喧嘩(山賊イベント)勃発
そのうちに見えてきたのは、15人程の集まり。どっからどう見ても「ガラ悪いぞ!」もしくは「俺たちに楯突くと怪我すんぜ!」と主張してる雰囲気の連中だった。
やはり積極的に絡みに行くべきではない、明らかにそうだ。今からでも引き返せないかと考えるが、アリスの手は手綱と共にランスロットがしっかり握っていて動かない。
「伯爵のヤツ、推定とか言ってたがピッタリじゃねーか。なぁ、勇者さんよ」
「そ、そんなこと言ってる場合じゃ、」
「あ? 何だてめぇら」
山賊に声をかけられ、このイベントはもう回避不可能になってしまったとアリスは悟る。
「どこのどいつだか知らねぇが、通りたければ大人しくその武器と荷物と馬、ついでに女も置いてってもらおうか」
どうしてかの有名な「円卓の騎士随一の剣士」を知らないのだろう。他の世界で生きてきたアリスでさえ、名前ぐらいは知っているというのに。曲がりなりにもキャメロット国民であるならば、というよりキャメロットで山賊をやるならば、敵対するであろう円卓の騎士の顔ぐらい調べておくべきではないのか。
と、アリスが妙に冷静になったところで、ランスロットは言う。
「こんな貧相な女、もらうだけ損だぜ。お前ら趣味悪ぃな」
またとんでもなく失礼なことをサラリと基礎知識のように口にしているが、この際もうどうでもいい。無事に山賊イベントが終わってくれることを祈るばかりなのだから。
「どうやら痛い目に遭いたいようだなぁ!」
「それはこっちの台詞だ、脳筋」
「んだとぉ!?」
わざわざ相手の怒りのボルテージを上げにかからなくてもいいのに……叶うならば他人のふりをしたいと願うアリスには、溜め息をつく暇も与えられなかった。山賊の(見た目からして首領と思われる)大男が、斧を持って馬に跨りこちらに突っ込んでくる。どうやって回避するのか、ひょっとしたら自分も一緒に斬られてしまうのではないか……焦燥に駆られるアリスの耳に、ランスロットの呟きが聞こえた。
「良かったぜ、ガヴェインほどじゃなくてよ」
「え…?」
「すれ違いざまに片付く」
相手の馬の足音が近づき、アリスは咄嗟に目を瞑って可能な限り伏せた。頭上から振ってくる金属がぶつかった音と、人体が傷つけられる「痛そうな」音。続いて聞こえてきたのは……
「あ、アニキーーーっ!!」
幼い少年の悲痛な叫びだった。驚いて伏せていた体勢を元に戻したアリスの視界に、涙いっぱいに「アニキ、アニキ」と駆け寄っていく子供の姿。その走っていく先を見れば、血を滴らせながら馬に凭れる大男。数秒前の勢いの良さが幻だったかのような、細い呼吸……かろうじて生きているようだが。
「趣味悪ぃ上に腕も悪ぃな」
「な……何してるんですか!!」
「は? 馬走らせて斬りかかってきた賊を返り討ちにした、そんだけだ。頭は片付いた、行くぜ」
「ま、待ちやがれ!!」
案の定というか予想の範囲内というべきか、そのまま通行許可が下りるわけもなく、残りの山賊がユフィに乗ったアリスとランスロットを囲む。「しつけぇ奴らだ」と面倒くさそうに頭を掻くランスロットに対し、アリスの手は震えた。
先ほど斬られた首領に駆け寄っていた少年も、哀しみと憎しみに取り憑かれたように短剣を両手で握り、こちらを睨んでいる。斬られた頭領の弟なのだろうか。あんなに小さい子供なのに……アリスは不安いっぱいにランスロットを見上げた。だが彼はちっとも動じず、かったるそうに言う。
「斬られてぇってことでいーんだな?」
「なぶり殺してやれぇーっ!!」
山賊グルーブのサブリーダー(と思われる男)が狂ったように叫び、一斉に彼らは多様な武器を振り上げて襲いかかってきた。アリスの瞳にスローモーションで映る、ランスロットの剣の動き。
このままじゃ全員、あの小さい少年も斬られてしまう。円卓の騎士のトップクラスには、きっと「多勢に無勢」理論は通用しない。大体首領が一撃でやられたというのに、それでも挑むなんて山賊側も無謀すぎる。こんな無駄な争い、防がなくては……でもどうやって?
「やめてっ……」
様々考えを巡らせたものの答えを出せず、ただそう口走ったアリスの視界に、それまでいなかったメンバーが現れていた。そして見渡せばいきり立っていた山賊は皆、気絶し横たわっている。
「何のつもりだ、てめぇら」
「残っていたのは君が剣を振るうまでもない輩だった……それだけの話だ」
そう返す伯爵の手は、剣を抜こうとしたランスロットの右腕をしっかりと掴んでいた。
「不安にさせてすまないね、アリス嬢。残りは皆……」
「峰打ちにした。心配ない」
「アリスちゃんてホント、物好きだよねぇ。付き合わされる方には4割増しくらいで手間かかってるんだけど」
「良かった……」
後ろを歩いていたマーチ・ヘアとチェシャ猫も山賊鎮圧に動いてくれたようだ。胸を撫で下ろすアリスの背後で、ランスロットが舌打ちをした。
「てめぇらはお気楽平和ボケ集団かよ。んなことしてたら普通に死ぬぜ。小娘、てめぇも世界の勇者だってんなら歯向かう奴らはなぎ倒すぐらいの……」
「いい加減にして!!」
手綱を握るために重ねられていた左手を振り払う。一々神経を逆なでする物言いに、アリスはもう耐えられなくなった。いや、正確には「耐えたくなくなった」のだ。そもそも、アリスは「同行者を二人」とアーサー王に要求した。対して突如本人たっての希望で追加された三人目……できることなら波風立てずにいたかった。
一方的に付いてきたメンバーに対して感情のコントロール設定をどうするべきか、理解できていた。
例えるなら、出席番号で割り振られたグループワークのソレと等しい。自分の意志や交友関係など考慮されていないメンバー構成。基本的に和気藹々としているべきで、班内衝突が起きないよう行動範囲と役割を明確にしておくべき。意見が食い違っても論駁せず、「食い違う状況になってしまう」のを避ける。
全て分かっていた。頭ではきちんと、自己マニュアルの通りに振る舞っていこうと決定していた。よって今この瞬間、アリスの中で最も大きな感情は、「後悔」だった。
「ランスロット、私は貴方と乗馬したくない。降ります」
「は?」
背後の彼の表情など、確認したくもなかった。ユフィの鬣を見つめながらそう言い放ったアリスに、伯爵が手を差し出す。
「すみません、お借りします」
「構わないよ」
「なっ……おい小娘!」
伯爵の手を借りてユフィから降りたアリスは、ランスロットの呼びかけを無視してそのままスタスタ歩き出した。一部始終を見て「ははっ」と笑ったチェシャ猫が、小走りでアリスの横に並ぶ。
「なかなかエキセントリックだよ、この展開」
「別に愉しませるつもりないから」
「俺にまで怒るのかい? また理不尽極まりないねぇ」
「黙って歩いて」
マーチ・ヘアは山賊の持っていた中で最も使いやすそうな短剣を一つ腰に差し、歩き出す。そんな彼に続こうとした伯爵は、ユフィを進ませようとしないランスロットに気付き、声をかけた。
「呆然としていたら、目覚めた輩に斬られてしまうんじゃないか?」
「うるせぇ」
手綱を軽く引かれ、ユフィの蹄がゆったりと地を蹴り出す。合わせて歩み始める伯爵の耳は、ランスロットの小さな独り言をとらえた。
「ワケわかんねぇな……くそっ」
「アリス嬢かい? 非常に聡明で勇敢だよ。見た目の愛らしさは言うまでもないが」
「聡明? どこをどう見たらそんな評価……」
「これは驚いた。現状我々の中で最も体力が低下しているのは君だろう? それゆえ彼女は自分が馬を降りた。暴れん坊な君に対し憤りを感じていたにも関わらず、だ」
充分すぎる冷静さと心遣いに惚れてしまいそうだよ、と冗談交じりに付け加える伯爵に、ランスロットは何も答えなかった。説明されて初めて、アリスが彼を馬上から突き落とすのではなく「降ります」と言った理由に行きついたからである。その心中を察したのか、伯爵は続けた。
「私が問題だと思うのは、君がそれを察知できなかった、ということかな。まことに残念だが、君は……戻ってしまっているんじゃないのか? アーサー王と出会う前の、『心なき剣士』に」
刹那、ランスロットの脳裏に遠い昔のことが蘇った。
―「斬る相手を想うのです。背景を見て、きちんと判断なさい」
―「何だそりゃ。ワケわかんねぇよ」
ランスロットの返答に、声の主は哀しそうに微笑む。流れるようなその長髪は、ランスロットの瞳と同じ、透き通った水色。小鹿や小鳥の群れがたむろする大きな湖のほとりにて、彼女はランスロットの頬に手を添えた。
―「アーサー・ペンドラゴンとの邂逅は、貴方にとっての分水嶺。キャメロットでの学びによって、貴方は本物の『騎士』となりましょう」
―「それは……ここじゃ学べねぇことなのか、ニミュエ……」
彼女の手の上に、自分の手を重ねるランスロット。名残り惜しそうなその瞳に彼女はほんの少しだけ目を丸くし、そして、「甘えん坊ですね」と笑みをこぼしつつ、もう片方の手で彼の髪を優しく撫でた。




