郷愁 ―アヴァロンより―
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茨に覆われたアヴァロンの城。その中庭に植えられた一本の高い木の上。キツネの耳と尻尾を持つ青年が一人、枝に腰かけ、オカリナを吹いていた。
灰色の雲と同調するノスタルジックな旋律が、少し強い風にさらわれていく。乱れる音の響きを気にして息を吹き込むことをためらう青年――ロビン・フッドに、木の下から声がかかった。
「シャーウッドには届かないんじゃねーの?」
見下ろした先には、軽く炙ってある骨付き肉に食欲をぶつけるごとく食らいつく人物――正確には、オオカミの耳と尻尾、牙と爪を生やした青年――の姿があった。
近くの森で狩ってきたのであろう。かすかに漂う香りから、シカの肉だと察する。城でも食事は出されているというのに……決して口外しないが、常日頃からロビンは彼の旺盛な食欲に呆れていた。
「うおっ、うめぇっ! やーっぱ自分で獲ったメシは違ぇぜ!」
お世辞にも上品とは言えない食事姿には目もくれず、風が少し弱まったのを感じ取り、オカリナの旋律を再開させるロビン。
シャーウッドには届かない……知っていた。自分にとって最も大切だと思っていた故郷と、そこにいる仲間たち……今もまだ、ペリノアに弾圧されていると聞く。そして先日、かつて自分を信じ、自分と共に「義賊団」を率いてくれた昔馴染みが自ら捕虜になったことも、風の噂で伝わってきた。
「あの弱虫がな……」
ロビンの記憶の中で、昔馴染みのリトル・ジョンは、ちまちまと自分の後ろをついてくる、弱虫で臆病者で心配性の弟分だった。それは危ない、あっちはダメだ、こんなことしたら怒られるよ、彼の口から吐かれるのはそんな言葉ばかりで、その全てに対してロビンは笑顔で言い続けた。心配ねーよ、と。
そしてそれは……訣別の日も、また然りだった。
今もはっきりと覚えている。瞼を閉じればビジョンが再現される。
ジョンは最後の最後まで、シャーウッドから離れないでくれと懇願していた。義賊団の副リーダーを担ってからは少しばかり影をひそめるようになっていた彼の弱虫部分が、めきめきとその表面に復活していくのが分かった。
ただしその退化と取れる変化も、ロビンに決断を覆させるには至らず……結果、今自分はこうして木の上で気儘にオカリナなど吹いている。嵐の前の……否、戦争の前の、静けさを彩るがごとく。
「そーいやモルガン様、いつんなったら『涙』ゲットすんのかねー……ロビン、お前知ってっか? オレなーんも知らされてねぇんだけど? ゲットしてからキャメロット落とすのか、キャメロット落としてからぶん取るのか」
「出来れば前者。けど多分……無理だろうな」
「無理? お前がモルガン様に関して『無理』とか言うの珍しくね?」
「モルガンの魔力とあの魔法石の相性が悪いらしい。ワープやエクスチェンジが効かねぇそうだ」
「へぇ~、相性なんてあんのか。めんどくせぇな」
自分から振っておきながら、彼は再びシカ肉にがっつき始める。音から察するに、骨までバリボリと噛み砕いて呑みこんでいるようだ。ロビンにも、シャーウッドにいた頃の自分は世間一般視点で言えば「乱暴者・荒くれ者」の部類に入っていたという自覚はある。しかし木の下で食事を続ける彼とは、どうにも同調しづらかった。野蛮だ――という牽制にも似た感情が、ロビンに一線を引かせていた。
「お前も魔力の加護受けてんだろ、サーヴ。魔力系統くらい知っとけ」
「は~ぁ、まぁた活字の話かよ。後でハッターに聞いとくわ」
最後の骨をガリバリボリバリバキンと噛み砕き、ラム酒と合わせて呑みこみ、大満足とでも言うようにバンッと腹を叩くサーヴ。中庭からハッターのためにと用意された研究室へと足を進めるその背を見送りつつ、ロビンは不思議なものだと思った。
マッド・ハッターは洗脳によってアヴァロンに来る以前より、文献あさりと仮説構築および実験を趣味とする研究者気質(という名の変人)だ。その彼に「魔力」について尋ねるとなれば、軽く二時間コースになるのは避けられない。常人ならば長時間の講義受講は睡眠学習に変わってしまいそうだが……
「俺の知ったことじゃねぇか」
そう、今の自分が気にかけるべきは近いうちに始まる戦争のことと……長く置きざりにしてしまったシャーウッド義賊団の行く末――……
―「気がかりならば、行け」
サーヴを見送ったロビンが再びオカリナに息を吹き込もうとした刹那、その脳内に響く声があった。聞き違えるはずのない、モルガンの声である。
―「もうじきなのだろう」
彼女自身は現在城内にいるはずだが、ロビンは今更驚くこともなく独り言のように返した。
「今、お前の傍を離れるワケにいかねぇだろ」
強い魔力を持つモルガンは、周囲にいる人物の精神状態を知覚することができる。それはテレパシーに近い力であり、彼女が人心掌握に長ける一因でもあった。
ただし、常日頃から周りの考えている内容を言語として察知しているのではなく、普段感じ取っているのはせいぜい「プラス・マイナスどちらの状態であるか」ということ。そして、こうして「対話」をするためには特定の人物に意識を向けなければならない……。
以前、ロビンはモルガンにそう教えてもらった。
―「私のことはいい、構うな。あの日もそう言ったはずだ。お前を心の底から必要としているのは、あの村落の者たちだと」
「けど俺は、お前に必要とされたい」
―「世迷言を。その状態で、私の役に立てるのか?」
モルガンには、今のロビンが抱く「不安定さ」が見えているようだった。オカリナの輪郭を指で撫でながら、ふっと笑う。
「何だよモルガン、今日は随分と手厳しいじゃねーか。いつもはあんなに無防備で優しいクセに」
―「お前の僅かな『迷い』が引っかかって鬱陶しい」
一切の遠慮なく突き付けられる言葉に、ロビンは口を噤んだ。彼女に隠そうとしても、隠そうとするそのこと自体が、全く意味のないことだと思い知らされる。
「……悪ぃ、様子だけ見てくる」
直後、ロビンは木から飛び降り、指笛で馬を呼んだ。中庭の木陰で休んでいた馬が、ピクッと反応を示してロビンの元へ駆けつける。
腰に短剣、背に弓矢を確認し馬に跨ったロビンは、アヴァロンとシャーウッド(リスティス)の国境方面へと手綱を引いた。
義賊団創設者である自分がアヴァロンへと抜けた後、引っ張っていたのは副リーダーを務めていたリトル・ジョンだったに違いない。だがその彼がペリノアに捕まったとなれば、ここぞとばかりにその圧政に拍車がかかるのは目に見えている。
だとすれば、抑止力になれるのは自分しかいない……手綱を握る指に、自然と力がこもった。
***
リトル・ジョンの言動に変化が見られたのは、アリスが食事を運び始めて6回目……すなわち2度目の昼食時だった。
「そろそろ教えてよ、あんたが俺をここから出すための条件ってヤツ」
アリスが目を丸くしたのが見えたのか、リトル・ジョンは「まさかハッタリだった? だとしても別に驚かないけど」と鼻で笑う。
まだ完全に打ち解けたわけではない。ペリノア王から出された条件を正直に話したとして、襲撃の周期や侵入経路に関する情報を、開示してくれるのだろうか。その迷いが、アリスの言葉を詰まらせていた。




