5話 ミユの恋愛観
ケフェルト村は、いつもの日に戻ってしまった。
ベラとイベリスはいなくなり、キラルもどこかへ行ってしまったらしくて見かけない。
平和な昼下がりだ。
アリアは、ミユに森を散歩しないかと誘われたのだけれど、
二度ほど行っただけで、もう沢山だと思っている。
ミユの散歩は、普通の散歩ではないのだ。
とはいえ、ラーウスでは、これが普通なのかもしれないとも思う。
まず、ミユの歩く早さは駆け足のようだ。
付いていくのに必死のアリアは、これは散歩ではなくて軍の訓練かと思ってしまった。
しかも山の中の獣道を行く。
そして、崖は素手で登るし、木にも登る。
木の上では、両膝を枝に掛けて逆さまにぶら下がり、枝をブランコのように揺らす。
落ちたかと思ったら、飛び降りたのだそうで、見ている方は、はらはら、どきどきのしどおしだ。
川に飛び込み、いなくなったので流されたのかと心配していると、ひょいと川上から現れる。
「アリアは何も出来ないのね」とミユは言った。
そして、アリアにも同じことをやらせようと無理強いする。
散々な思いをしたアリアは、
「ミユは、怪我が治ったばかりじゃなかったの?」と言う。
こんな調子なので、ベラも同じ事をするのだろうか、と不思議に思う。
「ベラは大人だから、子供たちのようではないわよ」
ミユは、ベラがラーウス人ではないのを知らない。
「ベラは気配を消すんだけれど、ちょっと普通の人には出来ないわね」
アリアは、何がミユの言う普通なのかと思ってしまったが、そのまま聞いている。
「薬草の収穫期には、山や森は騒々しくなるのよ。
山の上から見ると、森のあちこちで木々が動いているのが見えるから面白いわよ。
毒蛇や獣が驚いて逃げるからいいんですって。
収穫期じゃなくても、山や森の中ではわざと音をたてるのよ。
だから密猟者は、わたしたちが近付いたらすぐ分かるのよね。
それでキラルおばあちゃんは、一人で密かに近付いて、密猟者を退散させるようになったのよ」
とにかく、ベラが、ラーウス人と競い合うことは無かったのだと分かった。
はっきり言って、無理だと思う。
「キラルは子供のころはどうだったのかしら」
「おばあちゃんは、どこか他所で生まれたんだけれど、ラーウスに戻されたんですって。
それから結婚して、おじいちゃんは議会の議員で、密猟者との騒動で死んでしまったのよ。
子供も、わたしのお母さん一人だけ。
まあそんなこともあって、おばあちゃんは、ベラトリックスと呼ばれるようになったのよね」
キラルは再婚しなかったのだろうかと、アリアは思う。
「再婚?
そんなことしないわよ。
奥さんが死んじゃった人でも見つけられたら、そのチャンスはあったけど、
ラーウス人は健康だし長生きするから、男やもめだなんてめったにいないわね。
それに、ここでは結婚は長続きするから、独身者は年寄りか若い人たちだけ。
子供たちを育てるために、夫婦は一致団結して仲がいいのよ、
もし浮気なんてしたら、殺されちゃうわよ。
そんな馬鹿なことにならないように、相手は慎重に選ばなくちゃね」
とミユは、得々と話を続ける。
さらに、「あの『メス』と言う表現は?」と聞くと、
ミユは笑って、
「あれは動物たちを観察してて、そう思ったのよ」と言った。
「強くて、美しいオスだけがメスを獲得できるだなんてロマンチックだわ。
メスにとって、厳しい自然界を生き延びれる子供を産むのはとても大切なことなの。
自分のメスを守れない、丈夫な子供も残せないなんてオスは、種の存続には役に立たないからね。
そしてメスをキープするために、オスたちは、ものすごい努力をするの。
ああ、そんな力強い素敵な男性に愛されてみたいわ」
それを聞いたアリアは苦笑する。
「ミユ、自然界は分かるけど、人間とは違うでしょう。
人の美しさは、もっと深い所にあると思うわ」
「分かってるわ。
それでわたしは怒られたんだから。
ただ、わたしは強い人に愛されたいの」
アリアは、「う~ん・・・」と思うが、
こんなことを話し合うには、自分も未熟すぎるような気がする。
実際、バーディに失恋し、カイにも今だ片思いで、熱烈に言い寄られた経験などない。
おまけに、自分の父親が皇帝陛下であることが妨げとなっている。
姉たちを見ても、この先、熱烈に言い寄られるチャンスなんてあるのだろうかと疑問だ。
そう思うと、ちょっと悲しくなる。
素敵な王子様に群がる女の子たちは多いけれど、
国の最高権威者の娘に言い寄る男の子なんて、かなり勇気がいるか、考えないかのどちらかだ。
野心家だったらいないこともないけれど、そんな男性は、こっちでお断りだ。
自分は、やっぱり愛されたい。
それで、ラーウスの若者たちの出会いはどこであるのかと聞くと、
薬草取りの時らしい。
ラーウスの結婚適齢期は、二十代後半だから、結構のんびりしている。
「早く結婚する人たちもいるけれど、子供が生まれてしまったら大変よ、自由はなくなるじゃない」
それはアリアも分かる。
あの乱暴な子供たちを育てるのは楽じゃない。
シングルマザーがあまりいないのも、その理由らしい。
「それに慌てて結婚したら違ってた、ていうのも困るし。
スピルは二十五歳で結婚して、セイリンは初子だからわたしのお父さんよりかなり若いわね。
セイリンも早くてもいいって言ってるけれど、わたしは、じっくり考えて決めるつもりよ。
それまでは、自分を磨くことに専念しなくちゃ」
ミユは、それが理由で、肌や髪、そしてファッションに関心があったのかとアリアは思った。
なんだかんだ言っても、ラーウスの女の子たちも必死なのだ。
「イベリスは、ウィリディスの王宮での教育だかなんだか知らないけれど、
ずいぶん大人しくされちゃったみたいね。
あんなんで、ベラを獲得できるのかしら」
アリアはそのミユの言い方が、何ともおかしいので笑いながら、
「王の助言者だから、ラーウスには戻れないでしょう」と言うと、
「なに言ってんのよ、そんなのは蹴飛ばして戻ってきたらいいじゃない。
おばあちゃんも、きっとそう思ってるわよ!」と過激なことを言う。
とはいえ、これはアリアも同意見だ。
ベラは、イベリスを追ってウィリディスに行くなんてことはしないだろうし、
二人が結ばれるためには、イベリスが帰ってくるしかないのに、彼もその気はなさそうだ。
「あ~あ!」とアリアは言って、
草の上に、ミユと大の字になって寝て、空を見る。
そして、今、イベリスとベラは、どうしているのだろうと思った。
雨季には、昼でも雨が降ることがあるので、
空の雲は、降らせようかどうしようかと迷っているようにも思える。
突然、遠くで、ずん・・・ずん・・と、大砲を撃つような音が聞こえた。
アリアとミユは起き上がり、その音は何なのだろうと思いながら聞く。
それは、エルナトの方から聞こえる音だった。




