンはその力の込め方から「アリスへの危害はない」と判断し、パッと杖を放した。
「トー、お前は勇者殿の部屋の惨状を見なかったのか。私は『物理的にも金銭的にも一切の損害を被らぬように』と伝えていたはず。お前が『勇者の偉業達成』として主張しているのは、あくまで『金銭的被害』についてのみだ。つまり……」
「勇者御一行は今回、貴方から課せられたミッションをクリアするに至らなかった……と、そうおっしゃりたいんだろう? 領主サマ」
ペリノア王の底意地の悪い声色と物言いを遮ったのは、アリスにとっては聞き慣れた、嫌味ったらしい声だった。たった今、礼拝堂以外のワープホール捜索を終えて戻ってきたチェシャ猫が、開けっ放しのドア付近に立ち、得意気に続ける。
「アリスちゃんの部屋の有様を見たらきっとそう来るだろうと思ってたよ。けれど残念でした、あの惨状は領主サマとアリスちゃんとの間で交わされた契約の保証対象外になる」
「何を申すか。明らかに我が城は『物理的被害』を受けている。それを防げなかったのは貴殿らの落ち度であろうが!」
責任を追及されている当のアリスも、ペリノア王の意見に反論の余地を見つけられない。それゆえに、強く反発されたチェシャ猫が余裕たっぷりに「分かってないなぁ、違いますよ」と首を振る理由が分からなった。
「確かに、アリスちゃんの部屋を襲撃したのはシャーウッド勢だった。けど指示をしたのは誰だったか、軍司サマ、首謀者の名前を聞いたんだよね?」
「ああ、ロビン・フッドに指示されたと彼らは言っていた。間違いない」
「つまり! 勇者の命を狙って部屋に矢の雨を降らせたのはシャーウッドではなくアヴァロンの意向だ。領主サマ、お忘れになってはいないだろう? 貴方と勇者との間で交わされた契約は、『シャーウッドの賊による被害を防げればリトル・ジョンを解放する』というものだった。……その表情から察するに、俺の言いたいことは理解してもらえたみたいだねぇ」
どんだけ無茶苦茶なヘリクツ展開してんの! と全力でツッコミを入れたくなるのを必死に堪える。アリスはふと飲食店の割引クーポン券によくある「ただし金曜日・土日祝日でのご利用においては割引率が異なります」という物凄く細かな注意書きを思い出した。チェシャ猫の主張はそのレベルの細かさであるということだ。いわば、「ただしシャーウッドの賊を迎撃する間アヴァロンから攻撃を受けても当方は一切の責任を負いかねます」的なニュアンスだろう。ずる賢いというか、味方のアリスですら引っ叩きたい衝動に駆られる。
幸いだったのは、ペリノア王が「屁理屈だ!」と糾弾せず悔しそうに言葉を詰まらせてくれたこと。すなわち、反論できないことを認めたということだった。無茶苦茶なヘリクツも使い様だ……とアリスも半ば感心してしまう。
「これは重大な責任問題だぞ……トー」
「心得ております」
チェシャ猫への反論を断念したペリノア王は、深夜に急を要する状況だったとは言え独断でリトル・ジョンを解放したトー卿に捨て台詞を吐く。が、対するトー卿が堂々とした態度を崩さなかったため、更に眉間の皺を濃くして、今度はアリスを睨みつけた。
「どうやら伝説の勇者というのは、男を手玉に取るのがお上手らしい」
「へ?」
「未熟者の三男といい、投獄されていた囚人といい、貴殿のような貧相な女のどこに魅力を感じたのか全くもって測りかねる。ともかく、これ以上このリスティスで好き勝手に遊ばれぬよう」
それは、15年ちょっと生きてきたアリスが、これまでの人生で浴びたことのない種類の罵りだった。お昼に放送されるドロドロした恋愛ドラマでしか使われないような台詞。
あらぬ方面からの罵倒に対しては、人間は怒りを覚える前に思考が停止するのだ……身をもってそう実感するアリスの頭は、ペリノア王への反論を考えることができなくなっていた。
何でそんな風に貶せるんだろう、どうしてそんな言葉を吐けるのだろう……。言われる側の気持ちは考えないのだろうか、逆に考えなしだから言えるのかも知れない……。
カツンカツンと杖をついて退室しようとするペリノア王の背中を茫然と見送っていたアリスの視界で、次の瞬間、キレイな右ストレートが決まった。ハッとして眼前の状況を整理する。それまでベッドの傍で(不満げながらも)大人しく話を聞いていたリトル・ジョンが、ペリノア王に一歩で詰め寄り、吹っ飛ばすようにその右頬を殴ったのだ。
「ジョンさ……」
「アリス、まさか止めないよね? この腐れ領主、ぶっ殺す」
彼の殺気が異常なまでに膨れ上がっているのは、一般人のアリスにも感じ取れた。殴られたペリノア王はというと、不意を突いた一発によって完全に気を失い、伸びていた。それはリトル・ジョンの怒りの度合いと共に、彼の底知れぬ腕力をも物語っているのだろう。
「ま、待ってジョンさん、」
「止める理由あんの? コイツの腐った言葉、聞こえなかったわけ?」
正直、処理が追いついていなかった。要するにアリスは(噛み砕いた表現にするならば)ペリノア王から「自重しろよビッチ」と侮辱され、リトル・ジョンは代わりに怒ってくれているのだ。
けれどアリスには、男性陣の中でそのような罵声を浴びせられた時、どんな顔をすればいいのか……もっと言うと、どんな返しをすれば「平気だ。問題ない」という意思が伝わるのかが分からない。とりあえず泣くのは良くないというのだけは想像がついたが、それでも、目の前で父親を一撃KOされてしまったトー卿の心境を考えると、突き刺すような申し訳なさに襲われた。




