渡された(数学的)難題
用意された問いの概要は、以下の通りである。
【問:以下の日時を導き出す規則性を見つけ、次に導き出される日時を求めよ】
・3月9日 午前0時
・4月6日 午前1時
・5月5日 午前2時
・6月6日 午前3時
・7月9日 午前4時
・8月4日 午前6時
・9月1日 午前8時
アリスがトー卿に渡された便箋を広げた瞬間、場にいた「御一行」のメンバーはそれぞれに驚きを顕わにした。特に、ペリノア王の四男・パーシヴァル卿に関するいざこざに関わっているランスロットは、表情を硬直させるほどの驚愕を見せた。彼にしてみれば、それほど信じがたかったのだろう。リスティスの人間が協力的な動きをしてくれるということ自体が。
ただ、アリス達に課せられたミッションはその先――この日時から規則性を見出し、次の盗難の対策を練るというところにある。当然と言えば当然なのだが、パッと見、現段階で思いつく気配はない。どうやら今晩はこの数字の羅列とにらめっこで完徹する運命が確定しているようだ。
ともあれ、この日の収穫はもう一つあった。盗賊が目指すであろう地点の目星がついたのである。
それは、アリスがアグロヴァル卿と一悶着起こした後のこと。
アリスを東棟に連れ戻した後、チェシャ猫は一眠りしてから再び城内探索に出た。そしてちょうど西棟1階にある厨房に差し掛かった時、すぐ真上から大きな魔力の発動を察知したのである。西棟2階は礼拝堂が大部分を占めているため、もしや巨大な魔法陣などが敷かれているのではないか……そう考えたチェシャ猫は、階段を駆け上った先で、同じく城内探索をしていた伯爵に遭遇した。
「つまりは最初から俺と伯爵サマが揃って探索してれば一発で見つけられたはずの、何てことない子供騙しだったのさ。伯爵サマは俺たちと違って音波で物体の有無を知覚できる。けど金銀財宝がそう簡単に見つけられちゃ間抜けもいいとこだよねぇ。だから魔法陣が敷かれた。あくまで、隠し空間を『知覚するための干渉』に対してのみ発動する魔法陣がね」
「そもそも西棟の厨房および食糧庫に我々客人はあまり入らないだろう? だが昨日覗かせてもらった時、ほんの僅かだが天井の高さに違和感を覚えた。そこで反響音で西棟の構造を調べようと試みたところ、魔法陣が発動し、チェシャ猫君のレーダーに引っかかった、というわけだ」
「で、夕食までに伯爵サマと一緒に他もあたってみたんだけど、あれ以上のヒットは無かったからねぇ。現時点じゃ決定的な根拠はないけど、西棟にある隠し空間に金品類がごっそりしまいこんであると見てまず間違いなさそうだよ。ただし、問題はまだある」
「侵入経路だな」
「正解」
顎に手を当てて考えながら話を聞いていたマーチ・ヘアの指摘は正しく、アリスも納得した。目的地は判明したが、魔法陣のおかげで入ることができない。盗賊はどうやって魔法陣に弾かれることなく侵入しているのか……それを突き止めなければ、侵入という行為自体を未然に防ぐことは不可能である。ペリノア王やその息子たちに尋ねるのは時間の無駄、かと言って伯爵のように西棟の構造を調べようとすれば魔法陣が発動し「誤認」へと誘導されてしまう。チェシャ猫のレーダーは魔力の発動を察知することはできても、「マレフィセントの涙」のように無効化はできない。すなわち、西棟の実際の内部構造を把握するには至らないのだ。
「だったら張り込んどけばいーだろ。つーかソレが一番手っ取り早いんじゃねぇのか?」
「さすが騎士サマ、いっそ清々しいほどの面倒くさがりよう」
「僕らは盗賊の侵入を未然に防がなければならない。賭けに走るのは危険だ。ランス殿の言う策では、城に被害が出る可能性が残る」
「固ぇなぁ……剣技と同じかよ。伯爵やお前の耳があれば問題ねぇだろーが」
「後手に回るのは可能な限り避けたいというだけだ。それに今、剣のことは関係ない」
「あ、あの、ケンカは……」
「ランスとマーチ・ヘア君、そこまでにしてくれないかい? ここの領主の無理難題に困らされているアリス嬢に追加で悩みの種を与えるのは、我々の本来の役目ではないだろう」
伯爵の制止を聞き、「すまない」と頭を下げるマーチ・ヘア。対してランスロットは「けっ」と頬杖をついてそっぽを向く。アリスは伯爵に小さく礼を言い、自分の考えを口にした。
「西棟が怪しいってしぼれたことは大きいと思います。チェシャ、伯爵、ありがとうございます。だから今度は、日付の目星をつけなくちゃいけないんじゃないでしょうか。ランスロットの言う通り張り込んで侵入経路を見つけるのもアリかもだけど、これから毎日、24時間ずっとっていうのは交代でもキツいし……」
「へぇ、テンパり易い上に要領悪いアリスちゃんにしては珍しく、理論的で無駄の少ない意見じゃないか。俺はどちらでも構わないよ。未知なる『何か』を探すことには変わりないからねぇ」
「悪ぃが、学者っぽく頭使うのは性に合わねぇ。俺はパスしとくぜ」
「えっ、ちょっとランスロット……!」
「うるせぇな、西棟洗い直しに行くだけだ」
閉められたドアを見つめたまま呆然とするアリスに、伯爵が言う。
「問題ないさ。ここはランスの部屋、このまま話し合いに使っていてもいいという意味だよ」
「騎士サマも随分丸くなってくれたじゃないか。良かったね、アリスちゃん」
チェシャ猫の言うようにランスロットが打ち解けてきているのかはよく分からないが、とにかくアリスは一刻も早い規則性の解明が必要だと感じていた。何故ならもう10月に入ってしまっている。これまでと同じく各月の上旬に盗難が決行されるならば、時間がない。焦りを落ち着けようと、窓の外の夜空を見上げるアリス。だが期待した光景はなく、むしろ灰色の薄雲が星々を覆い隠すさまに、余計に不安を煽られていく気がした。
***
「……ってる……分かってんだよ、そんなこと……」
長い地下通路の先、鉄格子の隅につるされたランプの灯だけが視界を助ける牢の闇の中。リトル・ジョンはその灯さえ視界に入れまいとするごとく、蹲っていた。体育座りと同じく膝を両腕で囲い込み、頭を伏せ、目を固く閉じる。彼の脳内では、先ほどアリスが一方的に放った言葉たちが蘇ってはかき消され、また蘇ってはかき消され、が繰り返されていた。
分かってはいたのだ。盗みをするということは、いずれは償わなければならない罪を犯すということ。同情を買うような理由があったところで、その罪は消えないということ……――。
リトル・ジョンにとって、ロビン・フッドの言うことはいつだって「真っ当」だった。そんな彼が「義賊」を結成したのが僅か8歳のときであった。ペリノア王やその息子が率いる軍の度重なる暴力的な徴税行為に、幼い頃から反抗心を燻らせていたのだろう。「いつかぶっ飛ばす」と常々リトル・ジョンや年の近い仲間に話していた。
共同体として母数の少ない獣人村落のシャーウッドでは、物心つく頃に狩猟と武術を教えられ始め、10歳になれば一人前の大人として扱われる。だがロビン・フッドは「一人前」になるよりも前に、痺れを切らして立ち上がった。彼の身体能力や判断力が村の同年代の中でもずば抜けていたことから、皆が彼のもとに集った。才能と熱意をもって、ロビン・フッドは「義賊長」となったのである。
解いてみてください




