表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イベリス (Iberis)    作者: Naoko
3部 ベラ
81/101

          2話 混戦模様

 ベラは怒っていた。

エルナトを離れてもしばらくは静まらないので、そのまま歩き続ける。

すると、かなり遠くまで行ってしまい、時間が経つにつれ、少しずつ気分が落ち着いてきた。

そして、その地域にだけに生える珍しい薬草があったのを思い出す。


 それは、うっかりすると、一つのシーズンをふいにしてしまうほど見つけるのが難しいので、

以前から気になっていたのだけれど手が出せなかったのだ。

今は、もうそんな心配をする必要はない。

エルナトには金持ちのスポンサーが出来たので、あくせく働かなくても良い。

ものは考えようだと思った。



 イベリスの方も、仕事に戻ると、すぐにベラと喧嘩したことは忘れてしまった。

毎日、エルナトの復興に忙しく専念し、仕事を終えると、

「早くベラが戻ってきたらいいのに」と思ったりする。

彼は、自分がベラを薬草採りに追いやったことさえ忘れていた。



 さて、ライーニア家が代々住んでいた家は屋敷と言えるほど大きいものだった。

一般のラーウスの人々の家は質素で小さいのだけれど、

それは平地が少ないので、山や谷の斜面に建てられているからだ。


 エルナトの屋敷跡は、大きな一枚岩をえぐるように残されていた。

要塞と連結したコントロール・ルームなど、特別の目的があるのでそういう作りになっている。


 初めに完成したのはキッチンだった。

エルナトで働いている者は多く、スピルたちが使っていたキッチンでは小さすぎたのだ。

キッチンは広く、中央に大きな調理台があって、そこで集まって食事も出来る。


 食品や食器を入れる大きなパントリーも作られた。

キッチンの隣に、広いリビングルームやバスルームも作り、

工事をする男たちは、簡易宿舎が完成するまで、そこで寝泊りする。


 リビングルームは、避難所のようになり、

その横に小さな事務所が出来ると、イベリスは自分の簡易ベッドを入れた。

そうして彼は、ベラの小屋から引っ越せたのだ。


 イベリスは、なぜベラが、このみすぼらしい小屋にこだわるのか不思議に思っていた。

あちこち修理したし、自分が使っていた机と椅子を残すことにする。

この棚もない殺風景な小屋に、小さなベッドだけではあまりにも寂しいと思ったのだ。

とにかく、彼女が戻ってくる前に引越しができて良かったと安堵する。



 ところが、収穫期が終わっても、ベラは戻って来なかった。

エルナトの復興は、彼女が発起人なのに何をしているのだと思う。


 皆に聞いても、誰もベラを見ていないと言う。

彼女が収穫した薬草をケフェルト村に持って来ないのも、初めてのことらしい。

キラルは、「どこか別の場所に行ったのだろう」と言って気にしないのだけれど、

イベリスは、「何か起こったのでは」と心配する。



 その頃ベラは、目的の薬草を採取し、直接、サライに収めに行って、

プリシラの家の温泉に入り、ゆっくりしていた。

するとそこへ、プリオベール男爵からミラ・ラスク宛に大きな箱が届く。


 ベラは、アリアに、プリオベール男爵の短剣を届けるよう頼んでいた。

短剣をどうやって返そうかと思案していたので、都合がいいと思ったのだ。


 一瞬、アリアを男爵に接触させて大丈夫かと考えたりもした。

彼には不思議な魅力がある。

自分は、イベリスを忘れられないでいたはずなのに、男爵に恋をし、失恋した経験がある。


 とはいえ、自分は、すでにイベリスに失恋していた。

二度も続けて失恋するとは情けないのだけれど、アリアは、カイに片思いとはいえ失恋していない。

それに皇帝陛下の娘が、あんな無礼な男に誘惑されるはずもないと思う。


 それでアリアに、「誰かに送らせるだけでいい」と言って、

ミラの名で手紙も添えて短剣を預けたのだ。

こうして男爵は、彼女が無事であることを知り、贈り物をしてきたのだった。



 「こんなものはいらないわ」と、ベラは箱の中をかき回しながら言う。

それは帝国で流行っている美しい服や小物、チョコレートやキャンディだった。

帝国の女性だったら大喜びするだろうが、ラーウスではちょっと違う。


 プリシラが、「ここに置いていかないでよ」と言うのだけれど、

エスペビオスへ送り返すことも、捨てることも出来ない。


 エルナトも気になるし、イベリスを思い出すとしゃくに障るのだけれど、

そろそろ戻らねばとも思っていた。

それで、その荷物をエルナトへ持って帰って、サイシア村の子供たちへの土産にしようと思い立つ。

きらびやかなものが好きなセイリンは、喜ぶに違いない。



 ベラは、サライで買い物をした後、エルナトへ戻ることにした。

買い物の途中で、男爵へ礼状も送ったのだけど、「もう贈り物はいらない」と丁重に断った。


 実際、なんでこんなものが送られてきたのだろうと不思議でならない。

貧民街を支援する男爵だから、ラーウスも貧乏だと思って送ってきたのかもしれない。

それだったら、もっと実用的な物を送って欲しいものだと思う。


 実は荷物の中に、男爵の手紙も入っていたのだけれど、

ベラがかき回してしまったので、他の物に紛れてしまったのだ。



 そのころイベリスは、サライでベラを見たと言う者に会い、

「プリシラの所だ!」と車に飛び乗り、サライへ向かった。


 彼女がそこでナイフを買っていたと聞き、

「何かあったのかもしれない」と心配する。

密猟残党騒動は終わっていたが、何かの事件に巻き込まれた可能性もある。


 プリシラの所へ行くと、事件は無かったと知ってほっとするのだけれど、

無愛想なプリシラは、

「ベラはエルナトへ戻った」とだけしか言わない。


 イベリスは、途中でベラを見なかったので、

「アライゴ村を回ったな」と思った。


 サライとエルナトを結ぶ道はバイパスが通り、短縮されたのだけれど、ベラはその道を知らない。

彼女は、遠回りでも自分の知っている道しか通らない。

イベリスにとっては不可解な行動で、理解に苦しむのだけれど、アライゴ村へは車で行けない。

仕方が無いのでエルナトへ戻り、彼女の帰りを待つしかなかった。



 アライゴ村に着いたベラは、急に、ケフェルト村へ行くことを思い立つ。

男爵から送られてきた荷物は多かったので、ミユたちにも分けてやろうと思ったのだ。


 ケフェルト村へ行くと、キラルは親戚の家へ行って留守だった。

ミユは贈り物に大喜びで、ベラを引きとめようとするし、キラルを待つことにする。

そして山の中で、新しく買ったナイフの切れ味を試すことにした。


 ベラは、プリオベール男爵の探検を返した後、別のナイフを使っていたのだけれど、

やはり質の良いものには叶わないと痛感していた。

山でナイフは必需品なのだ。

それで、薬草が高い値で売れたので、重さや握った感じなど、自分に合ったナイフを買うことにした。

新しいナイフの使い心地は格別で、心がうきうきする。


 ところが、いつになってもキラルは戻って来ない。

ベラは、早くスピルの子供たちにも土産を持って行きたいので、

「また来ればいい」と思って、ケフェルト村を去ることにする。

それで、ベラがエルナトへ向かった時は、サライを出てから十日も過ぎていた。



 その間イベリスは、ベラのことが心配で、いてもたってもいられなくなっていた。

ベラはなぜケフェルト村に現れなかったのか、なぜサライへ行ったのか、なぜナイフを買ったのか。

しかもサライからエルナトへ戻るのに、こんなに長くかかるはずはない。

彼女は村には泊まらないので、見つけるのは、山狩りでもしない限り無理だ。


 実際は、ケフェルト村にいたのだけれど、そんなことは知らない。

そして彼女が、ロセウスの王宮の庭で迷子になったことを思い出し、

「ラーウスの山でも迷子になったのかもしれない」と、ありえないことも考える。


 そうして次々に、よからぬことを考えるようになり、

彼女が谷に落ちて大怪我をしたと聞いたことまで思い出す。

その時、ベラは、すぐに助けられたのだが、

怪我でもして、どこか一人で取り残されていたらと思うと、心配で仕事に集中できない。

そう、仕事が溜まっていくばかりだ。



 ついにベラが、大きな荷物を背負ってエルナトへ戻って来た。

イベリスは事務所を飛び出し、彼女を見つけると怒鳴る。


 「いったい、どこをほっつき歩いていたんだ!」


 ベラはイベリスの迫力に驚き、反射的に、

「御免なさい!」と言ってしまった。


 言った後で、なんで自分が誤らなければならないのかと思う。

怒っていたのは自分の方だったのに!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ