最悪な置き土産 ―急変―
「タネはわかんねぇがまぁいい。次はその爪、切り落とすぜ」
ロビン・フッドの気迫を肌で感じると共に、チェシャ猫はピクッと耳を動かす。
「切られるのは困るけど、多分無理だね」
「んじゃあ……やってやるよ!!」
暗闇の中、もう夜目が効くようになってきたらしい。ロビン・フッドはチェシャ猫めがけて真直ぐにナイフを振り下ろし……――
キィィィィン……――
響いたのは、先ほどチェシャ猫がロビン・フッドの刃を受けた時とは異なる金属音だった。金属と金属がぶつかり合った、剣同士の奏でる音。
「てめぇは……!」
ロビン・フッドに対するサプライズの成功を喜ぶように、チェシャ猫の声は妖しく弾む。
「無理だって言ったろ? 何せ一番凄腕の荒くれ者がご来場なすったからねぇ」
「随分盛り上がってんじゃねーか、俺も混ぜろ」
「えっ、ランスロット!?」
聞こえてきた新しい声に反応するアリス。と、その名を聞いたロビン・フッドは剣に力を込めて反発させる。そうして一旦距離を取り、鼻で笑った。
「まさかとは思ったが、笑える演出してくれるぜ。つい先日までモルガンのために剣を振るい、言われるがままだった人斬りが、勇者御一行に参列たぁ……どの面下げて立派に返り咲いてんだ?」
息を呑み言葉を詰まらせたのは、アリスだけだったのだろうか。胸の奥の、握られたら最も痛むであろう箇所に、針を刺されたような感覚が駆け巡る。川辺で語っていた時のランスロットの声色、僅かに見えた表情、時折力が込められていた拳、その視線の先にあったブルーグレーの雲が、アリスの脳裏に浮かんでは消えて、流れ、ロビンの皮肉と共に刺さっていく。
ランスロットは悔やんでいる。アーサー王もそれを汲み取ってアリスに同行せよと命じた。アリスも全てを聞かされた上で一緒にいる。分かっているのに、反論や弁解が見当たらない。庇いたいのに、どこかで同意する自分がいる。
「そ、そんな言い方……」
「返り咲いてなんかいねぇよ。あん時は考えんのが面倒だったから斬った、そんだけだ」
反論のレベルとしては最弱の出だしとなったアリスの言葉を遮り、ランスロットがロビンに返す。
「今だって面倒だ。だからてめぇを斬りに来た。ただし落とすのは利き腕だけだ。ちったぁ斬り方考えねぇと、うだうだ文句たれるからな。だろ? 小娘」
「うん……って、結局斬るの!?」
「ハッ、まだそんな甘いこと言うかよ。おい猫、小娘連れてさっさとこっから出ろ」
「そうしたいのは山々なんだけど、入室できたからって難なく退室できる部屋じゃなさそうなんだよねぇ、ここ」
「じゃあ床でもぶち破るか?」
「ダメ! この城への被害は最小限に……」
キィンッ!
アリスの訴えは金属音に遮られる。ロビンとランスロットの攻防は既にヒートアップし始めているようだ。ランスロットのブーツが床をこする音が聞こえた、その直後だった。
―「そちらの首尾はどうだ? ランス」
「伯爵!?」
どこからともなく聞こえてきたのは、ドラキュラ伯爵の声だった。どうやらランスロットが連れてきた伯爵のコウモリが機能しているらしい。反応したアリスに向けて、伯爵は穏やかに報告する。
―「アリス嬢、こちらは整った。君の部屋に矢を放った連中は、我々がジョン君の解放に向けて動いていることを知り、受け入れてくれたよ。更に言えば、元リーダーを取り戻さんと『打倒アヴァロン』を掲げている。マーチ・ヘア君の演説が効いたようだ」
「気が散るから黙ってろ。こっちは決闘中なんだよ」
「打倒アヴァロン……!?」
鬱陶しいとでも言うように返すランスロットと反対に、ロビン・フッドはその声色に僅かな動揺を加えた。
しかしそれは考えてみれば当然の反応。つい先ほどロビンの指示でアリスの命を狙ったシャーウッドの盗賊メンバーが、マーチ・ヘアの追跡を受け、諭され、「打倒アヴァロン」を掲げる集団に変わってしまったというのだから。
「クッソが……!」
宣言通りにひたすら利き腕を落とそうと狙ってくるランスロットの剣は、軌道こそ読めるものの並々ならぬ重みを持っていた。軽やかな振るい方と直結しないその強さに、ロビン自身の動揺も加わり押され始める。
ロビンは、シャーウッドの者達に何一つ告げずに集落を出た。それはすなわち、「ロビンの失踪」が「モルガンによる拉致」と思われている可能性を示唆する。とすれば、シャーウッド住民が「ロビン救出」を目的としてモルガンに矛先を向けることも容易に想像できる。
剣撃を流すことに専念しだしたロビンの姿勢を、ランスロットはすぐさま汲み取った。
「おい狐、どーゆーつもりだ?」
「俺はモルガンを裏切らねぇ。次は戦争で会おうぜ。ああ、お前はパーシヴァルに迎えてもらった方が嬉しいか」
「ふざけんじゃ……」
「それと、何もせず帰んのは癪だ。代わりに土産を置いてってやる」
「土産?」
疑問に思ったアリスが小さくその単語を繰り返した直後。右の胸元に、ピリッとした痛みが走る。静電気でも起きたのかと考えた次の瞬間、今までに味わったことのない感覚に襲われた。
俗にいう「貧血」というやつだろうか。元いた世界でも貧血になったことがないので、そのたとえで良いのか正直よく分からなかった。一つ言えることは、唐突に首から上を重く感じて支えられなくなり、そればかりか強張っていたはずの肩の力も抜けていっている、ということ。
「あれ……?」
「アリスちゃん?」
隣にいたチェシャ猫が咄嗟にアリスの肩を支える。が、その時すでにアリスからは本来あるべき背中の筋力、膝の力、足首の力すらなくなっていた。
背後にいたアリスの異変を察知したランスロットは、ロビンに鋭い眼光を向ける。
「てめぇ一体……!」
「勇者が本当にジョンを手懐けてんなら、助かるかもな」
その言葉を最後に、ロビン・フッドは気配ごと姿を消してしまった。
「小娘、どーなってやがる」
「わか、ら、な……なんか、ちか、ら、が……」
「吹き矢か? 幽かだが、さっき風が」
「騎士サマ、こっから出るのが先決だろ? この扉の周りに別の魔法陣があるはずだけど、何か見えない? とりあえずこんな暗闇じゃ事態の把握もしづらいよ」
「つーかこの扉自体が魔法陣じゃねぇのか? ここに妙なモン埋め込まれてるしよ……」
ランスロットの面倒くさそうな語りは途中でチェシャ猫の耳に届かなくなった。同時に反応するチェシャ猫の耳。
「まったく……揃って手品みたいに消えるのやめて欲しいんだけどなぁ」
ぼやきながらも、チェシャ猫は情報を整理する。
消える直前に彼が言っていた「扉に埋め込まれている」という言葉――つまり、礼拝堂の床と同じように宝物庫の扉に「スイッチ」が隠されているのだ。ただし礼拝堂の時とは違い、ランスロットにそのまま見えていたならば、自分にも見えるだろう。
「これかな?」
少し見渡せばそれらしき宝石のスイッチを見つけることができた。試しにアリスの指を触れさせたところ、思った通り何処かにワープしたので、チェシャ猫もすぐに触れた。
そして……――
「おい! 小娘! 目ぇ開けろ!!」
元いた礼拝堂の真ん中で、脱力どころかもはや意識を失ったアリスと、柄にもなく必死に呼びかけるランスロットの姿を、目の当たりにした。




