2章 異国人 1話 プリシラ
王国専用機は、ラーウスのサライに着陸した。
アリアは喜び勇んでラーウスに降り立つ。
そして、胸いっぱいに新鮮な空気を吸った。
雨季に入ったラーウスの空気は湿っぽい。
雨季と言っても、人々が住んでいる辺りは、夜中に雨が降り始め、朝になると止むので、
一日中、雨が降るのは稀である。
それでも川や湖の水量は増し、霧が消えるのは、乾季より遅くなる。
アリアたちが着いたのは昼過ぎだったので、雨は止んでおり、空はどんよりしていた。
空港の外れでは、ケフェルト村へ向かう者たちが準備をしている。
案内人が一人、警護を兼ねたポーター四人、三頭のロバ、そして、
一人の女が、彼らをまとめているようだった。
イベリスは、その五人の男たちをアリアとフィアマに紹介し、それからその女を、
「キラルの友人のプリシラだ」と言った。
プリシラは目礼しただけで、そのまま荷物をロバの背中に積むのを続ける。
アリアは、プリシラがキラルの友人であれば、ベラについても知っているに違いないと思った。
ところが彼女は忙しくしていて、アリアが話しかける隙を見せない。
わざとアリアを無視しているのかもしれない。
雰囲気はフィアマに似ていて、彼女より少し年上に見える。
プリシラを姉だと言ったら、人は信じるかもしれない。
フィアマも、アリアの荷物を点検するのに忙しい。
仕方が無いので、アリアは、彼らの準備が終わるのを待ちながら周りを歩いていると、
ふと、別のロバの荷馬車に、銃が乗っているのを見つける。
それがどうも、ラーウスとは不似合いのようで、なんとなく見つめていると、
イベリスが近付いてきて言った。
「プリシラは、三百メートル先のものでも軽く命中できるんだ」
アリアは驚いて、
「ラーウス人は武器を持たないと聞いていたのだけれど」と言うと、
丁度、荷馬車の荷物を取りにやって来たプリシラが、
「あたしはラーウス人じゃないからね」と、ぶっきらぼうに答える。
アリアはプリシラを振り返って叫ぶ。
「ラーウス人じゃない!? じゃあ、ミラ・ラスクを知らない? フロースって名前は?」
プリシラは、アリアを見ると、
「そんな名前の者は、ここにはいないよ」と答える。
そして、荷物を取ると、さっさと行ってしまった。
アリアは、そう簡単にフロースを見つけられるとは思ってなかったのだけれど、
「やっぱり・・・」と思って肩を落とす。
イベリスは、そんなアリアを慰めるように言った。
「プリシラは、かなり前に、キラルが他所から連れて来たんだ。
射撃は、威嚇だけで相手を怯えさせる腕を持っていて、密猟残党狩りの時は活躍したそうだ。
キラルは、ラーウスで死人が出るのを好まないからね。
それはラーウス議会も同じだけれど、プリシラには銃を持つのを許可しているんだ。
彼女は、かなり無愛想だけど、こうして準備をしてくれるのだから、
キラルに会うのも期待できると思うよ」
そのようにイベリスが説明するのを、アリアは驚きながら聞いている。
彼の口調が、ずいぶん違うのだ。
もちろん、自分が『アリア』と呼んで欲しいと言ったのだけれど、雰囲気がまるで違う。
以前、ラーウスへ来た時も同じように感じた。
それは、久しぶりに故郷へ戻ったイベリスの、屈託の無い素顔だと思った。
アリアは、イベリスが上下関係を無くし、
自分を仲間として見てくれる新鮮さに浮き浮きする。
イベリスも、ラーウスへ戻ってきて気持ちが弾んでいるのを感じていた。
彼自身も驚いているのだけれど、心が晴れ晴れとしている。
それは、渡り鳥が、自分の生まれ故郷を知っている様なものなのかもしれないと思う。
イベリスは、改めて、自分はここで生まれたのだと思った。
アリアは、自分の荷物をプリシラの所へ持っていき、恐る恐るプリシラに聞いた。
「あの、あなたは、わたしたちと一緒に行くのですか?」
プリシラは、荷物を積み終えたロバの尻をポンと叩き、
「いや、行かない。
あたしは、あんたを見に来ただけなんだ」と答える。
アリアは、「自分を見に来た」とはどう言う意味だろうと思う。
そしてプリシラは、フィアマを見て、
「あんたは、ロセウスへ戻るのかい?」と聞いた。
アリアが、
「彼女はわたしの従者ですから、一緒に行きます」と答える。
プリシラはアリアを振り返り、しばらく黙っていた。
イベリスがやって来て、
「フィアマは、アリアのボディガードだ」と言った。
プリシラは笑い出す。
そして、アリアに向かって言う。
「彼女が行ったら、キラルはあんたに会わないよ」
イベリスも、それは、初めからフィアマに警告したことだった。
とは言え、帝国側の言わんとすることも分かる。
彼には、プランAがだめでもプランBがあり、それでユリアンではなくフィアマを連れてきたのだ。
つまり、フィアマをプリシラの所へ残すということだった。
イベリスが二人に提案すると、プリシラは驚き、フィアマは怪訝な顔をする。
そして押し問答の末、プリシラは、フィアマを受け入れることにした。
異国人のプリシラも、キラルのボディガードをしており、フィアマの立場を分からないことはない。
アリアは、彼らの言い合いを聞きながら、キラルはどんな人なのだろうと思っていた。
プリシラと同じような感じの人なのだろうか。
それに、キラルの弟子と言うベラも、無口らしいので、
プリシラのように無愛想なのかもしれない、と思ったりする。
アリアは、前にここへやって来た時、ラーウス人の雰囲気を気に入っていた。
彼らは、アリアを観察していたけれど、親しみやすかった。
それとプリシラの雰囲気は違うので、彼女が異国人なのだと分かる。
ベラが、普通のラーウス人のようであって、穏やかな人であって欲しいと願った。
アリアは、自分の荷物をロバに乗せる。
全ての荷物は積まれ、準備は終わった。
陽はまだ高い。
こうして、ラーウスの奥地へ入る旅が始まった。