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勇者アリスの異世界奮闘記  作者: 壱宮 なごみ
第1章:Road of the Drop
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向けられた背中(覚悟) 

「俺たちは奪われ過ぎている。だから取り返す権利がある。俺たちは武力で脅されている。だから武力で立ち向かう権利がある」


 彼の主張に異議を唱える者はいなかった。それはリトル・ジョンも例外ではなく、同い年の彼を「すごいヤツだ」と思っていた。ただ一つ不安があるとするならば……


「ロビン、本当に俺たちだけでやるの? 危ないんじゃないかな…」

「まーたそんな弱っちいこと言って……心配ねーよ! 俺様を誰だと思ってんだ」

「やっぱり大人にも手伝いに来てもらった方がいいと思うんだ、力もあるし」


 ゴスッ

「いてっ!」


 前触れなく降ってきたげんこつ。基本的に弱気なリトル・ジョンの言い分をロビン・フッドが一蹴(いっしゅう)するときは、いつもコレである。

 家が隣同士であるため表面上はいわゆる「幼馴染み」という間柄だったが、ふたを開ければ明らかな上下関係が構築されていた。ただしそれは「支配」の類ではなく、リトル・ジョンの中には紛れもないロビン・フッドへの「敬意」もしくは「憧れ」と呼ばれる感情があったのだ。


「バーカ。俺たちだから小回りがきくんだろ? お前は昔っからビビりすぎなんだよ」

「でもさ……」

「いーからキッチリ作戦通り動けよ。動きの詳細、お前にしか伝えてねーんだし。あーやべぇ、テンション上がってきた! ぜってーあの腐れ領主、目ん玉ひんむいて発狂するぜ!」


 実際、ペリノアと城の衛兵たちが攪乱(かくらん)作戦に引っかかった時は、リトル・ジョンも優越感で満たされた。そして、「奪われても取り返すことができる」という事実が、シャーウッドの村落全体の気運を高め、18歳以下の若者が次々と集まってきた。ロビン・フッドが結成した10人程度の「義賊団」は瞬く間にその3倍の人数となり、シャーウッドの支えとなっていったのである。

 リトル・ジョンは、信じていた。今は単なる盗賊扱いだけど、これはシャーウッドの「力」を示す機会になっているに違いない、と。自分たちが少し荒っぽい所業を我慢して続ければ、ペリノアもシャーウッドを認め、弾圧も終わる、と。万が一訴訟になったとしても、頭の切れるロビン・フッドがいれば大丈夫だ、と。


 ゆえに、信じられなかった。


「俺、やっぱ行かなきゃなんねーわ」


 嵐の近付く夜のことだった。普段より強い風に頭をもたげる木々。村民たちは雨漏りの対策を終えて眠りにつき、小動物たちも激しくなるであろう風雨に備えて出てこない……そんな、静かにざわつく森の中。分厚い雲がやって来たせいで月が見えない。それでもリトル・ジョンの瞳は、ロビン・フッドの表情を捉えた。相手にとっては大きな事態と知りながら、真剣に謝ることができずに軽くなってしまう、ロビン特有の「謝罪の笑顔」。


 いつだったか、ジョンの気に入っていたスベスベの小石を、「遠くまで行きそうなの持ってんじゃねーか!」と取り上げて、ロビンはそのまま川に向かって投げてしまった。見立て通り7回か8回ホビングして、小石は川に沈んだ。ショックで呆然と動けなくなったジョンを見て、ロビンは「悪ぃ……」と一言だけ返した。

 その時と同じような苦笑を、あの夜も見せていたように思う。


「行くって、何処に……? 俺たちは、シャーウッドはまだ……独立できてないんだよ?」

「……分かってる」

「分かってないよ、ロビンがいたからみんな立ち上がった。ロビンがいたからみんなでペリノアと戦い始めた。ロビンが……みんなのヒーローなんだ! ロビンがどっかに行っちゃったら……きっとみんな寂しがるし、困ることだってたくさん……」

「んじゃ、引き継いでくれよ」

「な、何言ってんだよ! 俺がそんなこと出来るワケないだろ!」

「心配ねーよ。お前、いつも俺の隣にいたじゃねーか」


 だから何だというのだ、リトル・ジョンには分からなかった。隣ではない。自分がいたのは、ずっとずっと、いつだって、「カッコいい幼馴染みの斜め後ろ」だったのに。


「冗談やめろよっ……ロビン、何で、」

「今のアイツを、一人にしたくねーんだ」


 引き留めようとするリトル・ジョンに、ロビン・フッドは隙をついて手刀を食らわす。薄れゆく意識の中、やっぱりロビンには敵わない、と、そう思った。



 ***



 解散後、自分の客室ベッドにうつ伏せで寝転がりながら襲撃日時一覧とにらめっこしていたアリス。その目が見開かれ、「あーーーーっ!」と叫ぶ声が客室階に響き渡るのと、ドラキュラ伯爵が眷属(けんぞく)の受信コウモリから「とある声」を受け取ったのは、まさにほぼ同時刻のことであった。


「アリス殿! 何かあったのか!?」

「ま、マーチさん! 私っ……分かった! 分かりました!! あ、待って。規則は分かったけど、次の日時は……あ、あれ? おかしい……えっと……」

「落ち着いてくれ、アリス殿!」


 がしっと両肩を掴まれて、アリスはようやくマーチ・ヘアの瞳を真直ぐ見る。


「この日付は、周期的なものではない、ということか?」

「あ、はいっ。私もそう思って数えたり、差の差を調べたりしてたんですけど、違ったんです。もっと単純な……これは、二乗です」

「二乗?」


 まともな応答をし始めたアリスの肩を放すマーチ・ヘア。アリスはメモを取り出して指差す。


「見てください。7月9日 午前4時。これって7×7=49ってことですよね? そう考えて他も調べたら、全部当てはまったんです!」

「確かに……気付いてみれば単純だ……」

「でもちょっと困ったことがあって……10×10の答え、100が示す日時が分からないんです。今までの規則から見れば午前1時に襲撃があるんだろうけど、日付がどうしても……」


 やっぱり違っているのかと自分の仮説を疑いながら、アリスは正解であって欲しいと祈っていた。3月9日から全てに当てはまる規則、しかも、(これまでのリトル・ジョンの話から想像するに)ろくな教育制度もないシャーウッドの若者たちが、合図や事前確認も行わず同時に動くには、小難しい数列などではなく「誰にでもすぐ通じる単純な規則」がもってこいのはずだ。

 と、その時だった。


「伏せろ!!」

「わっ……!」


 マーチ・ヘアの耳がピンと立って、同じタイミングでアリスは彼に飛びかかられる状態で押し倒される。一体何が、とアリスが質問する前に、「状況」が「答えて」くれた。

 突如として城壁側の窓が割れ、アリスの客室内にガラスが散乱する。もっともそれは、聴覚情報のみでアリスが感知できた範囲であり、実際はおびただしい量の矢が放たれ、窓ガラスがその衝撃に耐えられなくなったのであるが。

 アリスに覆いかぶさった状態で、彼女の頭部を守ろうと密着していたマーチ・ヘアは、「矢の雨」が一回きりだと分かるやいなや、すぐに起き上がる。


「怪我はないな」

「は、はい、多分……」

「すまない。頭を打っただろうか」

「だい、じょうぶ、です……。ビックリ、しただけで」


 熟れたトマトのように顔全体を赤くしながら目を逸らすアリスだが、マーチ・ヘアは気にせず手を引いて起き上がらせた。室内はひどい有様で、割られた窓ガラスは1面のみ。どうやらその窓に狙いを定めて、十数人が一斉に矢を放ったらしい。それは間違いなく、この部屋に勇者アリスがいることを知った上での攻撃……。

 起き上がらせたアリスに怪我がないことを再確認してから、マーチ・ヘアは割れた窓の桟に足をかける。


「僕は今の奴らを追う。君は先ほどの仮説を他の……」

「だ、ダメ!」


 咄嗟にかけられた制止に、驚いて振り向くマーチ・ヘア。赤くなった顔をそのままに、アリスは訴える。


「また一人で戦うなんて、ダメです! 許可できませんっ!」


 未だに心臓の音がうるさいのは、気のせいではないだろう。窓を割って入ってきた矢の雨から庇ってもらったとは言え、体勢だけ見れば完全に「押し倒されて抱きしめられた」のだから。

 日々の鍛錬のせいだろうか、彼の軍服には少し砂の匂いが混ざっていた。剣を握っているからだろうか、後頭部を包んでくれた掌は温かいが少し硬めだった。ウサギの耳が生えているとは言え、男の人……。肩幅の広さや、抱きしめる力の強さが、そう感じさせて、耐性のない密着をより緊張感の高いものに変えてしまった。

 まともに目を見て話せない。けれど、ここで一人向かわせてしまってはいけない。志高い軍司の彼は、いつだって自分の傷すら計算に入れながら、アリスに降りかかる危険を排除しようとしてしまう。


「マーチさんが無茶するの、止める人がいないと、ダメなんですっ……だ、だから、」

「一人でなど戦うつもりはない」

「えっ?」

「有事の際は、伯爵にサインを送ろう。僕は……可能な限り、君の心も守りたいと思っている」


 納得ができたかと聞かれれば、答えは「ノー」。しかしその瞬間のアリスはただ、強い眼差し(に加えて容赦なくときめかせてくる台詞)に圧倒されてしまった。


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