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イベリス (Iberis)    作者: Naoko
3部 ベラ
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     5章 秘められた心 1話 思いの波

 ベラは、エルナトへ向かっていた。

それはイベリスと通った同じ道で、あの時のぬかるみは乾いている。


 雨季は終わったのだけれど、薬草の収穫はもうしばらく続く。

その追い込みを忙しく働いていたベラは、久しぶりにケフェルト村へ戻り、

エルナトの復興工事について聞かされたのだ。



 エルナトとサライを繋ぐ道は整備され、資材を運ぶドラックが土煙を上げて登っていく。

壊れていた橋も簡易橋がかけられており、バイパス工事も進められている。

そしてエルナトには、資材が高々と積み上げられていた。


 彼女は、その規模の大きさに圧倒されるのだけれど、

同時に、自分が薬草を売って得る復興資金は、雀の涙くらいしかないのを思い知らされる。

「ウィリディス王国が資金を出しているんだわ」と思った。

イベリスが、それを手がけているのだ。



 ベラは、アライゴ村で彼と別れた後、悲しみを忘れようと必死に働いた。

それなのに、いつのまにか戻って来た彼は、エルナトの復興工事を初めている。

アライゴ村では、そのことについて何も聞かなかった。

いつ気が変わったのだろう。

そんなに簡単に気が変わるものなのだろうかと信じられないでいる。



 ベラが調査室に行くと、そこにイベリスとスピルがいるのを見つけた。

イベリスの髪は短くなっている。

彼女の胸の鼓動が高まった。

イベリスが、ウィリディスの王の助言者ではなくなったのだ。

そして次の瞬間、いや、髪を切ったくらいでは自分は騙されないと思う。

前にも、それで悲しい思いをしている。


 ベラは目を瞑り、フロースの時の自分の想いを捨て、ラーウスのベラになろうとする。

心に鎧を付けると目を開けた。



 「ベラ、外を見ましたか?」

スピルが嬉しそうに彼女を迎えた。

「ええ、驚いたわ、こんなことになっているだなんて」

「イベリスが戻って来てくれたんですよ。

わたしも、これから教えてもらう事がたくさんありそうです」

スピルのその笑顔に、ベラは困惑したように笑って答える。


 スピルの家は、代々、イベリスの家の僕として仕えてきている。

彼の父親も、イベリスの両親と共に死んでしまった。

そして彼は、残った母親と近くのサイシア村に住み、イベリスの代わりにエルナトを守っていたのだ。



 イベリスは振り向くと、「やあ、ベラ」と言って笑った。

それはまるで、昨日も会っていたというような親しみのある挨拶だ。


 イベリスは、ベラに会ったら何を言おうかと考えていたのだけれど、

アライゴ村で、「また会おう」と言ったのだし、

とにかく、彼女が来たら、ここにどんな資材や機器が届いたのか、

どこまで工事が進んだのかを見せようと楽しみにしていた。


 ところがベラは、けんか腰だ。

「これはどう言うこと? わたしは何も聞いてないわ」

イベリスは、むっとする。


 「なんで君に言う必要があるんだ?

エルナトはライーニア家のものであって、君のものじゃない。

君が、ここを復興しようとしてくれたのには感謝しているが、

知らせたくても、どこにいるのか分からなかったんじゃないか」


 それを聞いたベラは、戸惑いと共に怒りを感じた。

エルナトの復興に反対していたはずのイベリスは、突然に戻ってきて復興を始め、

「君のものではない」と言う。


 確かに、山にいる自分を見つけるのは簡単ではないし、留守にもしていた。

イベリスが戻って来るなんて知らなかったのだから、仕方が無いではないか。


 ベラは、エルナトを復興するのは自分だと思っていた。

それなりに計画も立てている。

薬草を売って機器を買い、サライから運んだりもした。

もちろん、自分のしている事は、ウィリディスの資力とは比べものにはならない。

ここに運ばれた資材だけでも、自分が稼ぎ出すのに何年もかかるだろう。

橋を架けなおす費用だけも半端ではないのだ。


 ベラは、それが分かっていても、

自分の知らない内に、こんなことになってしまい、素直に喜べないでいる。

エルナトを、イベリスとアクィラに取られてしまったような気がして寂しく感じるのだ。



 「ああ、それから」とイベリスは言った。

「今、屋敷を再建中なので、君の小屋を使わしてもらっている」

「何ですって!?」

それはイベリスが、エルナトの景観を損ねるとケチを付けた小屋だった。


 「大丈夫、君の持ち物は箱の中に入れて保管してあるから。

少しだけだったから箱一つですんだけど」と言った。

ベラは、イベリスが自分の着替えに触れたのだと知って、顔が熱くなるのを感じる。


 「あそこは、わたしの家よ!?」

「じゃあ、一緒に住む?」

イベリスは、からかうように言った。


 「冗談じゃないわ! 出て行ってよ! あなたはテントにでも寝たらいいでしょ!」


 イベリスは、むきになるベラに追い討ちをかけるように言った。

「君は、自分の仕事に戻るんだろう。

君の手は薬草で染まっているじゃないか」


 ベラは、自分の手を見て後ろに隠す。

その手は日焼けして浅黒く、かさかさに荒れていて、指は緑っぽい茶色に変色している。

とても若い女性の手には見えないので、恥ずかしくて悲しくなってしまう。


 イベリスは、ベラの手が汚れていると言おうとしたのではなく、

目にしたことを思わず口にしてしまったのだ。

それに収穫期が終わるまで、彼女は小屋を使わないと思っていた。

「とにかく、君が戻って来るまでに、屋敷の中に住める場所を確保するつもりだ」


 ベラは泣きたい気持ちをこらえ、皮肉を込めて言う。

「あなたの屋敷って、助言者の仕事はどうしたの?

ここの工事が終わったら、ロセウスに戻るんじゃない」


 「ロセウスには戻らない」

「そんなの信じない!」


 ベラは、イベリスが王の助言者を辞める訳がないと思った。

簡単に諦められるはずは無いのだと。

それを、自分は、エスペビオスで嫌と言うほど味わっている。


 「わたしは、あなたに告白された次の日にふられたのよ。

大体、好きだと言われた翌日に、その相手に逃げられるなんてありえないわ。

あなたの言うことなんて信じられるはずないじゃない!」


 イベリスは驚いて言った。

「そんな前のことを、今でも根に持っているのか」


 ベラは、これ以上、彼と話しても仕方が無いと思った。

「分かったわ」

そして彼に背を向けて歩き出す。

「とにかく、収穫が終わったらあの小屋を返してもらうわ」


 イベリスも、

「喜んで返してやる!」と言って、自分の仕事に戻ってしまった。


 一部始終を見ていたスピルは、ほうっとため息を付いた。



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