2話 不思議な恋
アリアとイベリス、そして五人の男たちは、三頭のロバを従えて出発した。
サライを出ると、道はすぐに坂になり、それを登ったり降りたりしてケフェルト村を目指す。
アリアは、早々とロバに乗ってしまった。
ポーターたちが抱える荷物は重いので、ゆっくりと歩いているのに、
それでもアリアにとっては早過ぎるのだ。
その内にお尻が痛くなったので、ロバを降りて歩く。
結局、歩くのが一番遅いアリアに合わせて進むことになる。
「これじゃあ、二日以上かかりそうだわ」と休んでいたアリアは、がっかりしながら言った。
イベリスは笑いながらそれに答える。
「これで、慌てても仕方が無いと言う意味が分かっただろう」
そして彼は、アリアの疲れを癒そうと、可愛い花の咲いた薬草を見せては、その名前を教える。
アリアは、それを摘んだり香りを楽しみながら歩くことにする。
夕方になると平地を見つけてテントを張り、そこで最初の夜を過ごす。
二日目は岩場の多い所となり、道も狭く、時には足を滑らせないように気を付けて歩いていく。
もちろんアリアは、怖くてロバに乗ることなどしない。
そんな岩場にも、小さな花が咲いているのを見つけては、植物の生命力を感じて感心した。
香りの良さそうな花を摘むと、胸のポケットに入れる。
時々、イベリスが、土地の様子を説明してくれるので、
アリアにとって励みになっていた。
「ここは、かなり前に火山の噴火があっんだ。
斜面に陽が当たって土地が乾いているから、他の場所とは全く違うね」
アリアは、家庭教師をしてもらっていた時の楽しさがよみがえって来るようでわくわくする。
岩の中には、穴が開いているものもある。
「もう、噴火はないのかしら」とアリアが言うと、イベリスは、
「今の所、ここは大丈夫だけど、ほら、西の方には噴煙が上がっている山もある」
とイベリスは言って、彼の指差す。
その方を見ると、連なった山の稜線の向こうに、煙が上がっているのが見える。
その山は見えないのだけれど、煙は、上へ向かって伸び、
途中で上空の風に吹かれるらしく、横にたなびいていく。
それからしばらく歩くと、大きな岩山を回るように道が上っていき、
イベリスが、アリアに手を差し伸べることが多くなる。
次第に、アリアは、イベリスを、意識するようになっていった。
ラーウスは、湿気が多く蒸し暑いので、乾燥してる所の方が楽なのだけれど、
影もなく、照り返しがある岩場での暑さは尋常ではない。
のどは渇き、体温が上がっていく。
アリアは、自分の下腹部が熱くなっていくのを感じた。
状況が、体に何か影響しているようで、月のものの心配は無かったはずなのにと心配する。
めまいもし始め、休むことが多くなっていく。
結局、その日の内に岩場を越すことができず、そこで夜を明かすことになってしまった。
食欲もなくなり、アリアは、はっきりしない頭を岩壁によりかけて休んでいる。
陽が傾くと、気温が下がり始め、今度は寒くなっていく。
ポーターたちが、寝袋をハンモックのようにして、岩壁に取り付け始めた。
アリアは、それに驚く。
「この中で寝るの!?」
イベリスは、仕方が無いという風に言う。
「平地がないからね。
まだ先は長いし、暗くなれば足元も見えなくなるから、これ以上進むのは危ない」
アリアはどうして良いのか分からなくなり、寝袋を準備している彼の手を取ると言った。
「イベリス、わたし、寒いの」
イベリスは、アリアが感情的になっていると思い、宥めるように優しく言う。
「アリア、寝袋は暖かいし、しっかりと固定するから大丈夫だ。落ちないよ」
彼女は、イベリスが自分を「アリア」と呼んでくれたので、怖さを忘れて嬉しくなってしまった。
彼の気さくな話し方はとても魅力的で、親しみを感じるのに、
「アリア」と呼ぶのが慣れないらしく、そう呼んでくれないのを寂しく思っていた。
アリアの手が冷たくなっているので、イベリスが彼女の手に息を吹きかける。
それから彼女の体をさすり、なだめ透かすように彼女を寝袋に入れると、
「君が眠るまでここにいるから」と言った。
アリアは、イベリスの胸に顔をうずめ、
「抱いて!」と言った。
次の朝、アリアが目を覚ますと、
イベリスは、岩壁に取り付けられた寝袋に、蓑虫のように入っている彼女を抱えて眠っていた。
薬草の収穫期は雨季になるので、岩場でも朝方には雨が降るのだけれど雨量は少ない。
彼らの場所は、道の上に岩棚が張り出しており、二人は濡れていなかった。
「イベリスは、わたしを守ってくれていたんだわ」
とアリアは胸をときめかせ、まだ眠っているイベリスを見つめる。
しばらくすると、ポーターたちが起きてきて朝食の準備を始め、イベリスも目を覚ました。
イベリスは、頭を振ると背伸びをし、出かける準備を始める。
アリアは、イベリスの一部始終を見ながら、
自分が変になっているのだと分かっていた。
それでも、彼から目を離すことができない。
「わたしはイベリスに、恋しているのかしら?」と思い始める。
「そんなはずは無いわ。わたしが好きなのはカイなのよ・・・」
アリアは、ロセウスへ行く前に、カイの所へ寄ったのだけれど、
彼は、何かの研究で忙しく、
姉のフロースの情報を聞けたことへの感謝を述べると、さっさと行ってしまった。
タイミングが悪かったと言えばそうなのだけれど、
それでもアリアは、カイが彼女に向けた一瞬の笑顔に、どきりとしたのを思い出す。
それなのに、今、イベリスに、自分がのめり込んでいくのが分かる。
イベリスは、アリアを守るという仕事をしているだけなのに、
そのことをすっかり忘れているのだ。
とにかく、アリアは、自分の気持ちに戸惑い、
「カイは、わたしのことなんかどうでもいいんだわ。
イベリスの方が、ずっと優しい。
あ、イベリスは、フロースが好きな人なのに・・・どうしよう」と、支離滅裂なことを考え始める。
そして彼に対して抱いていた悪感情は、どこかに消えてしまっていた。
アリアの様子がおかしいので、イベリスは、
「アリア、大丈夫か?」
と言うのだけれど、アリアはとろんとした目で彼を見つめるだけだ。
イベリスは、手を彼女の額に当て、もう一方の手を自分の額に当ててみる。
「熱はないようだ」とイベリスが言うと、アリアは、
「わたし、体が熱いの」とイベリスの腕にしがみつく。
イベリスは、
「困ったな。とにかく急ごう」と言って、出かける準備をする。
夢うつつのアリアは、イベリスに手を引かれて岩山を登っていく。
そうして、しばらくすると、やっと岩場を抜けられたようで、森への入り口が見えてきた。
イベリスは、アリアを振り返ると、
「アリア、あそこで少し休もうか」と言った。
アリアは、その優しいイベリスの笑顔に耐えられなくなり、彼の手を放し、両手を顔で覆い、
「ああ、イベリス! そんなに優しくしないで! わたしにはカイが・・・」
と、苦しみの叫び声を上げそうになる。
その瞬間、イベリスが、
「アリア!」と叫んで彼女の体をしっかりと抱いた。
アリアは、「えっ?」と驚き、
「これは・・・恋なの!?」と思った。




