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勇者アリスの異世界奮闘記  作者: 壱宮 なごみ
第1章:Road of the Drop
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川辺語り ―追憶1―

  ***


「けどいいのかねぇ、騎士サマには一応国王サマ直々の『ご命令』があるのにさ」

「命令?」


 早歩きをキープするアリスの速度についていきながら、チラリと後ろのランスロットを見るチェシャ猫。ランスロットの同行について特に諸注意など聞かされていなかったアリスは、即座に聞き返す。


「アリスちゃん、攻撃の選択肢どころか敵に遭遇した時に逃げる手段も持ち合わせてないだろ? ってことで、ユフィが用意された、意味わかるかい?」

「……いざという時は、乗って逃げれるように?」

「正解」

「だったら尚更(なおさら)もう平気。乗り方と手綱の引き方、何となく分かったし」

「あっはは! 乗り方と進み方把握しただけで満足して降り方マスターできてないんじゃアレだね、『逃げたはいいけどゴール地点で落馬して頭打ちました』ってオチだ」

「そ、そんなギャグ漫画みたいにならないよ! てゆーかその……1人で逃げるとか、しない」


 歩く速さは変わらないものの、目線を落とすアリス。単独で撤退をせざるを得ない事態について考えているのだろう、とチェシャ猫は察する。


「面白いくらい分かりやすいよね、アリスちゃんって」

「何よ急に」

「ああ、気にすることないよ」


 彼の態度に納得できたワケではないが、問いただしても時間の無駄だとアリスは判断した。


 それにしても、暑い。今までユフィの背中に乗って進んでいたおかげか、(たとえランスロットが後ろにいて緊張していたのだとしても、)アリスの身体が消費するエネルギーはだいぶ抑えられていたんだろう。その証拠に、自分で歩き始めた途端、この疲労感。

 そう言えば、王宮を出てから休憩を取っていなかった。ユフィに乗っていたアリスとランスロットはともかく、数時間歩き続けているチェシャ猫たちにはそろそろ必要なのではないか。というより、ガヴェインに「ユフィにも様子見ながら水飲ませてやってくれ」と言われていたのだった。


「あの、マーチさん、この辺りに綺麗な水……川とか、井戸とかって」

「探してみよう」


 振り向いたアリスに一言答え、マーチ・ヘアは耳をピンと立てる。


「川がある。蛇行(だこう)した流れのようだが……あの丘を越えたあたりでこの道に最も接近する」

「丘一つですね。ありがとうございます」


 そのくらいだったら休みなく歩けそうだ、とアリスは気合いを入れ直した。


 しばらくすると、前方にキラキラとした水の流れが見えた。休憩が取れる喜びも加わって、アリスは思わず駆け出す。


「すごい! マーチさんの言った通り!」

「アリスちゃん走ると転ぶよー」

「大丈夫!」


 山奥の清流をそのまま持ってきたような、透き通った水。その川のほとりで一行は休憩を取ることにした。アリスはぐーっと背伸びをしてから、マーチ・ヘアに尋ねる。


「マーチさん並の聴覚だと、近くの音が大音量になったりしないんですか?」

「僕の場合、音をキャッチする範囲を意識的に調整している。普段の聴力は人と大差ない」

「じゃあ、遠くの音を聞こうとしている時は、近くの音で鼓膜破れそうになったり……?」

「聞こうとする音以外はなるべく意識から外すんだ。(いささ)か邪魔に思うことはあるが」

「なるほど、高い集中力が必要なんですね」

「鍛錬を重ねれば造作もない」


 となると、伯爵も同じだろうか。後からやって来た伯爵とユフィ、ランスロットの方を見ながら、先ほどの会話を思い出す。山賊の姿が見えていない状況で、伯爵は相手の体積やパワーについて言及していた。ランスロットも、伯爵の「推定」はピッタリだったと言っていたから、その正確さは間違いない。

 どうして見ていないのに把握できたのだろう、と思いを巡らせているアリスに、その視線を辿ったチェシャ猫が答えた。


「伯爵サマの場合は違うと思うよ」

「えっ?」

「ヴァンパイアの眷属(けんぞく)にコウモリがいるだろ? 恐らく原理はそれと同じ、すなわち『反響音の解析』さ」

「反響音の解析……音を自分で出して調べる、ってこと?」

「あれ? アリスちゃんにしては珍しく理解が早いじゃないか。まぁそうだね、ただし出す音は俺たちには聞こえない超音波だろうけど」


 当然のように付けられた嫌味が気にならなかったワケではないが、流しておく。ツッコミを入れていてはキリがないことは分かっているのだ。

 何にせよ、疑問が解消されスッキリしたアリスは、再び背伸びをしてポシェットの中からベーグルを取り出した。どうせ休憩するなら軽食を取ろうと思ったのである。が、ここで面倒な事態に気付く。


「アリス殿? 顔色が優れないようだが」

「えっと……はい、大丈夫です。私ちょっと……水筒取ってきます」


 顔色も悪くなるはずだ。なぜって、アリスの水筒があるのはユフィに積まれている荷の中。つまり……否が応でも、今ユフィに水を飲ませながらブラッシングをしているランスロットの方へ行かなくてはいけない。若干どころか、通知表を貰いに行くレベルの憂鬱をぶら下げながら、チェシャ猫の「がんばれー」という口先だけなのが丸わかりの応援を背に、アリスは歩みを進めた。

 川沿いの平地。明るめのブラウン(キャメル色とでも言えばいいのだろうか)の毛を、気持ちよさそうに()かれているユフィ。その光景を見ている分には、彼はとても野蛮に剣を振るう人間には見えない。


「積み荷ならそっちだ」

「……どうも」


 ここまで気まずいのは十中八九、あの山賊イベント(から始まった喧嘩)のせいだ。アリス自身が、ランスロットを拒絶してしまったせいだ……痛いほど分かっていた。ブラッシングをする際に邪魔だったのであろう、下ろされていた積み荷から水筒を取り出して、握りしめる。

 後悔してるのは、爆発した感情のままに突き放してしまったこと。ランスロットの言い分を全く聞かなかったこと。「騎士」などという職種に出会ったことがないから、その信念だの理想だの分かるはずもない。分かるはずもない、の、だが……


「あの、さっき、あの男の子まで斬りそうに見えたんだけど……」

「あ? あたりめーだろ。賊を片づけて何が悪ぃ」

「でも、あの子は多分、大事なお兄さんを斬られたから……」

「なら情けで斬られてやるべきだったか? それともお前を差し出せば良かったかよ」

「そ、そんなことは……」

「さすが、お気楽平和ボケ集団のリーダー様は考えることが違ぇなぁ」

「気楽じゃない」


 強く言い返して、再び「やってしまった」と後悔する。違う、口喧嘩なんてもうしたくない。けれどあまりにも彼が自分たちを見下してくるせいで、訂正をかけたくなってしまうのも事実だった。大きく息を吐いてから、アリスはランスロットに歩み寄る。


「私たちはこれでも、王宮でたくさん悩んでここにいる。考えなしの能天気みたいに言わないで」

「けど結局腕の立つ人間侍らせてんじゃねぇか。つまりは邪魔する奴を潰してく算段だろ」

「応戦はするけど、撃墜はしないって決めたの」

「はっ、今から死んだ時の言い訳かよ」


 ユフィのブラッシングを終えて、川辺に胡坐(あぐら)をかくランスロット。アリスの主張を鼻で笑いながら、その視線は遠くの緑に向く。


「ちょうどいい、話してやる。俺があの女に何を吹き込まれ、どう動かされたか」


 水筒を握りしめたまま斜め後ろに立っていたアリスは、そのまま腰をおろす。川辺に転がる石を(もてあそ)びながら、ランスロットは語り出した。彼がアヴァロン側の人間として、何をしてきたか。



  ***



 アヴァロンが建国されたのは7年前だが、本格的に近隣諸国を制圧し始めたのは4年前だった。その動きを受けてキャメロットの脅威になり得ると判断したアーサー王は、円卓の騎士から2名――円卓の騎士の中でも凄腕と称されるランスロットとパーシヴァル卿――を偵察に(つか)わす。


 しかし結論から言えば、その偵察は完遂されなかった。モルガンが拠点としている茨の城へ近づくにつれ、2人の間にいさかいが生じたのだ。

 振り返ってみれば、アヴァロンの敷地内に潜入してから、魔術による催眠が徐々に2人の精神へ影響を及ぼしていたのだと推測できる。が、当時のランスロットにはそんな推測を立てることもできず、ただパーシヴァルがいつモルガンに与するのか、その尻尾を掴もうと常に疑念を向けるようになっていた。そして、互いへの疑念が膨れ上がった頃にはもう、2人の精神はそれぞれ、モルガンの魔術にすっかり毒されていたのである。

 

「俺の頭ん中に映されたのは、パーシヴァルの裏切りが発端(ほったん)でアーサーが討たれ、キャメロットが滅んでく未来の一部始終だった。恐らく向こうも似たようなビジョンを見せられてたんだろうぜ。俺たちは本気で斬り合った。今でも感触が残ってる。俺は、アイツの隙をついて腹のど真ん中に……刺した」


 ランスロットが投げた小石が、3回跳ねてから川の中に消える。息を呑むことすらできず、アリスは水筒を握り直した。

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