5話 いらだち
アリアは、ロセウスに降り立つとゲートへと急いだ。
出口には、大使館員、そして、イベリスが迎えに来ていた。
アリアは、イベリスを見ると、急に怒りを覚える。
「あの長い髪! 長いローブ!」
その感情は、彼女の胸を締め付ける。
それは、アリアがフロースと共に見た、イベリスの最後の姿を思い出させていた。
その時、彼の髪は短かったのだけれど、長いローブは良く覚えている。
フロースは、そのローブを見て彼を諦め、オーデン伯爵と結婚し、みるみる衰えていき、
自由になっても悲しみは消えず、挙句の果てに誘拐されてしまったのだ。
アリアにとってイベリスは、心優しいフロースを苦しめた男にしか思えず、
それはこの五年間、彼女が彼に対して思っていたことだった。
アリアは、大使館員の挨拶を受け、イベリスを見ると、
「あなたがいることを認識しています」とでも言うように、軽く目を伏せただけだった。
そして、
「では、ラーウスへ向かいましょう」と大使館員に言った。
大使館員は慌てて、「姫様、今日は一旦、大使館へ向かい、そこでお休みください」と答える。
アリアは憤然として、
「わたしは、連邦国から直接こちらへ向かうので、
すぐにラーウスへ行く準備を整えておくよう伝えていたはずです。
わたしは、ここで待ちます」と言った。
そして、慌てる大使館員と押し問答を始める。
従者のフィアマとユリアンは、黙って二人の会話を聞いていた。
彼らは、アリアの言う事に耳を傾け、何を怒っているのかを知ろうとする。
その怒りは、すぐにラーウスに行けないことではなく、他にあると思ったのだ。
彼女を含め、誰もが、すぐにはラーウスへ行けないのを知っている。
イベリスも、しばらくの間、この会話を聞いていたのだけれど、終に、
「姫様、どうぞ彼の言葉に従ってください」と言った。
アリアは、そんなイベリスに、更なる怒りが込み上がってくるのを感じる。
顔を合わせるのも忌々しかったので、彼を見ないで、
「ここで待ちます」とだけ言った。
するとイベリスは、
「それでは、姫様の安全を守るのが難しくなります。
そのための警護をしなければならず、空港にも迷惑がかかります。
そのことは、姫様が、一番良くご存知だと思いますが」と言った。
アリアはイベリスを見た。
そして、今、イベリスが言ったのは、
「セフェの海岸でフロースが誘拐されたのは、わたしのせいだと言いたいのだわ!」と思った。
それはアリアが、深く後悔していることだった。
自分の軽率さで、フロースは間違えられて誘拐されたのだと、何度も言われている。
彼女は、そのことを、イベリスからだけは言われたくなかった。
アリアは、「イベリス、あなたがフロースを傷つけたのよ!」と言ってやりたかったのだ。
それなのに、今、彼は、フロースがさらわれた責任を自分に突きつけ、攻めている。
急に、アリアの目から大粒の涙が溢れ、彼女は言葉を失ってしまった。
結局アリアは大使館へ行くことになり、イベリスは、大使館の車が空港から出るのを見送った。
アリアは、車の中で泣きながら、
「イベリスが、わたしを攻めるのは仕方の無いことだわ」と思った。
「どちらにしても、イベリスとフロースは愛し合っていたのだし、
イベリスは、わたしのことを腹立たしく思っているのでしょうね」と反省する。
アリアが感情的になったのは、イベリスのローブを見たからで、
イベリスがその格好で現れたのは、正装だったから仕方がなかったのだとも思い直す。
イベリスは、空港から戻る車の中で、ラーウスへ行く準備の計画書を作成していた。
そしてふと、彼女は、なぜあんな突拍子も無い行動を取ったのだろうと思った。
「きっと、ラーウスの近くまで来たので、気持ちが高ぶっていたのだ。
まあ、それも分からないでもないが、ラーウスが逃げる訳でもなし、
四年半も前の情報を調べるのだから、今更、急ぐことでもない」
と思い、アリアが感情的になったのは、自分のせいなどと思いもしなかった。
イベリスは、フロースのことより、アリアの安全を考えていた。
そして、あの誘拐事件で自分を反省し、改善したのは立派だと思っている。
帝国の姫でありながら、あちこちへ自由に出かけられるだけでもすばらしい。
十六歳の頃からしたら、成長したものだと感心している。
そして、彼女は感情的になっても、すぐに状況を理解し、従ってくれたのは良かったと思った。
泣くほどのことでもなかったのに、とも思うのだけれど、
アクィラ王も、このくらい自覚してくれれば助かるのに、と思ったりする。
それに、あのコンテストに係わらなくてすむので、彼女に感謝したいくらいだった。
「とにかく、十分に準備しなければ」とイベリスは準備計画に戻る。
「この計画を聞いたのは今朝だったし、今やっている仕事も急いで片付けなければならない。
しなければならないことは山ほどあるな」と思い、
アリアのいらだちについて、それ以上、考えることはなかった。
アリアは大使館に着くと、特命全権大使に迎えられ、
ラーウスへ案内するのはイベリスだと聞かされた。
彼女は、出来れば、イベリスと行きたくないと思ったのだけれど、諦めることにする。
ここで再び感情的になっても仕方が無い。
大体、フロースを裏切ったイベリスを連れて、彼女を捜しに行くのはどうかとも思う。
いや、フロースは嬉しいかもしれない。
そうだとしたら、イベリスのいるロセウスは、そんなに離れていないので、
フロースが出て来ないのはおかしいことになる。
もし彼女がラーウスにいなければ、当たり前のことだ。
それは彼女が、ロセウスに着く前から考えていたことで、
なぜ同盟国なのだろうか、密猟組織問題と係わっているのだろうか、
四年半もの間、音信普通なのだから、その間に殺されでもしていたら・・・
と、どんどん良くない方へ考えたりする。
とにかく、早くベラに会って、ミラのこと、フロースのことを聞きたいと思う。
それでイベリスに、ベラについて少しでも聞きたいと思っているのに、彼は現れない。
「あれから三日経つのに、イベリスは何の連絡もよこさないなんて!」と、またいらだち始める。
何の連絡もない、と言うのは大げさだ。
とはいえ、「準備している最中」との知らせだけだったのだ。
「イベリスを呼んで頂戴!」と言って、痺れを切らしたアリアは使いを出す。
すると、「準備が整いました」と言う連絡が入れ違いに入ってきた。




