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イベリス (Iberis)    作者: Naoko
3部 ベラ
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          4話 月あかり

 ベラとアリアは湯から上がり、洗い場に干してあった白いシーツで体を包んだ。

そして、アリアの泊まっている家へ向かって走り出す。


 「置いてきた服はどうするの?」とアリアが聞くと、

「盗む人なんていやしないわよ。

それより、誰かが洗ってくれると助かるわね」とベラは答える。


 二人は笑いながら家のドアを開けると、家の中からいい匂いがしてきた。

夕餉の準備がされていたのだ。

ベラは、食膳の豊かな食べ物を見て嬉しそうに言った。

「う~ん、気が利いてるわね。キラルかしら」


 「ここはあなたの家だったのね」

ベラは、皿の上の物を摘んで口にほおりこむとアリアを見る。

「そうよ、何もないけどね」


 アリアは、改めて、部屋の中を見回した。

「本当に何もないのね。

わたしは、ゲストハウスなんだと思ってたわ」

ベラは、ふき出して笑う。

「こんな所に、ゲストハウスなんか作ってどうするのよ」

そして、食膳の前に座り、食べ始める。

アリアは、彼女はなんて力強い食べ方をするのだろうと思った。


 アリアが立ったままなので、ベラは口にほおばりながら彼女を見上げる。

「早く食べなさいよ。

わたしはお腹がすいているから、あなたの分まで食べちゃうわよ」

「そんなことはさせないわ」

アリアも座って食べ始めた。



 この日の夜は、珍しく雲が無かった。

空には、満月の大きな月が一つ浮かんでいて、星は見えない。


 二人は満腹になると、食膳を脇に置き、シーツを着けたまま部屋の真ん中に寝転んだ。

開いている窓から、明るい月の光と、心地よい風が入ってくると、

窓に掛かったカーテンが揺れ、床の上に落ちた月の光も生きているように動く。

虫の音が聞こえてきた。


 「こんな遠くで、あなたと一緒に、床の上に寝転がっているだなんて信じられないわ」

とアリアが言った。

ベラが、くるっと振り返る。


 「そう、わたしたち、とんでもない所にまで来てしまったわね。

まあそれも人生だし、いいんじゃない?」

「あなたは、本当に変わってしまったわね。とても同じ人とは思えないわ」


 「そうよ、人は分からないわよ。

カイだってそうじゃない。

我が弟ながら、かなり変わってると思うわよ。

あのつかみどころの無い、わが道を行っていう性格はどうにかならないかと思ってたけど、

そこが魅力的なんでしょう。

あなたも変わってるわよ」


 アリアは、それを聞くと笑いながら目をくりくりさせる。

「カイは真剣になると、とても素敵なのよ」


 「それはごちそうさま。

カイとわたしは、父と二人の兄たちに押しまくられてたのよね。

だからカイは連邦国に逃げたんだけど、まあ、いずれは連れ戻されるでしょう。

わたしは父を尊敬していたけど、カイは反発してるから、これからが大変ね。

とにかく、あなたは、あの人たちと付き合っていくんだし、精々がんばりなさいね」


 「そうね、仕方がないわ。

わたしの立場は、どうにもならないんですのも。

今度はわたしが言うわね、あなたが羨ましいって」


 ベラは笑った。

「それは嬉しいわ」

「あなたは、ここで生きていくのね。

こんなに遠くて、一人で」


 「遠くて、一人ね・・・その言い方は、ちょっと寂し過ぎるんじゃない?

何か他の言い方は、」

とベラが眠そうに言いかけると、

「あーっ!」とアリアは大きな声を出して起き上がった。

「ミユが、『ベラはイベリスのメスだ』って言ったのよ。どう言うこと?」


 ベラは、眠そうな顔をしてアリアを見ると言った。

「しょうがないわね。

そんな言い方をするだなんて。

彼女も、そろそろ、色気づいてきたってことかしらね」


 「わたしは、ラーウス人はそんな風に考える人種なのかと思ってしまったわ」

ベラは笑った。

「まあ、そんな所はあるかも。

ここの人たちは、動物的なところを秘めているし」


 「あれから、素敵な男性には会わなかったの?」

「そうね・・・いなくもなかったけど、それどころじゃなかったのよね。

今は、エルナトのことで忙しいし。

しばらくは無理だわ。

どうせわたしは一度、結婚してるんだし。

あまりいい経験じゃなかったから、キラルのように生きてもいいかもとも思うわね」


 そしてベラは、窓の外の月を見た。

その大きく明るい月を見ながら、「月の王宮・・・」と思った。

アリアも振り返ると、その月を見る。

 


 「イベリスは、戻ってきたのかしら」

「戻って無いんじゃない?」と、ベラは言いながら伸びをする。

「今夜は、戻らないってこと?」


 ベラは、あくびをしながら、

「さあ・・・今頃、あちこちの山を登っているかも。

今夜は、珍しく晴れてるし、お月様は明るいし」と、意地悪そうに言った。

「どういうこと?」


 「う~ん・・・ラーウス人の男って・・・」

ベラが言いかけると、アリアは真剣な顔をしてベラを見つめる。


 「そうやって気分を発散させるのよ。ほら、子供みたいに」

アリアは、子供たちが騒ぐのを思い出して笑う。

ベラも、お腹を抱えて笑った。


 「そんな風に、夜中、走り回ればいいのよ。いい気味だわ。エルナトを去った罰よ」

「エルナトだけじゃなくて、あなたからもでしょう?」


 ベラは、けだるそうに両腕を床の上に組むと、それに頭を乗せ、笑顔を見せた。

そして、夢の世界にでも入っていくように、目を細める。

「どうかしらね・・・」

彼女の顔を、月のあかりが照らす。


 「それだったら、罰とは違うかも・・・

彼は、今夜、わたしを忘れるために森の中を歩き回るんだわ。

何時間も、何時間も・・・

そして朝には平静になって、王の助言者の顔に戻って、わたしのことなんかどうでも良くなるの。

それから、アクィラ王に仕えるために、あの『月の王宮』に戻っていくんだわ。

そんな人なのよ・・・」


 彼女は目を瞑ると、寝息を立て始めた。


 窓の外からは、木の葉が風で擦れ合う音が聞こえてくる。

アリアは、しばらく、眠ってしまったベラを見つめていた。

涙が、止め処も無く溢れてくる。


 「やっと見つけた」

と心の内で何度も繰り返す。


 そして、彼女に布団を掛けると、優しく言った。

「フロース、おやすみなさい。

ぐっすり眠ってね」


 アリアにとって、その穏やかな眠り顔は、

長い間さまよっていたフロースが、たどり着いた心の安らぎのようにも思える。


 そして今夜、イベリスは、この月の下、彼女の近くにいるのだ。



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