暗闇の口論(主張)
「お前、分かってて聞いてんだろ」
ロビンの返答で、アリスの想定は確信に変わる。
「どうして? ジョンさんは……シャーウッドの人たちは、きっと、今でもずっと貴方のことを」
「ああ。けど俺にとっての序列は違ぇ」
「序列?」
「大切だ、守らねぇと……けどどんなに足掻いて囲おうとしたところで、俺の腕はたった2本だ」
アリスは正直驚いていた。モルガンという魔女は、さながら戦隊モノの悪役のように「大いなる力」と「思い通りの世界」を欲する存在で、付き従う者達は皆、彼女の圧倒的な力や激しい気性に恐れおののく存在か、あるいは操り人形だろうと思っていたからである。目の前の彼は、ロビン・フッドは、そのどちらでもない。彼の根本にある思いは……。
「それならどうして今晩、ここに来たの?」
「さぁな」
「捕まったジョンさんの代わりに、ペリノア王を牽制するため?」
「言ってろ」
「だとしたら貴方は、間違ってる」
「……あ?」
「貴方たちが繰り返してきた侵入と窃盗は、犯罪でしかない」
ほとんど見えない闇の中でも、空気感の変化は汲み取れた。ロビン・フッドの声が僅かに低くなったのも聞き取れた。それでもぐっと拳を握り、アリスは続ける。
「このやり方は正しくない。こんなのは真っ当な報復になってない。シャーウッドの人たちの救いになんて、なりっこない」
義賊ナンバー2のリトル・ジョンでさえ、この意見を突きつけたら暴れたのだ。まして義賊結成者のロビン・フッドに対して訴えれば……
「てめぇ……随分とナメた口きいてくれんじゃねぇか」
200%の怒りを買うに決まっている。
「正しいか間違ってるかなんて関係ねぇだろ……正しいヤツがいつも勝って笑えるとは限らねぇだろーが」
「間違った人たちを勝ち組だっていうんなら、その審判もきっと間違ってる」
「黙れ、黙れ黙れ……石以外は何も持たねぇガキがあああ!!!」
夜の奇襲もこなしてきたロビン・フッドは、恐らくこの暗闇においてもアリスの何倍か明瞭な視界を得ているのだろう。真直ぐに掴みかかられるような気配は感じるが、どの方向から危害が加えられるのか、一切予測できない。
身体を強張らせるほかないアリスの視界で、ふと、オレンジ色の光が浮かんで揺れた。
「ガキっていう割には、君も結構な童顔じゃないか」
聞き慣れた声に、アリスの緊張と恐怖が解ける。同時に、小さな灯りとその持ち主の出現によって、警戒したロビン・フッドが反射的にアリスから距離を取ったのがわかった。
「チェシャ!?」
「なっ……誰だてめぇ! 一体どっから……!」
「お待たせアリスちゃん。見た感じ無傷だね。腕力も魔力も知力もない君が、たった一人でこの数分を乗り切れたことは限りなく奇跡に近い。存分に誇っていいよ」
「それちっとも誇れない言い方!」
ムッとして言い返したアリスは、チェシャ猫の持つオレンジ色の灯りの正体がマッチの火であることに気付く。彼がそんな物を所持していたとは、さすがに知らなかった。
「さぁて、一体どこから、って聞かれた気がするから答えておこうかな。アリスちゃんと同じく、礼拝堂の『スイッチ』に触れたのさ。ただ、アリスちゃんみたいに一人で勝手にワープしちゃ、後で来る仲間が困るだろ? そこで俺は簡素な伝言を残してからこっちに来たんだ」
「わ、私だってわざと一人で来たわけじゃ……ってゆーか、伝言?」
「てめぇ……」
よりいっそう不快感を増したロビン・フッドの声色に、チェシャ猫はお決まりの妖しい笑みをマッチの灯りの中に浮かばせる。
「察しが良くて助かるよ、義賊のリーダー。もうじき『伝説の勇者御一行』の中で格別血気盛んな凄腕が、君を討たんとやって来る。ついでに教えとくと君の仲間の義賊メンバーは、今頃ありがたーく啓蒙されて解散の検討真っ最中だと思うよ」
「啓蒙?」
「軍司サマ、柄にもなく素直に評価してたからねぇ。アリスちゃんの、リトル・ジョンへの訴え」
アリスの脳内で全てが繋がる。マーチ・ヘアは恐らく、「矢の雨」の襲撃を受けた直後に、その犯人がシャーウッドの義賊であると察知していたのだろう。だから一人でそちらへ向かったのだ。「窃盗ではなく国王への直訴によって弾圧に抵抗すべきだ」という、アリスの考えを伝えるために。
「……やってくれんじゃねぇか、寄せ集めの行楽集団がよ」
「急遽寄せ集められた分、個々の能力には一定の保証があるからねぇ、完全なトップダウンにならざるを得ない烏合の衆とは違うのさ」
「退きやがれ、お喋りネコ。俺の目的はその魔法石だけだ」
「だったら尚更退かないよ。俺はリスティスの物品がどうなろうと全く興味ないけど、伝説の勇者サマだけは守り通さなきゃいけないからね」
マッチの灯りが消え、オレンジの光がなくなった暗闇の中、アリスは目を見開く。たった今聞こえたチェシャ猫の言葉は、大真面目な決意なのか、それとも。表情を確認しようとしたところで立ち位置的にも不可能だし、まして考えを巡らせたところで真意は汲み取れない。ただ、どくんどくんとうるさくなる心臓の音。
マッチはもう無いのだろうか。また元の暗闇に戻ってしまったせいで、チェシャ猫とロビン・フッドがそれぞれ何処にいるのか全く分からない。とりあえずチェシャ猫に呼びかけようと口を開きかけたところを、掌で塞がれた。
「んっ!?」
アリスがこもった声を漏らした直後、体がグッと引き寄せられる感覚がして、真横から金属の扉と刃物がぶつかった音が聞こえた。そして、突然耳元で始まるチェシャ猫の囁き。
「声殺して。今、聴覚情報がアイツの全てなんだから」
アリスが慌てて小刻みに頷くと、チェシャ猫はアリスの口を塞いでいた掌を退ける。そこでようやくアリスにも、チェシャ猫が火のついたマッチを手に登場した理由が想像できた。
暗闇の中での行動に慣れていて、自分たちよりも夜目が効くロビン・フッド。普通に対峙しては不利になってしまうし、かと言ってこちらだけ明かりを持っていては格好の的だ。でも明かりの在る空間から無い空間へと変化すれば……その直後は、彼の目も闇の中でその視力を落とす。
「伝説の勇者サンよぉ、だんまり決め込んでねぇで出て来たらどーだ? 何なら俺が今からその魔法石、光らせんの手伝ってやる」
彼は何を言っているのだろう……マレフィセントの涙を意図的に光らせるなど、現在所持しているアリスですら不可能なのに。その疑問は、次の一言で解消される。
「頼むぜ、モルガン」
―「身勝手な狐だな」
ロビンが口にしたその名を持つ魔女の声は、場にいる全員の脳内に直接響いた。先ほどのチェシャ猫の注意を受けて息を呑んだだけにとどめたアリスだったが、それは無駄な足掻きとなる。何の前触れもなく、胸元にあったマレフィセントの涙が……眩い光を放った。
「あっ」
「見えたぜ、勇者の首!」
どうして急に一瞬だけ光ったのか、アリスには全く分からなかった。ただ一つ分かったことは、ロビン・フッドがモルガンの力を借りて意図的に魔法石を光らせた、ということ。そして……
ガキィィィッ……!
「おいおい何だてめぇ、そのネコ耳はハッタリかよ」
「さぁ、どうだろうねぇ?」
アリスの首を狙って振るわれた刃物を、チェシャ猫が代わりに受け止めた、ということ。
「その爪……さてはサーヴの種族か?」
「生憎、月を見て吠える趣味はないよ」
どうやらアリスは、この場で最も視界が利いていないらしい。チェシャ猫がどうやってロビン・フッドの刃を防いだのか、会話の内容から想像することしかできない。そればかりか、彼らの位置や体勢すら、ぼんやりとしか把握できなかった。
「あの、チェシャ……」
「アリスちゃんは黙ってて。まったく、結局大抵こうなるんだ。いい加減勘弁して欲しいんだよねぇ、俺、専門外なんだから」




