赦して(許されて)、それから
何か食べた方がいいんじゃ、そう言おうとしたアリスより早く、口を開いたのはアーサー王だった。
「まったく情けないな。ヴァン、点滴でスープを投与してやれ」
「陛下のご命令とあらばすぐにでも」
「はぁっ!? おいふざけんなよアーサー! 俺は勇者に」
「詫びにでも来たのか? まやかしの声のままに彼女の命を狙い、仲間を傷つけ、恐怖を与えたことを」
病み上がりの部下に向けるには、あまりに高圧的な瞳だった。逆にアリスがランスロットを庇いたくなってしまうほどに。しかしその鋭い眼光を受けてもなお、ランスロットは動じるどころか真直ぐにアーサー王を見つめ返す。
「当たってんのは半分だけだ。ほらいい加減退けよ、ルーカン」
「拒否」
「じゃあ支えろ、歩くぞ」
扉近くの壁から離れ、アリスの方へと足を進めるランスロット。だがその足取りはルーカンの支えあっても多少危うい。
「アリス殿?」
気付けば数歩、前に出ていた。体力が回復していないだろう彼の方へと。2メートル弱の距離になったところで、ランスロットは止まった。
「勇者……アリスっつったか」
「はい」
真直ぐとした視線に、アリスも同じく視線を返す。ランスロットはルーカンに目配せしてから、片膝を折り、王の前に敬服するような体勢を取る。
「数々の非礼を詫びたい」
手前に跪く騎士の、薄いグレーが混ざった白銀の髪を美しいと思った。騎士の気高さは感じたが、力強さは一切なかった。当然だろう。モルガンの精神支配を受け、それでもキャメロットに帰ろうとアヴァロンを脱出し、それからずっと食べていなかったのだから。
「頭、上げてください」
「俺にその資格はねぇ」
「休んで、栄養取らないと」
「許されるまではいらねぇ。俺はそれだけの恐怖を与えたはずだ」
否定できなかった。先ほど彼の姿を見た途端に足が竦んだし、肩が震えた。真直ぐな瞳を怖く思った。ルーカンへの言葉遣いも乱暴で、正直「関わってはいけない部類の人」だと思った。
森でのことを思い出すと、恐怖で呼吸が乱れそうになる。ダメだ、違う、そうじゃない。だってこの人は……
―「生きて、やがったか……」
涙して微笑むほどに、アーサー王とキャメロットの安否をずっと気にかけていたのだから。強い忠誠心を利用されてしまっただけなのだから。
「……チェシャ、その鞄の中、スコーンがあるでしょ」
「何だい唐突に」
「1個ちょうだい」
振り向いて差し出した右手に、チェシャ猫は「何のつもりだい?」と言いながらも包まれていたスコーンを一つ、乗せる。道中の食糧にと注文しておいたらしきソレは、ふわりとナッツの香りを漂わせた。渡す瞬間の妖しい笑み……恐らくチェシャ猫には、アリスの次の言動が大方予想できているんだろう。
跪いたまま顔を上げないランスロットのすぐ前までツカツカと歩み寄り、正座をした。彼の隣にいたルーカンが驚きの目を向け、後ろのメンバーも大体同じような反応なんだろうな……とアリスは思った。
「顔あげて、食べてくれたら許します」
スコーンを差し出す手の震えが、自分でも分かった。この人への恐怖は拭えない、拭いきれない。
「貴方のことは怖いけど、怖い思い出ばかりだけど……ここの人達はそうじゃない。元気になって欲しいって思ってる。絶対そう」
「……的確」
目を細めるルーカンに、アリスは微笑んで応じる。
「だから食べてください。元気になって……貴方の剣は怖いものじゃないって、教えてください」
正面のランスロットは、まだ頭を上げない。ただその姿は敬服の姿勢というよりも、単に片膝をついて項垂れた状態という表現に近付いている気がした。すなわち、緊張感が消えていってるように。
「……拷問かよ」
「え?」
次の瞬間、彼はアリスの手からスコーンを奪い、勢いよくかぶりついた。姿勢は胡坐をかくまで崩し、一心不乱に拳サイズのスコーンを口に入れ、適当に咀嚼し、飲みこみ、パッパッと手についたカスを床に掃った。
「満足か?」
「あ、えっと……」
「こっちは喉も渇いてるってのにスコーンなんてパサパサの食いモン渡しやがって……タチの悪さはアーサー並だな、お前」
ビッと向けられた視線に、アリスは思わずビクッと体を跳ねさせる。しかし同時に、その緊張をほぐす発見もあった。
「水色……」
「あ?」
「本当は、水色だったんですね……貴方の目」
「どーでもいーだろ、んなこと」
「そうだな」
不意に背後から会話に入ってきた声に、アリスは振り向きランスロットは僅かにギクッと表情を歪ませる。
「自ら出向いて洗脳を解いてやった主君に向かって『タチが悪い』とは、アヴァロンに行ってから本当に随分と大きな口を叩くようになったな、ランスロット」
「ふふ、点滴はスープではなくポタージュにしましょうか」
ゴゴゴ……と効果音が聞こえてきそうなほど明らかに苛立っているアーサー王と、反対ににこやかなまま恐ろしいことをサラッと口にするヴァンが、アリスの後ろからランスロットを見下ろしていた。更にその後ろではニヤニヤと愉しそうなチェシャ猫と、父性オーラを溢れさせて見守る伯爵の姿。ガヴェインとマーチ・ヘアにいたっては「んじゃ、俺はユフィを正門前まで引っ張ってくからよ、向こうで待ってんぜ」「僕も同行しよう」と広間の脇にある扉から大広間を出ていく。
「ふっざけんじゃねぇ! 食いモンの点滴なんて誰が受けっか」
「ランス、謝罪、先」
「うっせぇガキ」
「失礼千万」
「黙れ、つーかいい加減放せ!」
「却下」
二人の言い合いを聞き、それを囲む空気を感じて、まるでこれが本当のキャメロット王宮内なのだと紹介されている気分になる。ふと、ランスロットの水色の瞳が再びアリスを捉え、彼は眉をひそめた。
「てめぇ、何笑ってやがる」
「えっ、あ……ごめんなさい、つい」
指摘されて初めて自分が和んでいることに気付く。謝りながらもアリスは思った。この人が、キャメロット王宮に戻ってきてくれて良かったのだ、と。あれだけの恐怖を与えられたということは、それだけ向こうにとっても脅威や牽制になるのだ、と。
「アリスは伝説の勇者だ、口の利き方には気を付けろ。ヴァン、ルーカン、そろそろ医務室に強制連行を」
「ちょっとストップ。いいかなぁ?」
態度の悪いランスロットに痺れを切らしたアーサー王が指示を出そうとしたその時、遮って数歩歩み寄るチェシャ猫。依然正座したままだったアリスの隣にしゃがみ込み、ランスロットを覗き込むように言った。
「一時的とはいえ、騎士サマはモルガンの洗脳にかかって駒になってたんだよねぇ? 病み上がり状態のところ非常に申し訳ないんだけど、モルガンの洗脳がどんなもので、どういう風に蝕んでくるのか、教えてもらえると有難いなぁと思ってさ。ほら、ハートキングダムの財務官サマと円卓の騎士のパーシヴァル卿だっけ、これから『アリス御一行』が遭遇する可能性が高いモルガンの側近って、洗脳で動かされてんだよね。だから少しでも情報が欲しくてさ、ね? アリスちゃん。ついでにアヴァロンの城の構造とか分かればキャメロットも勝てるかもよ? 十中八九、近いうち始まる戦争に」
最後に出てきた「戦争」という単語に、場にいる全員の表情が強張った。それを全く意に介さないとでも言わんばかりに「どーなのさ?」とトパーズ色の挑戦的な瞳をランスロットに向けるチェシャ猫。ランスロットは短い溜息を一つつき、未だ自分の袖を握るルーカンの手を振り払った。
「いーぜ、話してやるよ」
「ランス……」
「ただ俺がいたのはほぼ地下牢だ。城の構造なんざ全くと言っていいほどわからねぇ。『戦争』を有利に運ばせる情報は、俺の頭にはねぇってことだ、悪ぃなアーサー」
「……別にいい」
アーサー王の返事を聞いて、ランスロットはふらりと立ち上がる。
「伯爵、ヤブ医者が隠した俺の仕事着、持ってきてくれねぇか」
「ああ、お安い御用だ」
「ルゥ! ランスロット、冗談抜きで今は絶対安静が」
「許可してくれよ、陛下」
ヴァンの制止を聞かずに伯爵は広間を出てしまい、ランスロットはアーサー王に(とても許可をもらおうとする態度ではないが)申し出る。
「俺は勇者アリスに同行し、パーシヴァルの野郎をぶん殴りに行く」
「……え?」
予想の斜め上すぎる展開に、アリスは正座したままポカンとすることしかできなかった。




