襲撃 ―正解発表―
ハッと気付いた時にはマーチ・ヘアの姿はなく、アリスの部屋には次なる来訪者が。
「これは酷いな……でも怪我はなさそうだね、何よりだ。立て続けですまないが、アリス嬢、こちらも緊急案件だ」
2羽のコウモリを連れた伯爵は、そのうち1羽をアリスの耳元へと促す。
―「……頼むっ……アイツに、ロビンに会わせてくれ!! アリス!! 今夜なんだ! 8日だ!! アリス! 諦めないって言うんなら、俺をっ……ここから出してくれええええ!!!」
「この声……ジョンさん!?」
「君の備えが功を奏したようだ。幽閉されている彼に日付の感覚があったことは意外だったが……」
「私が教えたんです。3日目ぐらいだったでしょうか、お喋りしてる時に何気なく聞かれて」
「そうか……ともかく、先程から叫び続けていてね。何がジョン君をそうさせているのか定かではないが、どうやら君の部屋の惨状から見て、彼の主張する今夜という情報は確かなようだ」
「…………それじゃあ、」
アリスの背に、冷たい感覚が走る。慌てて向けた視線の先、部屋の置き時計が指し示す時刻は……午前0時54分。
「来る……!」
唐突に思い立ったように部屋から飛び出し、向かい側にある客室の扉を叩く。
「チェシャ! ねぇチェシャ起きてる!? 寝てても今すぐ起きて!!」
「アリス嬢、『来る』というのは……」
「時間がないんです! 盗賊たちが宝物庫に着く時間は決まっていて……あっ! 伯爵、マーチさんの居場所わかりますか?」
「彼には送信用のコウモリを一つお供させているよ。今は……東側の城壁付近かな? あんな場所で一体……周りに十数名いるようだが」
そこでようやく、チェシャ猫の客室の扉が開く。
「ふあーあ……何だかやたら俺の大事な睡眠を浅くさせたがってるような……」
「チェシャ! お願い! 私を今すぐ西棟に、魔力の反応が強かった場所に連れてって!」
目をこすりながらの嫌味を遮って訴えたアリスに、チェシャ猫はゆるりと口角を上げた。
「いいよ、掴まって」
「えっ、わあっ」
ひょいっとアリスを抱きかかえ、走り出すチェシャ猫。驚きながらも咄嗟にその服を掴んだアリスは、残された伯爵に向かって言った。
「あのっ、ランスロットにも伝えてください! もうすぐ来るから警戒してって……」
「任せてくれ」
にこやかに返事をした伯爵は、さて、と少し長く息を吸う。そして、常人の耳には「音」としてキャッチされない周波数で一声啼き、その反響具合からランスロットの位置を割り出した。
「南棟……?」
何故そんな場所にいるのかと疑問に思いながら、眷属のコウモリ2匹を向かわせた。そして自分は、「多勢に無勢」状態にあるマーチ・ヘアを援護すべく、羽根を広げて割れた窓から飛び立った。
***
「俺を叩き起こしたってことは、規則が解明できたワケだよね?」
「うん。でもさっきジョンさんが教えてくれて確信できたの。10×10=100の意味、『0』が二つで『8』ってことだったみたい」
「なるほど、学がなくても数えれば分かる法則か。けど、向かってその先どうするんだい? これまで何度か君の無計画性は目の当たりにしてるけど、さすがに今回は導入部分だけでもシナリオ練っておいて欲しいところだよ」
「分かってる! 多分、うまくいく」
話すうちにチェシャ猫は中庭の木々を伝って横切り、西棟へと到達した。
使用人たちは皆、業務を終えて東棟に戻っているようだ。薄暗い廊下と階段を抜け、アリスとチェシャ猫は2階の礼拝堂に足を踏み入れる。床一面が大理石なのか、窓から差し込む月明かりを反射し、青白い光が神秘的な空間を演出していた。
「宝物庫があるとしたらあの辺りだよ」
チェシャ猫が指差す先には、パイプオルガン。その演奏者席の下には茶色の絨毯が敷かれている。
「ちょうどあの真下に、天井が低くなっている食糧庫があるからねぇ。ただ、普通に近付いて探したところで、張ってある魔法陣が何も見つけさせてくれない」
「何もないって錯覚させるってこと?」
「さぁ? 俺は魔力の有無を感知できるだけであって、効果を判別するのは専門外だからねぇ。可能性は様々、アリスちゃんの言うように幻覚を見せているのか、誤認を招いているのか、あるいは意識から外させているのか……正体を知らない限り構造も見えないってヤツさ」
「でも時間がない。とにかく探してみる!」
パイプオルガンへと駆け寄り、アリスは早速椅子をどかして、絨毯をめくった。
「あれ?」
めくってすぐに気付いた、絨毯の下に光る金色の丸印。細かい模様が刻まれているようで、目を凝らしても月明かりだけではきちんと見えない。
「どしたんだい? アリスちゃん」
「チェシャ、これ見て。何だろう……ボタンかな?」
「どれ?」
後ろから覗き込むチェシャ猫にも見えるように、アリスはしゃがみこんだまま右に半歩移動し、その印を指差した。というより、触れた。
「ほら、ここにある金の……」
次の瞬間、アリスの視界は闇に覆われた。
「……え?」
困惑したのはチェシャ猫も同様だった。たった今、彼の目の前から、アリスの姿は跡形もなく消えてしまったのである。何かを見つけて話そうとしていたにも関わらず、だ。おまけに、幽かだが一瞬だけ魔力の反応があった。何らかの仕掛けが発動したと思われる。
「一体どんなマジックショーしくれたんだ……アリスちゃん? 魔法使えるようになったのかい?」
アリスは絨毯の下に見つけたものを自分にも見せようとしていた。腕を伸ばしていたから少し深めにめくった先で「それ」を見つけたのだろう。しかし、確認したところで絨毯の下には何もない。アリスが姿を消す直前に拾い上げ、一緒に消えてしまったという可能性もある。
そこまで考えて、チェシャ猫は自説に論駁した。拾える物ならしゃがんだままではなく立ち上がって尋ねるはずだ。絨毯の下では影が差して見えにくいからである。とすれば、まだ「それ」は床にあるのだろうが……
光沢ある大理石の床だ。たとえ細かな汚れだとしても見落すことはまずないだろうし、姿を消す前にアリスは「金の」と言っていた。目立つに決まっている。そもそもアリスが見つけられたのに自分に見つけられないことなど……――
「……『涙』だ」
チェシャ猫が出した結論は、「アリスに見えて自分には見えないものがこの場に在る」というものだった。すなわち、この辺りに仕掛けられた魔法陣の作用がアリスにだけは及ばなかったのである。アリスの持つ魔法石・マレフィセントの涙、その「現状維持」の効果によって。
そしてこの推論が概ね合っているのならば、アリスは先ほどワープ系の魔法を発動させる「金のスイッチ」に触れ、隠し空間へと飛ばされたことになる。
誰かを呼びに行くか、それとも……しばし思案したチェシャ猫は、もう一度パイプオルガン下の絨毯をめくった。
***
突然辺りが真っ暗になり、パイプオルガンどころかチェシャ猫の姿まで見えなくなってしまったことで、アリスは大体の状況を察した。その上で、やってしまった……と後悔する。
「チェシャ……いる?」
応答どころか息遣いすら聞こえない。つまりあの金色の丸印がスイッチだったということであり、アリスのみがワープさせられたのであろう。だがこうも深い暗闇では、宝物があるのかすら分からない。そして仮に宝物庫に入ることができていたとして、アリス単独で果たして守備らしい守備になるのか……それについては最早議論の余地なく「ならない」ことが分かり切っていた。
とにかくここが宝物庫であることをどうにかして確認しなければ。そう考えて辺りを見回したアリスは、背後の風景に違和感を覚え、目を凝らし……息を呑んだ。
「扉……?」
闇の中でも僅かな光沢を感じさせる、冷やかで重厚な金属の扉だった。(はっきりとは見えないので推測でしかないが)ペンドラゴン王家のとも、円卓の騎士のとも違う、リスティス特有の紋章が彫られている。手探りで取っ手の位置を確認しようとするが、扉の大きさすら見当がつかない。
と、その時だった。
「へぇ、まさか先客がいるとはな」
驚いて振り向こうとしたが、出来なかった。動きを止めざるを得なかった。
「あの腐れ領主も少しはまともな守備勢を用意するようになったじゃねぇか。それとも、むしろお前に称賛を浴びせるべきか? 勇者アリス」
直接見なくても分かる、分かりたくないけれど分かってしまう。背中にピタリと当てられているのは、鋭利な刃物……――。
「牽制は受けなかったか? 命取るぐらいに狙えって指示しといたんだが」
「……あの矢は、貴方だったのね」
「俺っつーより、シャーウッドの義勇軍だ。アイツら、ジョンを助けに行くって聞かなくてよ……けど無闇に城ん中に突っ込ませるワケにいかねぇし、あわよくば勇者を討てれば、ぐらいの配置だ」
まるでトランプゲームの戦略を語るような軽い口調で語る彼。その正体は、発言内容から特定することができた。しかし同時に、アリスの脳内で一つの疑問が生じる。
「ロビン・フッド、貴方は……モルガンに操られてるんじゃないの?」




