7話 結束
アリアは、ラーウスの民族衣装を気に入っていた。
シンプルで機能的でありながら、美しかったからだ。
上下服の生地は、伸縮性と通気性があり、体の線に沿いつつ、ゆったりと作られていた。
上の丈の長さは自由で、長ければ帯を結ぶこともある。
下はズボンなのだけれど、幅を広くしてスカートのようにもできるのだ。
その上に、ひざ丈の外衣を羽織る。
温暖気候なので軽い素材の生地で作られていて、アリアが気に入ったのは、この外衣だった。
色とりどりの糸で刺繍がなされており、パッチワークもある。
ラーウスの女性たちは、デザインと裁縫の腕で美しさを競うので、その技術は高い。
たくさんのポケットもあり、色々なものを持ち歩ける。
それを工夫するも、女たちの腕の見せ所だった。
出発の朝となり、イベリスとアリア、そしてフィアマは、ウィリディス王国専用機に乗り込んだ。
アリアは、これでやっと惑星ラーウスへ行けるとほっとしながら、目の前に座っているイベリスを見る。
彼は、王宮でのやり残した仕事を終わらせようとしていた。
イベリスも、ラーウス人の服を着ている。
それはアリアにとって、いくらか気が楽だった。
アリアは、この格好の方がイベリスには似合うのにと思った。
イベリスの長い髪は気に入らないのだけれど、それは仕方が無いので見ないことにする。
アリアは、イベリスのエスペビオスにいた時の格好も思い出した。
それも彼に良く似合っていた。
下を向いているイベリスの髪が、はらりと前に落ちてきたので、手でかき上げる。
彼は、髪が顔にかかるのが気に入らないらしく、短い髪の時も、こうしてかき上げていた。
アリアは、フロースが、それを見ていたのを思い出す。
いいと思ったのに、フロースとお似合いだと思ったのに、と思うと切なくなる。
イベリスは、仕事を終えても、そのまま考え込んでいた。
フロースが誘拐された時、キラルに問い合わせたのを思い出す。
キラルからの答えは無かったのだけれど、アリアにはその事を知らせないでいた。
そしてこの三日間、ラーウス人だというミラ・ラスクについて調べていたのだ。
彼女が、ヴァルハイ号をリアマで降りたのは、簡単に調べられた。
ところが、その後は、忽然と消えてしまっている。
リアマからラーウスに向かったはずなのだけれど、
四年半も前の記録は、リアマにもラーウスにも残っていない。
彼女がラーウスへたどり着いたのかどうかさえ、確かめられないでいる。
サライでは、彼女を見た者などいないのだ。
分かっているのは、二日後、従者のバルナ人が同盟国から出たことだけだった。
イベリスは、その同じ時期に、キラルがプリオベール男爵と契約を結んだこと、
それから密猟組織壊滅となり、
情報提供者によって、ミラが情報を流したとの疑いがあることから、
フロースが、この一連の事件に巻き込まれたのだと確信している。
それにあのバルナ人。
フロースは、なぜバルナ人と一緒にいたのか。
そいつがフロースに何かしたのか。
それを考えると、イベリスは、いてもたってもいられなくなる。
「イベリス、大丈夫ですか?」
アリアは、イベリスが厳しい顔をしているので、心配になって聞いた。
イベリスは、アリアに笑顔を見せると、
「何でもありません」と答える。
その時、フィアマが化粧室に行っていたので、アリアは思い切って、
「イベリス、あなたは、今でもフロースのことを思っているのですか?」と聞いた。
イベリスは驚いたが、
「フロースが見つかればいいと思っています」と答える。
「そうだけど・・・」とアリアは言って、言葉に詰まる。
イベリスは、
「彼女のことを思っていたとしても、何も変わりません。
彼女を見つけたら、帝国へ帰すだけです」と言った。
彼の口調は、無味乾燥だ。
アリアは、それにむかつくのだけれど、フロースが言ったことも思い出す。
フロースの結婚式の日、バーディがフロースに「逃げよう」と言った時だった。
「何も変わらない」
この言葉は、アリアが彼らに対して抱いていた、ほのかな希望を打ち砕いてしまう。
イベリスは、今でもフロースを受け入れるつもりはない。
彼は、仕事を選んだのであって、それは男として当たり前の事なのだ。
その仕事は、彼にとって挑戦的で、やりがいのある仕事だった。
アリアは、そういう風にイベリスが思っているのであれば、
彼の言うとおり、フロースを捜し出し、連れて帰るまでだと思う。
「イベリス、あなたなんかにフロースを渡すものですか」と決心するのだった。
フィアマが戻ってきたので、ムカムカしていたアリアは、話題を変えることにして言った。
「アクィラ王が、『ラーウスから早く帰って来い』って言ったのだけれど、
コンテストがどうのこうのって、いったい何のことかしら?」
イベリスは、「ああ・・・」と心でため息をつきながら、
「今度、新製品のコンテストがあるので、
姫様にも参加してもらい、何か良い案があったら、ということです」と答える。
「そうなの? 何か、面白いことをするからですって。
面白いって、何なのかしら・・・」
「姫様」とイベリスは言って、その『良い案』の内容には触れないことにする。
「そんなことより、今は、ラーウスです」
アリアも、「そうだわ」と思いなおす。
フロースを見つけるために、イベリスやアクィラにかまっている場合ではないと思う。
それでアリアは、
「では、これからわたしを『姫様』と呼ぶのは止めてください。
ラーウスで、帝国の権威が通用しないのであれば、わたしはもう姫ではありません。
普通の人として接して欲しいのです。
ですから、どうか、『アリア』と呼んでください」と言った。
イベリスは困惑し、「アリア・・・ですか?」と聞く。
アリアは、その大きな目の焦点を、しっかりとイベリスに合わせ、
「そうです。アリアです」と言った。
この時イベリスは、
ウィリディスにいようと、ラーウスにいようと、
自分の問題は変わらないのかもしれない、と思ってしまった。
状況は、アクィラ王から、プリンセス・アリアに移行しただけではないかと。
実際に、そういうことになるのだけれど、彼には想像もつかない。
さらには、イベリス自身が撒く種もあり、
そっちは彼が生きているうちには明らかにならなかったので、
本人がその騒動を知ることはなかった。
とにかくイベリスは、アリアが来るまで、フロースのことを考えなかったはずだと思った。
今、彼は、フロースに何が起こったのかを知りたいと、強く願うようになっている。
そしてイベリスは、プリオベール男爵との問題があった時、
キラルに会おうとしなかったのは失敗だったと思っている。
彼女に会っていたら、フロースのことを聞いていたはずで、それをアリアに伝えられたからだ。
キラルが、「フロースのことは知らない」と言ってくれればそれで良かったのだ。
いや、キラルが、ミラ・ラスクの名前で同盟国へ入ったフロースを知らないはずは無い。
知っているのだ。
それなのに、ミラ・ラスクは、ラーウスにはいない。
ミラは死んだのかもしれないし、そうであれば、フロースも死んでいる可能性はある。
だからキラルは知らせなかったのだろうか。
それとも、ラーウスとは関係のなくなった自分に、知らせる必要などないと言うのか。
だとしたら、理由は分かっている。
プリオベール男爵だ。
そして、どんなに考えても、
「ベラに会わなければ答えは出ない」という振り出しに戻っていく。
イベリスは、「何が何でもベラに会わねば」と心を新たにし、
「キラルにも対面しよう」と思った。
ウィリディスが、どれだけ損失を被ったかを考えれば、
いつまでも、キラルの思うようにさせておけない。
こちらが主導権を握るのだ。
「では、これから姫様をアリアと呼びましょう」とイベリスは答える。
アリアは、横で驚いているフィアマを無視し、にっこりしてイベリスに手を差し出すと言った。
「ラーウスで、一緒にフロースを探しましょう」
イベリスも微笑み、二人は握手する。
こうしてアリアとイベリスは、それぞれの思惑はあったけれど、
結束することにしたのだ。




