6話 別れの涙
ベラは、アライゴ村へ向かっていた。
アリアも、ミユに別れを告げ、キラルに付き添われてアライゴ村へと向かっている。
最後の夜を、村の宿で過ごすのだ。
アリアがケフェルト村を出発したのは、従者のフィアマが痺れを切らしたからだった。
プリシラの所にいた彼女は、地震の後、案内人無しでもケフェルト村へ行くと言う。
プリシラも、これ以上、彼女を留めることはできないと思った。
二人は、岩場の手前の村まで、アリアとイベリスを迎えに行くことにする。
ところで、フィアマとプリシラは、不思議な友情を育てていた。
二人とも無愛想だし、情報集めや従者の仕事をそれぞれの国でしている。
そうしてお互いを探り合う内に共通点を見つけ、相手を尊重するようになっていき、
このゲームを楽しんでいたのだ。
ベラは川沿いの村人たちを誘導した後、エルナトへは戻らなかった。
堰止湖の応急処置は終わり、
イベリスは、叔父のアルや従弟のリュカと、今後のエルナトについて話し合っている。
ベラは、彼らが何を話しているのか気になるのだけれど、イベリスがロセウスに戻るだと分かっていた。
それに、自分の気持ちは決まっている。
一刻も早く、イベリスを追い出すことだ。
彼がどんなにエルナトの復興を反対し、邪魔したとしても、諦めることなどしない。
時間がかっても、エルナトを復興するつもりなのだ。
アライゴ村では、多くの者たちがベラを歓迎するために待っていた。
彼らはベラの働きを聞き、集まっていたのだ。
そしてイベリスが村へ着いた時、ベラは酒場で皆と祝杯を上げていた。
彼は、そんなベラを見て含み笑いをするのだけれど、何も言わずにいる。
ベラの方は、彼を無視する。
去って行く彼に、未練など見せたくない。
アリアも、この騒ぎを楽しんでいる。
そしてキラルがいなくなっているのに気付く。
彼女は、それもキラルらしいと思う。
そうして、アライゴ村の夜は更けていった。
朝になり、別れの時が来る。
ベラはアリアを抱擁して言った。
「こんな辺境の地に来てもらえるのは、いつになるか分からないけど、また来てね」
アリアも、しっかりと彼女を抱く。
それは彼女の存在を、改めて確かめるようだった。
「ベラ、わたしはここへ来て、驚くことばかりだったわ。
あなたにも驚いたけど、夕べのお祭り騒ぎにも驚いたわね」
「ああ、そのこと?」とベラは笑う。
「わたしは、皆が酔いつぶれるほどに飲む酒の肴ってことよ。
密猟者を追い払った時もそうだったし、ここの人は、何か事があるとこうして集まるのよね」
「それなのに、今朝は、あっという間に仕事へ戻っちゃったでしょう。
起きたら誰もいないんだもの。
まるで、あなたのことを忘れてしまったみたい」
ベラは笑った。
「ラーウス人が与えるのは、尊敬、ただそれだけ。
人を特別視しないのよね。
わたしにはそれが好きだし、尊敬は、最大の栄誉だと思うわ」
アリアはそんなベラを見て、
「あなたは、本当に、帝国の人間では無くなったのね」と言った。
「フィアマには、あなたを見つけたことを言わないでおくわね」
アリアが、フロースを見つけたことを隠しておくのは不可能なのだけれど、
密猟問題が解決したばかりのラーウスでは、しばらくは用心が必要だった。
しかも彼女は、エルナトの復興を初めているので、そのことも知られたくないのだ。
キラルは、フィアマに、別の事件に関する情報を与えることにし、
交換条件で、フロースのことを公にしないよう要求する。
帝国政府にとっては、フロースより、そちらの情報の方がありがたかったので、
この交換条件は、すぐに受け入れられた。
「イべリスはどうするの?」
アリアは、出発の準備をしているイベリスを見る。
ベラは笑って答えた。
「アリア、あなたは、どうしても私たちをくっつけたがるのね」
「だって・・・」
そんなアリアに、ベラは優しく言う。
「あなたの気持ちには感謝してるわ。
彼は何も言わないけれど、エルナトの復興を反対しないんだと思う。
内心、腹を立ててるでしょうけどね。
とにかく、わたしは、エルナトを守っていく。
イベリスは、ロセウスに戻って、王の助言者の仕事をする。
彼は、あの仕事が好きなのよ。
ラーウスやエルナトより、そしてフロースよりもね」
アリアは、ベラがフロースの名を言ったので驚いた。
ベラは、フロースではなく、別の人間として、ここで生きていこうとしている。
「それでいいんじゃない?」
アリアは、それを聞くとますます悲しくなる。
「そんな顔をしないで、アリア、わたしは幸せなのよ」
アリアは泣き出した。
そしてアリアは、涙をぬぐうと言った。
「あなたのご家族には、安全な時が来るまで、何も言わないでおくわね」
ベラは、寂しそうに笑う。
イベリスが、アリアに出発を告げた。
ベラは、わだかまりの無い別れをしようとして彼を見ると、優しく言う。
「ありがとう、村人の命を救ってくれて」
彼女のその笑顔は、晴れやかで美しい笑顔だ。
その時イベリスは、彼女をこのまま連れて行きたいと思ってしまった。
「ベラ、また会おう」
イベリスは笑顔で返す。
彼の、その笑顔があまりにも爽やかなので、
ベラは、初めてイベリスに会ったころを思い出す。
そして心の内で叫んでしまった。
「ああ、イベリス、イベリス、イベリス
どうして、あなたは行ってしまうの
わたしのそばにいてくれないの
わたしを愛してくれないの」
泣きそうになる。
ベラは、アリアとイベリスの後ろ姿を見送る。
アリアは、何度も振り返っていた。
そうして彼らが見えなくなると、ベラは自分の仕事へ戻っていく。
収穫期は、まだ続いている。
エルナトの復興のために、収入を得なければならない。
アライゴ村を離れながら、涙が止め処も無く溢れてくる。
周りには誰もいない。
今は、一人だから、泣けるのだ。




