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イベリス (Iberis)    作者: Naoko
3部 ベラ
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          7話 成功と影

 プリオベール男爵フィニアスが、自分の愛に気付いたのは、それを失った後だった。

フロースの従者がバルナ人だと知った男爵は、心配して眠れないほどになる。

そして数日後、ラーウスの議会が薬草を直接に売りたいと連絡してきたので、

フロースは無事にキラルの元へたどり着いたのだと知り、ほっとする。


 その後はスパイス事業が忙しく、フロースのことを考える暇はなかった。

もちろん思い出すことはあったけれど、ラーウスは密猟問題の騒動に巻き込まれ、キラルと連絡することも出来ないのでどうしようもなかったのだ。


 密猟者たちは捕らえられ、帝国内の密猟組織の摘発にまで及ぶのだけれど、彼らも黙っている訳ではない。

彼らは、ヴァルハイ号に乗っていたミラ・ラスクが、情報をラーウスのキラルに洩らしたと思っていた。

そして、残党たちが抱腹のためにラーウスに入り込むのだけれど、

ミラを見つけることが出来ず、返り討ちに遭ってしまう。


 もちろんラーウス議会は、ミラ・ラスクの出生証書をすでに破棄しており、

そんな女性など初めから存在しなかったことになっている。

そして、フロースの名もミラの名も使わない彼女を、ラーウスの森の中で見つけるのは、

砂浜で一本の針を見つけるようなものなのだ。


 そんなこともあり、男爵は、フロースがどこにいるのか知らなかったし、

帝国での密猟組織の影響もあったので、知らない振りをするしかなかった。


 しかも、スパイス事業は、最終的にはウィリディス王国に権利を売ることを目的としていたので、

余計なことに首を突っ込んで、不利になるような事態を避けなければならず、

薬草の取引意外のラーウスへの介入は、控えねばならない。


 彼が、フロースの消息を知ったのは、プリンセス・アリアからプリオベール家の紋章の入った短剣と手紙を受け取った時だった。




 アリアは、ベラことフロースに言われた通りに短剣に手紙を添え、使いを送った。

するとその使いは、男爵の手紙を預かって戻り、

男爵が、フロースを取り戻そうとしているのだと知る。


 アリアは、フロースに別の男がいたのに驚き、どういうことか聞こうとして、男爵に会うことにする。

こうして彼女は、フロースに何があったのかを突き止めたのだった。


 男爵は、フロースを迎えに行きたかったのだけれど、アリアを利用して宮殿へ入り込む絶好のチャンスだと思う。

そんなことは後回しにして、先にフロースを迎えに行けば、彼女は戻ってきたかもしれない。

丁度、彼女は、イベリスに気後れしていた時だった。


 そしてフロースは結婚したとの連絡が入り、男爵は諦めるしかなかったのだ。



 ということで、プリオベール男爵にとって、初めて経験する失恋の痛手だけれど、

打たれ強い彼はすぐに立ち直り、皇帝陛下の愛娘のアリアと交友を深めることにする。


 この時アリアは、魅力的なプリオベール男爵に心を奪われてしまいそうになった。

アリアは、失恋した男爵を慰めようとしている内に、魅力的な男性だと知るようになり、

彼への想いが育ってしまったのだ。

これはフロースも、懸念していたことだった。


 男爵は、皇帝陛下の娘と結婚して窮屈な生活をする気はない。

彼の目的は、宮廷への招待状だけだった。

もちろん彼女が望めば、一夜ぐらい共にしてやっても良いが、煩わしいことには巻き込まれたくないと思っている。


 こうして男爵は、宮廷への招待状を獲得し、

堂々とアリアをエスコートして宮廷へ乗り込み、そこで人脈を作ることに成功したのだった。


 すると、ディフォーレスト子爵の心中は穏やかでなくなる。

アリアは男爵に熱を上げているようだし、そのことが噂されるようになっていく。


 子爵は、息子のカイとアリアとの結婚を画策しており、

息子に戻ってくるように再三言っているのに、なかなか言うことを聞かないので頭を悩ましていた。

従者のレオを使って、さらってでも強制送還させようかと思っていた矢先のことだった。


 子爵は、娘のフロースが、この二人に会うきっかけを作ったとは知らなかった。

フロースは、オーデン伯爵との問題といい、誘拐され失踪した挙句、遠く離れた辺境の地にいても、

こうして、父親を悩ます種をまき続けるのであった。



 男爵の方は、あっという間に淑女たちの人気を集めてしまい、

必要なくなったアリアも、それらの淑女たちの一人に押しやってしまう。

それは、フロースが男爵に言っていたことだった。


 アリアは、ファニアの香りの教訓を思い出して我に返り、冷静になる。

男爵は、どの女性にも同じように振る舞うので、熱を上げていたのは自分だけだったと気付いたのだ。

ちょっと危なかったけれど、こうしてアリアは、カイへの操を守ることが出来たのだった。



 もちろん、義理堅い男爵は、皇帝の娘であるアリアを、から手で去らせることなどしない。   

男爵は、彼女に慈善事業を勧めた。

彼女の地位、看護師としての資格、広い地域を覆う自分のネットワークを使えば、多くの人を助けることが出来るはずだと言うのだ。


 それは、アリアが捜していた自分の生き方だった。

雇ってくれる者がいなければ、自分でやればいいのであり、まだ未熟とはいえ事を始めるだけの経験を積んでいる。

こうしてアリアは男爵の助けを得て、貧困から人々を救済する組織を立ち上げ、

それは帝国だけでなく連邦国や辺境の地にまで及ぶことになる。



 さて男爵は、宮殿に出入りすると、ディフォーレスト子爵とも顔を合わすので、

娘が生きていることを知っている子爵から、フロースのことについて聞かれるのは分かっていた。


 男爵は、フロースをラーウスへ送ったのは自分だと告白し、彼女はオーデン家で毒を盛られたことを告げ、その情報を渡す。

抜け目のない男爵は、フロースに毒を盛ったのはメルロー婦人だという証拠を揃えておいたのだ。


 子爵は、密かにこの問題に当たることにし、事を荒立てたくないという娘の意思も考慮して、

メルロー婦人の立場を剥奪し、エスペビオスから遠く離れた田舎へ追いやって、隠居生活をさせることにした。

こうしてメルロー婦人は、不慣れな田舎で都を恋しがりながら、一人寂しく生涯を終えたのだった。



 男爵は、皇帝から目をかけられている子爵を敵に回す気はない。

子爵の方も、娘がラーウスに行くのを望んだのであり、そこで結婚して幸せに暮らしているのだから、男爵を攻めることもしなかった。

むしろ、男爵のライバルとなるのは、同世代の長男のイアンの方だ。


 プリオベール家は、フィニアスの世代になるまでは、田舎の土地の領主でしかなかったが、

元々はディフォーレスト家より古く、格式のある家系なのだ。



 ところが、イアンの娘のアデールが、社交界にデビューすることになる。

そしてアデールは、宮廷の淑女たちが群がる独身貴族のプリオベール男爵に憧れたのだった。

彼女は、アリアから、男爵が叔母のフロースに失恋していたことを聞くと、自分に勝算があると自信を持って男爵に近付く。


 アデールは、叔母のフロースに良く似ており、フロースのように振舞って、祖父母の愛情を一身に受けていた。


 男爵は、普通なら娘とも言える年頃の子に興味はないのだけれど、元々は優しい性格なので、フロースに良く似た女の子に言い寄られると無碍にも出来ない。

そしてアデールは、父や祖父にも働きかけ、プリオベール男爵夫人の座を勝ち得たのだった。


 フロースが言ったように、

「男爵が結婚するのは、自分の血筋を残すためのもので、相手は人形のような娘」

と言った通りになったのである。


 いや、「人形のような娘」と言うのは、いくらか違っていたかもしれない。

野心家の父や祖父によく似た性格のアデールは、男爵夫人の地位と財産をフルに活用し、

さらなる夫の地位向上に精力的に動くのである。


 そして賢いアデールは、家政婦のデルフェ夫人にも気に入られる。

優しいデルフェ婦人は、フロースが戻って来たようで大喜びだった。

男爵は、その頃には自分が本当に望んでいたのは、

デルフェ婦人が言っていた「暖かで幸せな生活」であるのに気付くのだけれど、

若い妻の野心と勢いに推され、その後も一生懸命に働かねばならなかった。


 こうして男爵は、妻と共に、ディフォーレスト子爵に貢献しつつ、さらに大きくなっていくのである。

ベラも、プリオベール男爵が姪のアデールと結婚したことを喜んでおり、男爵の周りは皆、幸せであった。


 男爵は男として成功し、美しくて若い妻を持ち、長く生きて、子供たちや孫たちにも恵まれ、皆がうらやむような一生を送るのだけれど、

影のように心の奥底に落としてしまった愛を、生涯、忘れることはなかった。



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