川辺討論 ―追憶2―
「あの時は、殺してでもパーシヴァルを止めようと思った。じゃなきゃ俺の……全てを懸けて守ると誓った色んなモンが消えちまう……コイツを殺らねぇと他が全部持ってかれる……そう、盲信してたんだ。まだ覚えてるぜ、あのビジョン……王宮が周辺の森ごと火の海でな、ガレキの下から仲間の声が聞こえんだ。修復の魔法陣を起動させようとしたアーサーに、どっからともなく放たれた矢が……チッ、胸クソ悪ぃ」
しかしパーシヴァルに勝利した後も、鮮明な「滅亡」が頭の中で繰り返し流れた。まだ足りないのか、まだ「滅亡の未来」を回避できないのかと焦るランスロットに、新たな声が響く。
「キャメロットのみで滅亡を免れることはできない、ってな。要は、俺の見せられたビジョンは確定した未来で、モルガンの魔力なくして回避や改変は無理だって唆されちまったワケだ。……笑いたきゃ笑えよ」
「笑わない……必死だっただろうから」
返答を聞いたランスロットは少しだけアリスに視線を送ったが、再び川の方を見て話を続ける。
キャメロットのためとアヴァロンに留まり、モルガンの戦力となることを余儀なくされたランスロットは、アヴァロンの周辺諸国を弾圧しに出向くようになった。ただしそれは全面戦争などではなく、あくまで要地制圧や交渉のため。
「とは言え顔見知りが一人もいなかったワケじゃねぇ。キャメロットの人間として出向いたことのある場所もあったし、必要があればソイツらも斬った」
数少ない戦力で周辺諸国を圧倒し、上下関係のある同盟を強制的に結ばせたアヴァロンは、瞬く間に強大な王国となる。そしてその頃には、ランスロットの思考は全てモルガンの意のままに制御されており、いつしか何のために剣を振るっているのか、分からなくなっていた。
目的と手段を見失った彼は、ついにモルガンの支配から解放されようと、一度キャメロットに戻って俯瞰しようと、アヴァロンを抜け出す。それでも頭の奥に時折響く魔女の声に、精神は不安定になる一方だった。そして……
「あの女の声が俺に新しい暗示をかけた。小娘、てめぇとその石がキャメロットにとって最大の災いだ、ってな。滅亡を防ぐならお前を斬って石を奪うしかねぇと」
「じゃあつまり、モルガンの洗脳って……貴方にとって最悪な未来を見せて、回避させるために従わせるってことだったの?」
「あの女は腐ってもペンドラゴン王家の人間。魔術もあるだろうが、それ以前に話術による人心掌握に長けてやがった」
ランスロットの言葉に、アリスはアーサー王を思い出す。確かに彼は他人の複雑な心の内を汲み取り、また寄り添うのも上手かった。同時に自分の心の内は温かい笑顔や端的な物言いの中に紛れ込ませて、掴ませない。
「だから俺は斬るんだよ。迷いはつけ込まれる隙そのものだ」
「……迷ったのは、いつ?」
「さぁな。3年前、パーシヴァルと斬り合った時ぐれぇか。それ以降は別にねぇな、元々『情』なんてもん、俺ん中にはなかったしよ」
胡坐をかいて少し背を丸めていた状態から、ランスロットは大きく背伸びをする。黙ってその背を見つめるアリスは、彼の視線が向こうの山々ではなく空に移されたのに気付いた。
パーシヴァル卿は未だアヴァロンの幹部としてモルガンの支配下に置かれていると聞く。ランスロットは、そんな彼を「殴りに行く」と言っていたが……もし、もっと残酷な悲劇を生む目的だとしたら。
「私、貴方を連れてっちゃいけない気がする」
「あ?」
「仲間だったパーシヴァル卿を容赦なく斬ったら……貴方の剣は称えられるものじゃなくなって、非戦闘員の国民を怖がらせてしまう、と思う」
「だったら何だ、これからは斬るべき相手にいちいち同情でもしろってのか? 洗脳にかけられたのを憐れんで、戻ってこいとか呼びかけろってか」
睨むようにアリスを振り返ったランスロットは、一瞬だけ驚きの表情を見せ、鼻で笑う。アリスの方は相変わらず水筒を握りしめながら、真直ぐに彼を見ていた。
「はんっ、その面はなんだよ。てめぇが泣いてどうなる」
「私はもう、この世界では泣かない。それでも泣きそうなのは、貴方がそうだから…もう斬りたくないって…」
「ふざけたことほざいてんじゃねぇ!! 俺は迷わず非情に何人も斬った! 知ってるヤツらも知らねぇヤツらも……『アヴァロンの兵士』として斬ってきたんだ!!」
「そ、それでも! やり直せるって信じたから、アーサー王様は許したんじゃないかって……思う」
「分かったような口利いてんじゃ……」
「わかんないけど! やろうと思えばちゃんと判断できるんでしょ! めんどくさがって無闇に命を摘み取らないで!」
「うるせぇ!!」
激情のまま剣を抜いてアリスの喉元に向けるランスロット。だがアリスは肩を震わせ水筒を握る手に力を込めただけで、視線を逸らすことはなかった。ここで言い返さないと負ける……使命感にも似た確信が、アリスの冷静な反論態勢を支えていた。
一方その脳内では、同じレベルで考えてはいけないことだと理解はしつつも、以前元の世界で壊滅的な理科の点数を取った記憶が呼び戻されていた。どうしても力学の分野が分からず、梃子の原理をはじめ、重力や合力・分力の作図、圧力の計算、滑車の問題……全てが「意味不明」だったのだ。
一度は「相性の悪い分野」として切り捨ててしまおうとした。しかし……いざ完璧に避けようとすると、ふと目に入った時にどっとテンションが下がる。それが嫌で、一部分だけ克服しておこうと決めた。よって現在アリスは、簡単な作図と圧力の計算だけならできる。自分にはできないと思っていたが、やろうと思えば少しは何とかなった。
「つまりは、そのっ……一時的な気の迷いは修正できるってことで……だから、これからは、物騒なのは最小限にして欲しいっていうか……」
「俺はもう……同情するには斬りすぎてんだ……」
「関係ない」
言い切ったアリスに、ランスロットは目を見開きゆっくりと視線を合わせる。
「アヴァロンにいた時の貴方は判断を怠ったんだろうけど、これからは相手の家族のこととか考えてくれる……アーサー王様はそう信じて送り出した。だから私も信じる。貴方の剣は、もう怖くないって」
「…………勝手にしろ」
剣を鞘にしまい、ランスロットは再び川沿いに胡坐をかいた。アリスはホッと胸を撫で下ろし、立ち上がる。早くしないとチェシャ猫に軽食を全部食べられてしまうかも知れない。
小走りで戻ったアリスに、チェシャ猫は大きめのスコーンを頬張りながら言った。
「遅かったね。また騎士サマと衝突してたのかい?」
「分かってて聞いてるでしょ」
「あれ、盗み聞きしてたのバレたみたいだよ、軍司サマ」
「すまない、ランスロットが昔を思い出すように語るのを見て、モルガンの洗脳についてかと」
「いえ、大丈夫です。内容はそうでしたし。それより、聞いていたなら手間が省けました。マッド・ハッターさんへの洗脳も、ランスロットが受けたのと同じ種類なんでしょうか」
水筒のふたを開けながら問いかけたアリスに、マーチ・ヘアは視線を少し落とした。チェシャ猫は一切ペースを落とすことなくスコーンを食べる。
「あの時、最後に財務官サマと顔を合わせたの、軍司サマだろ? どーだったのさ、片鱗はあったのかい?」
「……測りかねる」
ランスロットやパーシヴァルが受けた洗脳と同種であれば、徐々に精神をコントロールされていったことになる。マーチ・ヘアの曖昧な返答に、チェシャ猫は「そう言えば、」と続けた。
「アヴァロン勢が何らかの形で『偽者』を用意してることがわかったのも、あの時だったよねぇ」
「それって……」
ハッと自分の左腕につけた「北斗七星の印」を思い出したアリスに、チェシャ猫は「言っちゃダメだよ」と圧のかかった視線を送る。ビクッとして俯き、アリスはマーチ・ヘアの返答を待つことにする。
マッド・ハッターが囚われたのは、偽者を使った謀略にハメられたからだ……花火を見た時、チェシャ猫はそう言っていた。でもその詳しい話を知るのは、この場にいる中ではマーチ・ヘアだけだ。
「正直、僕が聞き取ったのは断片的な音声だけだった。あの日は……キノコの森のあちこちで煙が上がり、多くの者がそれぞれ単独で駆り出されていたんだ」
「そうそう、あまりに多くて俺一人で回り切れなかったんでね」
チェシャ猫が再びスコーンを頬張る。もう何個目だろうか。マーチ・ヘアはふと、話を聞く態勢になったアリスの手元を見る。そして、彼女が休憩に入ってからまだ一口も何も口にしていないことに気付いた。
「この話は長くなる。リスティスに着いてから全て伝えよう」
「え?」
「アーサー王陛下が用意してくれたもう一人の者と対面してからでも、遅くはあるまい。それに、食べないのか」
「あ、そうですね!」
ふたを開けたままの水筒を、ようやく口許に運ぶアリス。
「それにしてもアリス殿、君には恐れ入る」
「何がですか?」
理由を聞いても、マーチ・ヘアは「こちらの話だ」と珍しく回答をぼやかした。腑に落ちなかったが、マイナス評価ではなさそうだったので、アリスは大人しくベーグルを食べることにした。




