4話 月あかり
ベラとアリアは湯から上がり、洗い場に干してあった白いシーツで体を包んだ。
そして、アリアの泊まっている家へ向かって走り出す。
「置いてきた服はどうするの?」とアリアが聞くと、
「盗む人なんていやしないわよ。
それより、誰かが洗ってくれると助かるわね」とベラは答える。
二人は笑いながら家のドアを開けると、家の中からいい匂いがしてきた。
夕餉の準備がされていたのだ。
ベラは、食膳の豊かな食べ物を見て嬉しそうに言った。
「う~ん、気が利いてるわね。キラルかしら」
「ここはあなたの家だったのね」
ベラは、皿の上の物を摘んで口にほおりこむとアリアを見る。
「そうよ、何もないけどね」
アリアは、改めて、部屋の中を見回した。
「本当に何もないのね。
わたしは、ゲストハウスなんだと思ってたわ」
ベラは、ふき出して笑う。
「こんな所に、ゲストハウスなんか作ってどうするのよ」
そして、食膳の前に座り、食べ始める。
アリアは、彼女はなんて力強い食べ方をするのだろうと思った。
アリアが立ったままなので、ベラは口にほおばりながら彼女を見上げる。
「早く食べなさいよ。
わたしはお腹がすいているから、あなたの分まで食べちゃうわよ」
「そんなことはさせないわ」
アリアも座って食べ始めた。
この日の夜は、珍しく雲が無かった。
空には、満月の大きな月が一つ浮かんでいて、星は見えない。
二人は満腹になると、食膳を脇に置き、シーツを着けたまま部屋の真ん中に寝転んだ。
開いている窓から、明るい月の光と、心地よい風が入ってくると、
窓に掛かったカーテンが揺れ、床の上に落ちた月の光も生きているように動く。
虫の音が聞こえてきた。
「こんな遠くで、あなたと一緒に、床の上に寝転がっているだなんて信じられないわ」
とアリアが言った。
ベラが、くるっと振り返る。
「そう、わたしたち、とんでもない所にまで来てしまったわね。
まあそれも人生だし、いいんじゃない?」
「あなたは、本当に変わってしまったわね。とても同じ人とは思えないわ」
「そうよ、人は分からないわよ。
カイだってそうじゃない。
我が弟ながら、かなり変わってると思うわよ。
あのつかみどころの無い、わが道を行っていう性格はどうにかならないかと思ってたけど、
そこが魅力的なんでしょう。
あなたも変わってるわよ」
アリアは、それを聞くと笑いながら目をくりくりさせる。
「カイは真剣になると、とても素敵なのよ」
「それはごちそうさま。
カイとわたしは、父と二人の兄たちに押しまくられてたのよね。
だからカイは連邦国に逃げたんだけど、まあ、いずれは連れ戻されるでしょう。
わたしは父を尊敬していたけど、カイは反発してるから、これからが大変ね。
とにかく、あなたは、あの人たちと付き合っていくんだし、精々がんばりなさいね」
「そうね、仕方がないわ。
わたしの立場は、どうにもならないんですのも。
今度はわたしが言うわね、あなたが羨ましいって」
ベラは笑った。
「それは嬉しいわ」
「あなたは、ここで生きていくのね。
こんなに遠くて、一人で」
「遠くて、一人ね・・・その言い方は、ちょっと寂し過ぎるんじゃない?
何か他の言い方は、」
とベラが眠そうに言いかけると、
「あーっ!」とアリアは大きな声を出して起き上がった。
「ミユが、『ベラはイベリスのメスだ』って言ったのよ。どう言うこと?」
ベラは、眠そうな顔をしてアリアを見ると言った。
「しょうがないわね。
そんな言い方をするだなんて。
彼女も、そろそろ、色気づいてきたってことかしらね」
「わたしは、ラーウス人はそんな風に考える人種なのかと思ってしまったわ」
ベラは笑った。
「まあ、そんな所はあるかも。
ここの人たちは、動物的なところを秘めているし」
「あれから、素敵な男性には会わなかったの?」
「そうね・・・いなくもなかったけど、それどころじゃなかったのよね。
今は、エルナトのことで忙しいし。
しばらくは無理だわ。
どうせわたしは一度、結婚してるんだし。
あまりいい経験じゃなかったから、キラルのように生きてもいいかもとも思うわね」
そしてベラは、窓の外の月を見た。
その大きく明るい月を見ながら、「月の王宮・・・」と思った。
アリアも振り返ると、その月を見る。
「イベリスは、戻ってきたのかしら」
「戻って無いんじゃない?」と、ベラは言いながら伸びをする。
「今夜は、戻らないってこと?」
ベラは、あくびをしながら、
「さあ・・・今頃、あちこちの山を登っているかも。
今夜は、珍しく晴れてるし、お月様は明るいし」と、意地悪そうに言った。
「どういうこと?」
「う~ん・・・ラーウス人の男って・・・」
ベラが言いかけると、アリアは真剣な顔をしてベラを見つめる。
「そうやって気分を発散させるのよ。ほら、子供みたいに」
アリアは、子供たちが騒ぐのを思い出して笑う。
ベラも、お腹を抱えて笑った。
「そんな風に、夜中、走り回ればいいのよ。いい気味だわ。エルナトを去った罰よ」
「エルナトだけじゃなくて、あなたからもでしょう?」
ベラは、けだるそうに両腕を床の上に組むと、それに頭を乗せ、笑顔を見せた。
そして、夢の世界にでも入っていくように、目を細める。
「どうかしらね・・・」
彼女の顔を、月のあかりが照らす。
「それだったら、罰とは違うかも・・・
彼は、今夜、わたしを忘れるために森の中を歩き回るんだわ。
何時間も、何時間も・・・
そして朝には平静になって、王の助言者の顔に戻って、わたしのことなんかどうでも良くなるの。
それから、アクィラ王に仕えるために、あの『月の王宮』に戻っていくんだわ。
そんな人なのよ・・・」
彼女は目を瞑ると、寝息を立て始めた。
窓の外からは、木の葉が風で擦れ合う音が聞こえてくる。
アリアは、しばらく、眠ってしまったベラを見つめていた。
涙が、止め処も無く溢れてくる。
「やっと見つけた」
と心の内で何度も繰り返す。
そして、彼女に布団を掛けると、優しく言った。
「フロース、おやすみなさい。
ぐっすり眠ってね」
アリアにとって、その穏やかな眠り顔は、
長い間さまよっていたフロースが、たどり着いた心の安らぎのようにも思える。
そして今夜、イベリスは、この月の下、彼女の近くにいるのだ。




