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勇者アリスの異世界奮闘記  作者: 壱宮 なごみ
第1章:Road of the Drop
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不慣れ(憂鬱)な山道

 この状況は、何なのだろうか。


「おいコラ、馬上で距離取ろうとしてんじゃねぇよ。バランス崩れるだろーが」

「だ、だって……」

「あ? 別に近付かれたって誰もてめぇみてぇなのに発情しねぇから安心しろ」

「なっ……はぁ!?」


 とんでもなく失礼な発言に思わず振り向くアリスだが、何とも思ってない(むしろ「何かあったのか」と言わんばかりの)表情で見つめ返してくるランスロットに、悔しくなってすぐに前を向き直す。


「き、騎士のクセに、言葉遣いとかおかしいと思いますけど!」

「お前、どっか育ちのいい令嬢か? たまにいるんだよな、騎士の中身が揃って紳士だと思い込んでる面倒なヤツ。この際言っとくけどな、剣振るえりゃ誰だって騎士だ。猫だろーがウサギだろーが吸血鬼だろーがな」


 信じられない。理解できない。耐え難い。まさかチェシャ猫以上にここまで頭に来る登場人物と関わる羽目になるとは。

 話は、二時間ほど前に遡る。



  ***



「俺はアリスに同行し、パーシヴァルの野郎をぶん殴りに行く」


 ランスロットの申し出に対し真っ先に異議を唱えたのはヴァンだった。


「思い付きの冗談はやめなさい。王宮専属医として、そんな状態の兵士を外出させる許可はできません。少なく見積もったって、あと2日は絶対安静です」

「おいお前、出立すんの一時間待て。適当に食って治す」

「ランスロット! 君の身体は今……」

「俺の身体のことは俺が一番わかんだよ。で、陛下は許可してくれんのか?」


 ヴァンの制止になどちっとも耳を貸さず、アリスに「待て」と(ほぼ命令のように)言い放ち、アーサー王に(脅すような態度で)許可を迫るランスロットの傍若無人っぷり。チェシャ猫は「最っ高だね」と笑いだす始末。

 アーサー王はランスロットの「早く許可しろよ」という気だるげな表情を見て、一体何を思っているのだろうか。アリスにはどちらの考えも全く分からず、ただ正座した状態で交互に見上げることしかできない。が、ふと両腕を組み直したアーサー王が微笑を零し、対するランスロットも口角を上げる。ヴァンは「まさか」と呆れ半分に呟き、溜め息1つついた。


「信じられない……栄養失調で死んでも知りませんからね、私の責任じゃないんで」

「だそうだ。ランスロット」

「ああ、いいぜ。俺が何処でぶっ倒れようと自己責任ってことだろ?」


 この流れはもしや、とアリスの推察も徐々に追いつき始める。ヴァンは「これだから体力バカは嫌いなんですよね」と少し怒った様子で退室してしまった。


「いやぁ、あのお医者サマがストレートに暴言吐くなんて、なかなかレアだよ多分」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ、てゆーか……ランスロットさん、一緒に来るってことなの?」


 小声でチェシャ猫に確認したつもりだったが、アーサー王とランスロットにも聞こえていたらしい。彼らはアリスの方を向き、対照的な態度を取った。


「悪いなアリス、一度言い出したら聞かないヤツだ。しかしパーシヴァルを相手にするとなれば、コイツの右に出るものはいない」

「文脈でわかれよ、理解力底辺層か?」

「なっ……!」


 いきなりバカにされた衝撃で、言い返す台詞がパッと浮かばなかった。チェシャ猫と話す際は警戒態勢をしいているのだが、まさか、ほぼ初めましての状況下で貶されるなんて。


「連れていってもらう立場だろう、失礼だ」

「あ? 思ったこと素直に言って何が悪ぃんだよ」

「そもそもお前、俺に対する敬語もないな。許可していないが」

「うるせぇよ、剣の腕は俺が上だ」

「関係ない」

「あるね」


 いつの間にやらアーサー王とランスロットの言い争いが勃発し、アリスはいよいよ頭を抱える。


「騎士サマー、その口喧嘩聞いてるのも愉しいからいいんだけど、俺たち先を急ぐんだよねぇ。アリスちゃん、ガチで一時間ピッタリしか待てないってさ」

「ちょっとチェシャ!」

「だってそうじゃないか、急ぎたいだろ?」

「そう、だけど……」


 わざわざ自分の名前を出さなくてもいいのに、とアリスは口を尖らせる。案の定ランスロットはアリスを睨んで言った。


「チッ……承知しましたよ、偉大なる伝説の勇者さん」


 

 それからは早かった。宣言通り、ランスロットは一時間で腹ごしらえを含む身支度を全て終え、再び大広間にやってきた。アリス、チェシャ猫、マーチ・ヘア、ドラキュラ伯爵……時間潰しにカードゲームをやっていた四人は、それぞれの反応を示す。


「おっ、準備万端って感じだねぇ」

「珍しく時間を守ったな」

「味方としての同行ならば心強い」

「何なら、道中手合わせしてやってもいーぜ」


 マーチ・ヘアに挑戦的な瞳を向けるランスロットを、アリスはただぼーっと視界に入れる。


「あ? 何だよ」

「えっと、その……別に無理して同行してもらわなくても……ほら、洗脳のことを聞ければ」

「だーから、同行ついでにそれを話してやるっつってんだよ」

「有難いねぇ。これでリスティスまで退屈しなくて済みそうだ」


 既に、ランスロットが「御一行」に加わることを疑問視するのはアリスだけになってしまったようだ。ヴァンがあれほど安静を勧める容体のはずなのに大丈夫なのだろうか……不安はあるが、仕方なくお辞儀をする。


「じゃあ……宜しくお願いします」

「ああそれと、お前、俺と馬に乗れ。ガヴェインが言ってたろ、ユフィ連れてけって」

「え?」

 


  ***



 そんな経緯で、(あまりそうは思えないが状況を客観的に見れば)めでたいことに、強力な助っ人を得たアリス御一行なのだが……ハッキリ言って、苦行だった。

 狭い馬上で極力接触しないようにと背筋を伸ばして座るアリス。どうやらその緊張状態がユフィにも伝わってしまうらしく、ランスロットが文句を言う。


「んな震える手で手綱握るんじゃねーよ、暴走すんぞ」

「わっ……」


 文句を言われるだけなら(正直言うとよくないが)別にいい。が、手綱を握るアリスの手に、ランスロットの手が重ねられる。突然のことに動揺すれば、今度は「重心ズラすな、落ちるだろが」と腰にもう一つの手が添えられる。

 一体どうして、こんな口が悪くて乱暴で失礼で怖くてそれなのに(恐ろしいほど)スキンシップが激しい人と乗馬しなくてはならないのか。色んな意味で精神崩壊しそうだ。

 確かに手足の凍傷が治ってからまだ日は浅く、長距離を移動する負担は大きいだろう。しかし身体的ダメージのことを言えば、平常より負荷がかかっているのはアリスだけではない。腿を斬られたチェシャ猫も、背中を斬られたマーチ・ヘアだってそうだ。斜め後ろを歩く彼らに視線を送ると、チェシャ猫が半笑いで言った。


「アリスちゃん、ほんっと乗馬下手だよねぇ。そんだけ出来の良い馬だってのにさ」

「わ、私だって好きで乗ってるワケじゃ……!」

「好きで乗っててソレなら尚更笑うしかないよ。ポニーから練習した方がいいんじゃないのかい?」

「ポニーなら乗ったことあるから! バカにするのもいい加減に……」

「アリス嬢、前方に面倒な輩がいるようだ」

「えっ?」


 (万が一アリスが落馬しそうになった時のために)ユフィのすぐ右横を歩いていた伯爵が、チェシャ猫との口論にストップをかける。面倒な輩が、と言われてもどう手綱を引けばいいのかと混乱するアリスの代わりに、ランスロットがユフィの歩みを停止させた。同時に、ピンと耳を立てたマーチ・ヘアが言う。


「山賊だ、1キロ先にたむろっている」

「さ、山賊!? この道、キャメロット国内なんじゃ……」

「山道進んでんだ、賊ぐらい当然だろ」

「うーん……キノコの森とは違うからねぇ」


 アリスの記憶が正しければ、ハートキングダムからキャメロットまでは賊どころか人っ子一人遭遇せずに到着した。野宿をすることになった夜はさすがにアリスも盗難を警戒したが、チェシャ猫とマーチ・ヘアにはそんな様子が一切なく、逆に不思議に思ったものだ。


「女王様の敷地内には、無論キノコの森も含め、トランプ兵が常に巡回しているんだ。だが、アヴァロンと接しているこの国はそうもいくまい」

「その通りだ。残念ながらアリス嬢、現在キャメロットの兵力はほぼ国境の防衛に割かれている」


 国境防衛が最優先事項……そのためこのような普通の山道には「良くない連中」が集まってしまうそうだ。


「面倒なら回避するべきじゃないかい? ほら、俺たち手負いだしさぁ」

「ハッ、そりゃ寝言か? 突っ切るに決まってんだろ」


 チェシャ猫を一瞥し鼻で笑ったランスロットに、アリスは思わず反論した。


「あの、わざわざ遭遇しなくたって……迂回できるならしましょう!」

「うるせぇ軟弱勇者だな……ったく、伯爵、相手のガタイは?」

「推定だが……体積はガヴェインの8割程度、パワーは更に下回る」

「ならいい、突っ切るぜ」


 どうして見えてもいない存在の体積が量れるのか、という疑問を口にしようとした瞬間、アリスと手を重ねたままのランスロットがユフィの手綱を引いて脇腹を蹴る。


「駆けろ」

「ちょっと……!」


 最も本調子でないのはランスロットのハズなのに、最も血気盛んである。びゅんと吹きつける向かい風に、目を薄く開けておくので精一杯だった。

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