4話 アルスラン - 過去の者との対話 -
イベリスは目が覚めた。
自分が、冷たい床の上に横たわっているのに気付く。
何が起こったのか、よく覚えていない。
覚えているのは、エルナト湖に行き、要塞に入ったことだ。
記憶が戻って来るようなのだけれど、混乱してしまっている。
突然、声がした。
「お前は、三十六番目の鍵を持つ者、イベリス・ライーニア。
わたしは、二番目の鍵を持っていた者、アルスラン・ライーニアだ」
声のする方には男が立っていた。
イベリスは、跪こうとする。
「跪く必要は無い。
わたしはホログラムで、すでに死んでいる。
お前に話しているのは、アルスランの姿をしたこの要塞のシステムだ」
イベリスは、自分が要塞に入った理由を思い出した。
「堰止湖が決壊するかもしれない。
今は、何時なんだ?」
「お前がここへ入って六時間が経つ」
「そんなに!?」
アルスランのホログラムは、声の調子を穏やかにして言った。
「心配する必要はない。
ベラが、指示に従って村人たちを誘導している。
それが完了したら、決壊を防ぐための応急処置を行う」
「ベラ・・・?」
イベリスは、記憶をたどる。
すると、今まで無かったはずの知識があるのに気付いた。
「ベラ・フロース・ディフォーレスト。
五番目に記録された女の名前だ。
彼女の名前は、このシステムに取り入れられたのか?
ラーウス人ではないのに?」
「そうだ。
四番目、お前の母親、カシア・ライーニアも異国人だった。
目的を達成するためには、ラーウス人も異国人もない。
我々は、すでに、自分たちの名前を捨てている」
イベリスは、自分たちをラーウス人と呼ぶようになる前、キトライン人と呼ばれていたのを思い出す。
それは忌み嫌われる名前だった。
「良い名前を失えば人は貧しくなるが、擁護すれば人を富ませてくれる。
それに、親は自分の子供に良い名前を付けようとするではないか」
アルスランは笑い、そして続ける。
「三番目の女の名は、キラル・バーニエ。
二番目は、」
「セフォラ・カッセル・ライーニアだ」
イベリスが答えると、アルスランは満足したように微笑む。
イベリスは眉をひそめた。
「最初の女の名前は・・・無い」
「その情報は、消去されている」
「誰が消したんだ?」
「その情報もない」
アルスランは、イベリスの記憶に満足すると言った。
「今のお前に必要な情報は、全て与えられた。
回復するまでに数日かかった者もいたが、早かったな。
では、自分の任務を遂行するように」
「待ってくれ。
エルナトはどうなる? 復興しなければならないのか?」
「それは、お前次第だ。
お前の父、セルーナ・ライーニア、三十四番目の鍵を持っていた者も、お前の自由にするとしている」
「だが、ベラがそれを始めてしまっている」
アルスランは、一瞬、データをチェックする。
そして答えた。
「彼女には、その自由が与えられている」
「それはおかしい。
わたしはロセウスに残り、エルナトを復興しないと決めたのだ」
「では、お前がする必要はない。
自分の任務を遂行しろ」
「わたしの任務とは・・・ラーウスを守ることだ。
ちょっと待て・・・」
イベリスは思い出す。
「王の助言者は、ラーウスのためにあったんだ!」
アルスランは、微笑する。
「そうだ、それはわたしが作った。
一番目の鍵を持つ者、セイリオス・ライーニアは、わたしの兄であり、我々をラーウスに導いた者だ。
ラーウスを守るため、賢者たちはウィリディリス王国を助け、ハルアミナ家が栄えるようにした。
彼らは知識を供給するのであって、国政には携わらない。
よって、お前がエルナトに戻るかどうかも自由だ」
「わたしは、アクィラ王と、王の助言者としての契約を結んでいる。
もうエルナトへは戻れない」
アルスランは、それがどうした、と言う風に答える。
「イベリス、法は万能ではない。
それは、時代や体制によって変化するものであり、契約も修正されることがある。
だが、原則は変わらない。
原則に従え」
「原則とは・・・愛だ」
アルスランは、うなずくと言った。
「ベラが、エルナトを復興するのも愛に基づいている」
「では、復興しようとしないわたしには、愛がなかったということか?」
「そうではない。
お前は、知識を活用した。
王の助言者は、知識を活用し、知恵を働かせ、結果を出すように王を助けなければならない。
知識があっても、それを活用できなければ、無いも同然だからだ。
お前は、自分の知識に基づいて論理的に考え、エルナトを復興しないことにした。
ベラは、愛に基づいて復興しようとしている。
どちらも正しい」
「では、わたしが持っている要塞の鍵はどうするのだ?
エルナトへ戻らないのであれば、鍵を持つ必要はない。
ベラに渡せばいいのか?」
「いや、鍵の責任は女には荷が重すぎる。
鍵は、将来の子孫のために保存されなければならない。
エルナトを復興しようとするベラを守るのもお前の役目だ。
イベリス、時代は変わろうとしている。
その変化は、お前が生まれる前から始まっていた。
お前は、そのためにロセウスへ送られたのだ」
「それは分かっている。
だからわたしは、ロセウスにいてラーウスを守ろうとしている」
アルスランは微笑する。
「そうだな。
お前の荷は重い。
一人で考えているだけでは駄目だ。
お前がラーウスへ戻れば、華やかさのない戦いをしなければならず、困難が待ち受けているだろう。
ラーウスを守るのをロセウスでするのか、エルナトでするのか、お前の自由だ。
自分の任務を遂行しろ」
それを言い終えると、アルスランの姿は消えた。
イベリスは、そのままそこに立っていた。




