3話 カシア
カシアは、キラルに引き取られた異民族の子供だった。
キラルの夫は議会員で、密猟者との問題で死んでいる。
そして幼い一人娘を親族に預け、夫の仕事を継ぎ、
ラーウスの議会やウィリディス王国のシャルム王と共に、密猟を阻止する活動をするようになったのだ。
それと共に、他所の土地にいるラーウス人も助けたりしていた。
若いラーウス人は、他所の土地で問題を起こしたり巻き込まれたりすることがある。
中には子供が誘拐されることもあり、キラルは身代金を払ったり、人買いに売られた子を買い戻したりもする。
そんな中で、キラルは一人の女の子を見かける。
その子は闘争で滅ぼされたダカンレギオン部族の生き残りで、緑がかった銀色の目をしていた。
彼女の目の色が異様なので不吉だと言われ、追っ手がいたら騒動に巻き込まれるかもしれず、買い手がつかなかったのだ。
それでキラルが買い、ロセウスに連れて行き、しばらくの間は王宮に住んでいた。
「あたしが、カシアって名を付けたんだよ」とキラルが言った。
その少女は、名前も年も言わなかったのだ。
「その名前には『最上の香物』って意味が含まれているんだって言ったんだけど、
何の表情もなかったね。
最後まで、あの子は自分の部族のことを話さなかった。
恐らく、ひどいことを見てきて、ひどい目に遭ったんだろうよ」
そうしてカシアは、ラーウスの事情にも精通していき、イベリスの父親、セルーナに恋をするのだ。
長の長男だったセルーナは、バルナの問題から、危険を考えて自分は結婚しないことに決めていた。
セルーナは、弟のアルがいるので、一族の血は保てると思ったのだ。
「イベリスと似ているよ。
やっぱり親子なんだね」
とキラルは、遠くを見るように昔を思い出す。
「だけどカシアは、セルーナが自分の子孫を持つべきだと言ったんだ。
あの子がそう思ったのは、ダカンギデオン族の血が絶えてしまったからかもしれない。
セルーナもカシアに惹かれていたし、それで結婚してイベリスが生まれたって訳さ。
何故、カシアが最初の子に、イベリスの名前を付けたかったか知っているかい?」
ベラは、それは、ラーウスのどこにでも生えている植物だからだと思っていた。
「その名の植物は、植物ハンターが持ってきたもので、ここの土地を助けるように広がったんだ。
カシアは、ラーウス人に自分の血が混ざることを思って、この名前を付けたかったんだと思うよ。
もっとも、最初に欲しかったのは女の子だけどね」
キラルは、そう言って笑った。
イベリスが乳離れすると、ロセウスの王宮に送るのもカシアの提案だった。
彼女は、王宮で賢者を知っていたし、
セルーナから、賢者はラーウスのためにあるのを聞かされていたのだ。
イベリスは、幼いころロセウスに送られ、王宮で王子のように育てられる。
セルーナは、時々、成長していくイベリスに会いにいっていたが、
カシアは二度と、イベリスに会おうとしなかった。
会えば、連れて帰りたくなるのが分かっていたからだ。
そうしてカシアは、再び妊娠し、念願の女の子を産む。
クロエと名づけられたその子の目は、初めは黒かったのに、母親と同じ目の色に変わっていった。
その目の色は、ダカンレギオン族の女の子にだけ現れるのだ。
そしてバルナが攻めてくる時、
セルーナは、カシアとクロエをケフェルト村のキラルの元へと送ったのだけれど、
カシアはエルナトへ戻っていった。
「あたしゃ、『クロエだけでも置いていけ』って言ったんだよ。
そしたらあの子は、
『あたしは死なない。セルーナも死なせないし、クロエも守る』って言って、
クロエを負ぶって、エルナトへ戻って行ったのさ」
そうしてエルナトが攻撃され破壊され、
キラルは、クロエを抱いたカシアが、エルナトの湖畔で娘と共に死んでいるのを見つける。
セルーナの体は、発見されなかった。
攻撃で、体は粉々になっていたらしい。
「カシアも、一人では生きていけない女だった。
それに、死を覚悟しているセルーナを一人にしたくなかったし、
自分だけが生き残るのも耐えられなかったんじゃないのかね。
親のいない悲しみも知っている。
あの子は、自分の家族が死んだ時のことは何も言わなかったから、はっきりは分からないけど、何かを考えていたんだろうね。
とにかく、カシアは、生きようとしていた。
それだけの強さがあったから、セルーナを説得できたし、幼いイベリスを手放すことも出来たんだ」
イベリスを王宮へ送るのは、セルーナとシャルム王にとっても意味のあることだった。
ラーウスは過渡期に入っており、
カシアの愛は、その難しい時を覆い、耐えようとしていたのだ。
「それにね。
カシアは、『エルナトが自分の生きる所だし、ここで死んでもいい』って言ったんだよ。
『エルナトは美しい』って。
あの子がどんなにエルナトを愛していたか、あんただったら分かるんじゃないのかね」
キラルが言うと、ベラは顔を上げた。
開いた窓の外から風が入ってきて、スパイスの香りが漂う。
「それをイベリスに教えられるのも、あんたしかいない。
あたしは、あんたを初めて見た時、そう直感したんだ。
ラーウスはこれから変わらなければならないし、その責任は重い。
セルーナは、イベリスにその荷が負えなければ、無理にさせようと思っていなかった。
イベリスには、知識はあるけれど、それだけでは駄目なんだ」
キラルは、ベラの頬に手を当てた。
彼女の手は、年取ってしわだらけなのに優しい。
「それに、あたしは、あの目を持った女の子を、もう一度見てみたいんだ」




