↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イベリス (Iberis)    作者: Naoko
2部 ミラ
PR
51/101

          5話 欺かれた者たち

 「やっぱりあの女は、頭がいかれちまってるぜ」

キドは宿の部屋のドアを開け、腹ごしらえをしていた仲間の一人に言った。

その男は振り返ると、ひゃっひゃっと下品な笑いをしてそれに答える。

「マルクも手を焼いてるんだ。いい気味さ」



 リアマは、ヴァルハイ号が最後の乗客を降ろした惑星だった。

そこへ降りた後、キドと二人の男たちは、ミラとマルクを追いかけ、

上手くミラをさらったと思ったのに、マルクを出し抜くことが出来ず、悔しい思いをしていた。

キドたちは、次の機会を狙おうとミラとマルクの後を追い続け、

そして空港に着くと、キドだけを残し、他の二人は宿へ引き上げたのだった。



 彼らは、最近のプリオベール男爵の動きに警戒していた。

スパイスの事業で、ラーウスのキラルと交渉したがっているのも知っている。


 キラルと交渉するのは難しい。

彼女は山の中に住んでいるし、例えラーウスを出たとても、どこにいるのかさえ分からない。

彼らも、長い間、キラルを追っているのだけれど、見つけられらいでいる。

それで皆は、男爵がキラルと交渉するのは無理だと思っていた。


 ところが男爵は、どこから拾ってきたのか、一人の女をラーウスへ送り込もうとする。

「売春宿から買い戻した女だ」と言うのだけれど、

偶然にも、ザシャの一味が乗るのと同じヴァルハイ号なのだ。

それが偶然なのか、狙ったのかを調べる時間はなかった。

彼らも、ヴァルハイ号に乗るのを決めたのは、前日だったからだ。


 ヴァルハイ号は、曰く付き輸送船の一つで、身元を探られたくない者たちにとっては都合が良く、

ミラのような女を乗せるのには打って付けだった。

男爵が、従者を雇うのも普通だ。

特別でない限り、男爵が、売春婦なんかに自分の配下の男を就かせるはずもない。


 つまり男爵にとって、全ては当たり前のようなのだ。

それでもザシャは、男爵が何かを企んでおり、その女がスパイかもしれないと考えていた。


 もし隙があるとしたら、一点のみ、それは、彼女がラーウス人であるかどうかだ。

それでザシャは、男爵に知られないよう、バルナ人であるマルクをミラの従者に送ったのだった。

男爵は簡単には尻尾を出さないので、ラーウス人には、バルナ人を当てた方が簡単だと思ったのだ。



 マルクも、プリオベール男爵が、裏の組織に疑がわれているのを知っており、

従者を雇おうとしているのも聞いていた。

それでもラーウスの女の従者だし、バルナ人の自分には依頼しないだろうと思っていた。

彼は、ザシャの一味ではなかったけれど、彼らとは顔見知りだ。

それでザシャから、バルナ人であるのを隠して女の従者に、と持ちかけられた時は驚いたが、

仕事を請けたのは、ラーウスを見てやろうと思ったからだった。



 マルクは、バルナが国家として存在しなくなった時から身分を隠し、

あちこちを遍歴しつつ用心棒のような仕事をして食いつないできた。

自分の国は無くなり、国民は帝国全土に散らされたという惨めさを味わいながら生きてきたのに、

ラーウス人は、のうのうと生き延びている。

マルクは、それが許せなかった。

ラーウス人を侮ってはならず、警戒し続けるべき人種だと覚えているのは、今はもうバルナ人だけなのだ。



 とにかく、ザシャの依頼は、ミラがラーウス人かどうかを確かめることだ。

ミラの出生証明書や書類は、偽装ではない。

それでも彼女は、ラーウス人の様ではないし、ましてや売春婦でもないとマルクは思った。

子供の頃に誘拐されたそうだが、そんな風に育ったようにも見えない。

第一、あのラーウス人の子供を誘拐する方がどうかしていると思う。


 ミラは、ラーウス人というより、洗練された清らかさを漂わせている。

騎士として訓練されたマルクは、それが気になっていた。


 ところがミラは、エルナトを自分の物であるかのようにも言う。

こんな小娘に何が分かるのだと腹が立ったので、

彼女の言う騎士の役を演じ、困らせてやろうと思ったのに、ひるむどころか女王のように振舞う。

そうかと思うと、今度は、「年を取った男の相手をさせられていた」とも言う。

それも事実のようだ。


 マルクは、考えれば考えるほど、不可解なミラの行動に困惑していた。


 彼は、ミラがラーウス人でなければ、ザシャの一味が、彼女を殺すつもりなのも知っている。

雇い主の男爵には恩はないし、こんな女に肩入れして、ザシャやその背後のやつらに睨まれるのも割りが合わない。

キドが動き始めたので、一応、自分の仕事はやったが、これ以上は係わりたくないと思っていた。



 さて、キドが仲間の男と腹ごしらえをしていると、もう一人の男が風呂から出てくる。

「マルクは、ラーウス行きの船に乗ったのか?」と聞くので、

キドは、骨付きの肉をしゃぶりながら答える。

「ああ、二人仲良くね」

そしてキドは、空港で見たことを、面白おかしく二人に言って聞かせた。


 彼らは、ひとしきり笑い、

「確かに、あの女は頭がおかしいんだ。

男爵んちで贅沢でもして、自分はお姫様にでもなった気分じゃないのか?」

「いや、変なもんを食ったのさ。まるで子供の学芸会だ」

「おまけに、マルクに『救いはあるのか』だって?」

と言うと、また大きな声を出して笑う。


 「その時のやつの顔を見せてやりたかったぜ。

こっちは笑うのをこらえるのに必死だったんだ」

「ざまあみろ。しばらくは恥ずかしくて、顔も出せないだろうよ」

「ザシャは、マルクが判断できないんなら殺せと言ったが、あの女に何が出来るっていうんだ?」

「男爵も愛想が尽きて、ラーウスに追い返したのさ」

「まあ、そんな所だな」

「女を助けて、いい気持ちになったとしても、

今頃、自分が雇った従者がバルナ人だと知って青くなってるんじゃないか」

「あの調子じゃ、マルクは切れて、あの女を殺っちまうかもな」


 こうして男たちは笑い、愉快なひと時を過ごしている。

彼らは、最近、うろちょろする男爵にも一撃した思ったのだ。

自分たちの方が欺かれているのには、気付いていない。


 「あの女を殺す前に、ちょっと痛めつけて、何か知ってることでも白状させようかとも思ったが、

ザシャが、男爵の動きに用心しているからな。

仕事を早めに終わらせて引き上げるよう言ってるし、楽しむ時間も無くて残念だったよ」

「まあ、いいんじゃないのか? 楽しみは、仕事が終わってからいくらでもあるさ」

「ああ、あの女がキラルに何か言っても、キラルは山ん中だし、数日はかかる。

今度のことに気付いても、その時には、俺たちはもう同盟国の外に出た後だ」

「いつもの事さ。

さ、腹ごしらえはすんだし、俺も風呂に入ってさっぱりしたら出かけるぞ」

とキドは言って、風呂場へ行った。




 そのころミラとマルクは、ラーウス行きの小さな乗客船に乗っていた。

ミラは、これで最後だ、自分はラーウスに行けるのだと思うと、緊張が解けていくのを感じる。


 「眠ってはいけないと言われていたのに」と思いながら、瞼が重くて耐えられない。

彼女はマルクに寄り掛かり、深い眠りへと落ちていく。


 マルクは、そんな彼女に、自分をバルナ人と知って寄り添って眠れるラーウスの女はいないと思った。

彼は、ミラが、ラーウス人ではないと思う気持ちが強くなっている。

それに、彼女に対して不思議な感情も生まれていた。

このように、自分が、どう判断して良いのか分からない女は初めてなのだ。

彼は、自分の肩と胸に、彼女の重みが掛かっていくのを心地よく感じるのを否めない。

何故だろうと思いつつ、そのまま、彼女の寝息を聞いていた。



 少しして、ミラがうっすらと目を開けると、自分がマルクの胸によりかかり、

彼の腕が、彼女の体を覆っているのに気が付いた。

マルクは眠っている。

そしてミラは、また目を瞑り、眠りの世界へと戻っていく。

ミラは、自分が騎士に守られている心地よさに、しばしの安らぎを得ていたのだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。