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イベリス (Iberis)    作者: Naoko
3部 ベラ
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          8話 エルナトでの生活

 イベリスは、ベラを連れてエルナトへ戻ってきた。

何の準備もなく、突然に結婚式を挙げてしまい、

仕事を五日も休んでいたイベリスは、溜まった仕事の山に声も出なかった。


 しかも、屋敷は完成しておらず、新婚生活を始めることすら無理な状態だ。

現実に直面した二人は、新婚の甘い雰囲気などいっぺんに吹き飛び、やらねばならないことの多さに頭を悩ますのである。



 建設中の屋敷には、皆が食事をする大きなキッチンと、それに続く広いリビングルーム、

イベリスの寝泊りする小さな事務所に、そして小さなバスルームだけだ。

外に温泉の露天風呂はあるものの、ここに住んでいる女性はベラだけなので、男湯と言った方がいい。


 エルナトには女たちも働いているのだけれど、サイシア村から通っていて、

彼女らがエルナトに住むのは家の建設が終わってからで、女湯が作られるのはまだ先だ。


 ベラの小屋も、一人がやっと寝れるベッドと、ベッドより大きいイベリスの机と椅子があるだけで、とても新婚夫婦が住める状態ではない。

それで、夫婦のベッドルームと隣接するバスルームだけでも先に建てようと言うことになった。


 ベラは設計図が分からないので、ある程度まで出来上がると、「窓の位置が悪い」、「ここにクローゼットを作って欲しい」、「いやもっと奥に」と、

様々な注文をつけて皆を振り回すのでなかなか完成しない。



 それにイベリスは、エルナトを出る前に、ベラの小屋にあったプリオベール男爵の贈り物をすべて処分するように言ってあったので、小屋の中は空っぽになっていた。


 「手鏡も無いわよ!」と言ったベラだったが、

彼女は、プリオベール男爵の短剣を返しておいて良かったと思った。

あれはプリオベール男爵の女の印で、彼の屋敷に数ヶ月いたし、何もなかったとはいえ、その証拠はない。



 そうしている内に結婚祝いの品々が届き、ロセウスのハダサから新婚生活用品一式が届いた。

すると小さな小屋は荷物でいっぱいになり、屋敷のリビングルームもまるで倉庫のようになってしまった。



 折りしも、薬草の収穫期が近付く。

ベラは、しばらくの間、山に逃れようと思ったのだけれど、

結婚と同時に妊娠してしまったらしく、どこへも行けなくなってしまった。


 この時、彼女は、あのケフェルト村の夜からエルナトへ戻ってくるまでの短い日々が、

自分たちの蜜月、つまりハネムーンだったのだと思い、ため息をつく。



 つわりで具合の悪い本人以外は、皆喜び、

「この状況下で?」と思ったイベリスでさえ、不幸中の幸いと安堵する。

彼は、どうやって彼女を収穫に行かせないようにするか頭を悩ましていたからで、

とにかく、ベラがどこかへ消えてしまうのは、もうこりごりなのだ。



 屋敷すべてが完成するころに産まれたのは、なんと双子の男の子たちだった。

こうして凶暴なラーウスの子供たち、しかも二人の男の子たちを同時に育てることになってしまったベラは、エルナトでの雑用も多く、

日帰りの薬草や野菜を収穫する以外は、二度と薬草の収穫に出かけることはなかった。




 ところでベラは、結婚式から戻ると、職場を無断放棄した廉でスピルから解雇されてしまった。

それは当然なのだけれど、

スピルにとって、ベラは自分が仕える主人の妻なので、一応、寿退社という扱いにされる。

ベラにはもう一つ、キッチンでの仕事があり、それは続けることが出来た。

というか、これは、イベリスの妻であるベラが、したくなくても、やらなければならない仕事なのだ。


 面目を失ってしまったベラだったが、新妻の真価を発揮しようと不慣れな料理に挑戦したら、

何でも出来るイベリスの方が、自分より上手かった。


 ベラはイベリスに、山歩きは自分の方が得意だと言いたいのだけれど、

地図が読めないばかりか磁石の使い方も知らないので、認めてもらえそうにもない。

自慢したい薬草取りにも行けなくなり、立ち直れないかもしれないと思った。



 唯一、ベラがイベリスより上手なのは、給食のように大量に作る料理だった。

ここで、プリオベール男爵の、あのナイフの特訓が生かされることになる。


 それで他所の土地から来ていた労働者たちのために、彼らの故郷の料理を作ることを思いつく。

ラーウスでは、他の土地の野菜の種や苗を仕入れることは禁じられているので、

食材は地元で採れる物を工夫して使い、ラーウス人にも喜ばれた。


 そうする内に料理も上手になり、子供の離乳食などレパートリーは広がり、食材を研究するようになる。

それに乗じて、通信教育でウィリディスの栄養士の資格を取ったのだ。

これは、ついにベラが得た資格であり、パーティを開いて祝ったりした。

もちろん、イベリスが家庭教師をしてくれたのは言うまでもない。



 料理のレシピを聞かれることも多かったので、

「ベラのクックブック」なるものも出版する。

もちろんイベリスの妻であることは伏せて出版したのだけれど、

ベラの名はどこにでもある名なので、人々に親しまれた。


 その料理本は、同盟国のどの家庭でも置かれる料理本となっていき、改訂版も次々に出版される。

特に、貧しい者たちには安価な結婚祝いのプレゼントとしても重宝された。

ベラは、解雇されるという挫折はあったが、こうして別の分野で花開いたのである。



 その本は、帝国の本屋でも売られるようになり、

ベラの母親が、たまたま滞在していたリゾートの小さな本屋で、

紹介カードに「辺境地の珍しい料理の本」と書かれてあるのを見つける。

それに興味を引かれた母親は手に取り、それを求めたのだ。

するとその中に、ディフォーレスト家の家庭料理に似たレシピが入っていたので感心していたら、

その後、娘と再会した時、娘の出した料理本だと知って涙した。




 ベラが、自分の家族に再会するまでは、かなりの時間がかかった。

それには国家間の様々な問題が関係していたからで、知っている者もごくわずかなのだけれど、

バーディだけは、密林の探検記録映画を作る許可を得るためにラーウスに通い続け、ベラに会うことが出来ていた。

彼が、なかなか許可を得られなかったのは、かえって都合が良かったのである。



 こうしてみると、イベリスの、エルナトでの生活は穏やかな様にも見えるのだけれど、

イベリス・ライーニアとしての苦労は絶えることなく、晩年になっても終わらなかった。


 イベリスの始めたラーウスの改革は、内外に様々な波紋を及ぼし、

仕舞いには、あの恐れていたバルナが国として復活してくるのである。

一応、平和条約を結ぶ所まで行けたのだけれど、

イベリスは、条約には強制力がなく、破られる可能性があるのを歴史から学んでいる。


 イベリスに出来るのは、今、考えられる全てのことをするだけだ。

将来に起こる問題は、次世代に任せるしかなく、時には犠牲が伴うのも分かっている。

それはベラも良く理解しており、楽な時も困難な時も、生涯にわたって夫の助け手として寄り添っていくのだった。



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