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イベリス (Iberis)    作者: Naoko
3部 ベラ
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          2話 青い封筒

 イベリスは、久しぶりにプリオベール男爵の名前を聞いた。

スピルが言うまで、すっかり忘れていたのだけれど、スパイス騒動の時の様子が、ありありと浮かんでくる。



 男爵がウィリディスに与えた経済的損失は多大だった。

そしてベラをラーウスへ送り込み、彼女の命を脅かしたのも、この男爵だ。


 しかも今、自分がプロポーズした女性はどこかへ消えてしまい、

彼女の部屋は、男爵からの贈り物で彩られ、自分の机の上に並べられている。

これを許せるはずは無い。


 イベリスは叫ぶ。

「ベラはどこへ行ったんだ!?」



 こういう時に、ベラの行く所は決まっている。

サイシア村のハンナでなければ、ケフェルト村のキラルだ。

ベラには、同世代の女友達もいるのだけれど、

若い彼女らは、このような異国人が関係したデリケートな問題には助けにならない。




 さてベラは、イベリスからプロポーズされた日、スピルから言われた仕事をやっていた。

ところが、数字の羅列は彼女を落ち込ませ、打ち間違いも多くなる。

そうしている内に耐えられなくなり、飛び出してしまったのだ。

これは職場放棄なのだけれど、

「イベリスにプロポーズされたので具合が悪くなり、早引けさせてください」とは言えない。

とにかく、普通の精神状態ではないゆえの行動だった。



 その日の夜、ケフェルト村へ着いたベラは、何も告げずに自分の家で横になった。

次の日も、なかなか目を覚まさないので、

心配したキラルは、彼女が起きるのを傍らで待つことにする。


 ベラは夢でうなされたらしく、汗をかいており、その髪が額に張り付いている。

キラルは、その髪を優しく整えてやると、彼女は目を覚ました。



 「泣いていたのかい?」

とキラルが聞いても、ベラは彼女をぼーっと見続けているだけだ。

「何があったって言うんだ?」


 ベラは起き上がると、はれぼったい目をシーツで顔ごと覆う。


 「イベリスに結婚を申し込まれたの」


 キラルは、目を大きく開けて驚き、ふふっと笑って、

「良かったじゃないか」と言った。


 ベラは、顔からシーツを外すと膝を抱えて座り、そこに頭を乗せてキラルを見る。

それは、嬉しそうな様子ではない。


 「嫌なのかい?」とキラルが聞いた。

ベラはしばらく黙っていたのだけれど、やっと口を開く。


 「分からないの」



 キラルはふーっと息を吐き、それから二つの青い封筒を出した。

一つ目は封が切ってあり、その方を先にベラに渡す。


 「プリオベール男爵からの手紙さ」

ベラは受け取ると、封筒の中便箋を取り出す。


 「ミユが持っててね。

あんたが、あの子にやった男爵からの品物の中に入ってたんだ。

宛名がミラ・ラスクだったから、あんたのものとは思わなくて開けて読んだらしい。

許しておくれよ」


 プリオベール男爵の手紙には、切々と、彼女に戻ってきて欲しいことが書かれてあった。

それは情熱的な手紙で、ミユはその手紙を宝物のように持っていた。

彼女は、「恋物語」を読むように何度も読み返したと言う。

正にそれは、ミユが憧れていた愛だった。


 二番目の手紙もプリシラの所に届いたのだけれど、

「ベラに渡して欲しい」とキラルに頼んでいる。

その時にキラルは、ミユが男爵の手紙を持っていたことに気付いたのだ。



 ベラは二番目の手紙の封を切り、それも読む。

そこには、男爵がベラからの返事を受け取ったこと、

そして、「自分の手紙を読んでいないと知り、再び書いた」とあった。



 彼の手紙から、デルフェ婦人の言っていた本当の男爵の姿を感じ取れる。

その人がどんなに本性を隠したとしても、手紙がそれを見せてくれたりする。


 ベラの目から涙がこぼれた。

このように、自分もイベリスから愛されたいと思ったのだ。



 「さあ、あんたはどうするつもりかい?」

キラルが聞いた。


 「わたしは、一人で生きていこうと思ったの」


 ベラがそう答えると、キラルは少し驚き、それから笑みを浮かべる。

「あんたは本当に、それを望んでいるのかい?」


 ベラが答えないので、キラルは、

「あんたは一人では生きていけない」と代わりに答えてやった。


 「わたしは、あなたみたいになりたかった」


 キラルはそれを聞くと笑い出す。

「それは無理だよ。

あんたはそんな女じゃない。

愛されるのを必要としている女だ。

そして、いつも誰かから守ってもらわなければならないし、寂しがりやだ」

ベラは、そう言われて驚き、思わず言った。


 「わたしはエルナトが好きなの!」

それは、今の彼女にとって、一番はっきりしている気持ちだった。


 キラルはそれを聞くと嬉しそうに微笑んで言う。

「あそこは美しい所だからね」


 「わたしは、あの霧の湖で、岩のテラスを見上げた時、体が震えるような気がしたの。

寒かったのだけれど、それは感じなかった。

それより、わたしはあそこで死んでもいいと思ってしまったんだわ!」


 ベラがそう言ったので、キラルは彼女を見つめると、目頭を熱くしながら、

「それは・・・」と言って身を乗り出し、彼女の手に触れた。


 「カシアが同じことを言ったんだ」


 「カシア?」

ベラは、初めて聞く名前だ。


 「イベリスの母親の名だ」

キラルが言った。



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