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イベリス (Iberis)    作者: Naoko
3部 ベラ
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          10話 従妹

 「今日はエルナトを案内するわね!」

ベラは、笑顔で言った。

その笑顔は、キラキラと輝いている。

「彼女は何て美しいんだ」とバーディは思った。


 この従妹は、ひょろひょろの体に、長い髪の女の子だった。

その髪がますます彼女を細く見せるので、自分たちは髪を引っ張って面白がっていた。

それが今、こんなにたくましく自然の中で生きている。

彼女から感じるのは、生きていく力であり躍動感だ。

もう、あの弱いフロースではない。

しかも、人の入ったことのない密林に隠れ潜んだこともあると言う。


 「何故、あんな所に興味があるのかと思っていたけれど、今なら分かるわ」

「それは嬉しいね。

僕らは、密林保護も交えてフィルムを撮っているんだ」

「遊んでるだけじゃないってことね」

バーディはそれを聞くと、「生意気だ」と言って笑った。




 午後の遅い時間、ベラはバーディを湖畔に連れて行く。

「この時間の、ここの景色が一番好きなの」

そう言って、小石が敷き詰められた水辺に座った。


 陽が傾くにつれ、周りの山々の色が美しく変わっていく。

湖の端の工事の音が振動になって、水面を走っているかのように伝わってくる。



 「あそこがエルナトの岩のテラスよ」

ベラが上を向いて言った。


 霧の中で、イベリスと見たテラスの黒い影を思い出す。

「あの時は、もう、彼に恋をしていたんだわ」と思うと、

まるで誰か他の人の恋物語であるかのように、その情景が浮かんでくる。



 突然、バーディが、

「フロース、目を瞑って」と言った。

彼女はバーディを振り向く。

そして悪戯っぽく笑うと、前を向き、深く呼吸をして目を閉じた。


 すると体の感覚が、耳と鼻と肌に集中されるようで、

湖の気配が生きているように体全体を包み、満たすのを感じる。


 ふいにバーディの唇が彼女の唇に触れた。


 彼女は驚くが、そのまま彼の冷たい唇を暖めるように動かないでいる。

バーディは、それが今の彼女に必要な気がしたのだ。

そして彼女の唇が少し開いた時、彼は離れた。


 ベラは目を開け、バーディを見る。

「どうしたの?」


 バーディは微笑むと、

「ご褒美だ。

君は、良くがんばったからね」と答えた。


 ベラは笑いながら、

「それはどうも。

ありがたく受け取ることにするわ」と言った。


 彼女は、それを気にしなかった。

もともと、そういう従兄なのだ。


 ベラは立ち上がると、数歩、湖の方へ歩いていく。


 バーディは、その彼女の後ろ姿を見ながら、

「イベリス、早く彼女と結婚してしまえ」

と小声で言った。

彼は、彼女を、従妹ではなく、一人の女性として見ていた。




 そしてベラは、彼に背を向けたまま言った。

「バーディ、わたし、エルナトを去ろうと思っているの」

「えっ?」

バーディは、今、彼女が言ったことは聞き間違いではと思う。


 ベラは振り返る。

「エルナトは、もうわたしを必要としていない。

そう思えてならないのよ」



 彼は、「何を言い出すんだ?」と思った。

昨日も今日も、どれだけエルナトを愛しているのかと言っていたではないか。

しかも、彼女はイベリスを愛している。


 「じゃあ、イベリスはどうするんだ?」


 ベラは目をそらし、声を低めにして答える。

「彼には恋人がいるの」

それを聞いたバーディは、気が動転してしまった。


 夕べのイベリスには、他に恋人がいるなんて素振りはなかった。

自分だったらありえる。

いや、とにかく、あの実直なイベリスに関してそんなことはない。


 「イベリスに恋人がいるなんて知らなかったな」

そう言った後で、これもまずい言い方だと思った。

まるで彼女が、イベリスの恋人でも何でも無いと言っているように聞こえる。


 「そうね、あの二人は、まだ恋人だとは言えないかもしれないけれど・・・」

とベラが答える。


 「じゃあ、違うんじゃないのか?」

「それでも、あの二人は、恋人同士みたいなの」


 「あの二人?」

「ええ、イベリスの親友の妹、アン・ルー。

ずーっと彼のことを思っていたんですって、アリアのように」

「アリアのように?」


 「そう、わたしには、その気持ちが良く分かるわ。

それに、わたしみたいに何もできない女じゃないし、とても有能なのよ」


 バーディは、その娘にイベリスを譲ると言っているのか? まるで品物みたいに? と思った。

しかも「有能」とはどう言う意味だ?


 「僕は君がイベリスを愛していると思ったんだけど」


 するとベラの唇は震え、目は潤んでくる。

「そうよ。

だから、わたしは諦めた方がいいんだわ。

彼をウィリディスに帰すために」


 バーディは訳が分からなくなった。

イベリスは、このエルナトの復興に全力を注ぎ、ラーウスのために働いていると思っていた。

ウィリディスに帰るなんて聞いていない。


 しかも彼は、「彼女を帝国へ戻したくない」と言ったのだ。

彼女の立場は微妙なのだけれど、そんなことより、彼が、彼女を手放したくないのだ。

それなのに、彼には他にも恋人がいる?



 「いずれイベリスは、アン・ルーと結婚するわ。

わたしなんかよりずっと、彼にふさわしい人なんですもの」


 混乱してしまったバーディは、イベリスに聞くしかないと思った。

昨日、来たばかりのバーディにとって、話が複雑すぎる。

とにかく、そのアン・ルーという女性が、イベリスの恋人なのかどうかだ。



 ベラは、涙をぬぐって笑顔を見せた。

「バーディ、今夜は最後の夜だから、わたしの料理を食べていってね。

大量のシチューだけれど、一度にたくさん作ると、とても美味しいのよ」

そして彼に心配をかけないように、足取りを軽くし、エルナトへ登る階段へと向かった。


 バーディは、「イベリスに聞かなくては」と思いながら、彼女の後を追う。


 ところが、どこを捜してもイベリスはいない。

それでスピルに聞いてみた。


 「ああ、彼は、堰止湖の方へ行きました。

今夜は遅くなるので、そのまま工事現場に泊まるそうです。

あなたが去るまでには戻って来るつもりなので、ゆっくりしていて下さいとのことでした」


 バーディは思った。

「イベリス、どうするつもりだ!」



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