3話 ベラの大いなる勘違い
小屋に戻ったベラは、ベッドの上に荷物を下ろし、自分もそこに座った。
ふーっとため息をつく。
横になりたいけれど、荷物が小さなベッドを占領している。
荷物を床に置けば、ドアを開けることが出来なくなる。
ベッドの横には、立派な机と椅子があった。
自分が横になれるほど大きな机は、このベッドが粗末だと言わんばかりだ。
なんでこんな物がここにあるのかと思う。
狭い部屋が、ますます狭くなったではないか。
それで荷物を机の上に乗せ、ベッドに横になると目を瞑り、イベリスに言われたことを思い出す。
彼女は、しっかりと怒られてしまったのだ。
感情は収まらず、不完全燃焼していた。
自分も腹を立てていたのだけれど、論理的に突っ込まれると混乱し、こっちが悪いような気もしてくる。
ベラは、「エルナト復興の責任感の無さ」を怒られたと勘違いしていた。
イベリスが怒ったのは、「ベラの身の安全」を心配したからで、
それは五年近くもラーウスの山を歩き回った彼女にとって、予想だにしないことだった。
イベリスが、「エルナトの復興は、君が始めたことだろう?」と言ったことも拍車をかけている。
ベラは、イベリスが戻って来た時点で、責任から開放されたのを気付いていなかった。
むしろ、「こんなに長く音信普通にしていたのは無責任だった」と深く反省し、
「これでは自分に、復興の責任があるとは言えない」と思ったのだ。
ベラは、アリアが看護学校で行き詰っていたのも思い出した。
イベリスから、動機について、セフェの海岸で指摘されていた。
自分も似たようなもので、同級生たちには煙たい存在だったかもしれない。
女学校から看護学校へ編入したのに、結婚するために辞めてしまったりした。
その結婚も、一年で終わっている。
プリオベール男爵にも、「やる気があるのか」と言われたことがある。
ノブレスト・オブリージュなどと言いながら、
自分のしたことは、周りに迷惑をかけることばかりで、未だに家族に顔も合わせられないでいる。
それに比べ、アリアはちゃんと看護学校を卒業し、仕事に就き、自分の意志で行動するようになった。
試行錯誤しながら、前へ進んでいる。
「では、自分は・・・」と思った。
「キラルの再来」と言われながら、言われた通りに動いていただけだ。
野山を駆け回り、薬草の知識がいくらか付いたくらいでいい気になり、
密猟騒動が終わってエルナトの復興を始めたばかりなのに、イベリスに憤慨して飛び出してしまった。
「いや」とベラは起き上がる。
自分が飛び出したのは、イベリスがこの小屋を占領したからではなかったのか。
ベッドは一人でも窮屈なのだし、二段ベッドを入れたとしても、上等な机は外に置かなければならない。
この机は邪魔だけれど、雨ざらしにするのはもったいないので、
イベリスの方を追い出したほうがいい。
どうしてあの時、彼をテントに寝させなかったのかと悔やまれてならない。
ベラは、自分が怒った別の理由も思い出し、手を見る。
がさがさで、薬草の汁で染まっていて、若い女性の手とは言えない。
自分と同じ年頃の娘たちの手はもっときれいだ。
彼女たちは爪のケアもやっていて、花の汁で染めている。
「そうだ、もっときれいにすればいいのだ」と思うのだけれど、
「誰のために?」との考えが浮かんだ。
「イベリス・・・」と思えば、なんだか悲しくなる。
「とうの昔に振られたのに・・・」と、自分を未練がましく思う。
そこらへんで、要点が、「仕事の責任」から「男」に摩り替わっていた。
実際には、彼女が怒ったのは、そこにあったのだけれど気付いていない。
ベラは、机の下の箱を取り出し、蓋を開ける。
「イベリスが箱に入れたんだったわ」と思いながら、中に入っている物を取り出す。
それも彼女が怒った原因だった。
ベラは、イベリスに、自分の物を触れられて恥ずかしかったのだ。
女性らしいものは何ひとつなく、服も、とても若い女性が着るようなものではない。
この数年間は、忙しくて服装をかまう暇は無く、キラルのお下がりをもらって着ていたほどだった。
ラーウス人の男性に関心を持たれたこともあったけれど、
それどころではなかったので、わざと格好にかまわないようにしていた。
そして密猟残党騒動が終わると、エルナトの復興のための費用が必要で、
引き続き服を買うこともせず、鏡もポケットに入る小さなもので顔全体は見えない。
こうして彼女の格好は、まさに田舎のオバさんスタイルで、
つくづく、これが「キラルの再来」の実体なのかもと思ってしまった。
せめてもの救いは、下着をこの小屋に置いていなかったことだとため息を付く。
それで思い立ち、プリオベール男爵の贈り物を広げてみることにした。
ベッドの上に、手鏡や櫛、髪留め、リボン、ドレスやスカーフなど、色とりどりの物を並べる。
それらは殺風景な小屋を華やかに彩り、晴れやかな気分にさせてくれる。
ドレスを取り上げてみた。
体系がたくましくなった彼女には、ちょっときつめだが、補正すれば着れる。
身なりに気をつけ、しっかりと仕事をしようと思う。
職業婦人として品位を持ち、イベリスに批判されないようにする。
ウィリディス王国の援助で、エルナトの復興は急速に進められるだろう。
堰止湖の補修も、かなり進んでいるに違いない。
イベリスは、ロセウスに戻らないと言っているけれど、それは分からない。
工事が終われば、「自分の役目は終わった」と言って、いなくなるかもしれない。
もしそうだとしたら、やはり自分はここにいて、エルナトを守らなければならない。
とにかく、イベリスが髪を切っても、ここに留まるという保障は無いのだ。
「これで勝負するわ!」
とベラはドレスを掲げ、声を上げた。




