4話 女王
惑星リアマは、気温は高めでも乾燥しているので、さほど暑く感じない。
住民は、日差しを遮断する長袖の服を着ており、ミラのマントも、陽の光から彼女を守っている。
裏道で、マルクを見ていたミラのマントを風が吹いて広げ、マルクのマントも揺らした。
マルクは、何事も無かったかのように後ろを向くと、市場の通りへ戻ろうとする。
ミラも、慌てて彼を追いかけ、通りへ向かった。
市場へ戻った二人は、人ごみの中を縫うように歩き、旅行者が行き来する空港へと急ぐ。
ミラは、マルクの後を追うのに一生懸命だった。
彼は、ミラが疲れていることなどかまうことなく、広い歩幅で歩き続ける。
ミラは、彼を見失えば、自分は捨てられると思った。
そしてキドたちに殺されてしまう。
そうして二人が空港へ着いた時、ミラはもう一歩も歩けないというほどに疲れ、倒れるようにベンチに座った。
マルクは、搭乗手続きをするためにカウンターへ向かう。
それまで二人は、何もしゃべらなかった。
ミラは、マルクの背中を見ながら、
「なぜ彼は、ラーウスへ行く自分の従者になったのだろう」と思った。
エルナトのことが関係しているのだろうか。
彼の年齢からすると、バルナがエルナトを攻撃した時、彼は自分ぐらいの年だったはずだ。
彼は、そこにいたのだろうか。
「確かめなければ」と思う。
ベンチの辺りには、多彩な植物が植えられており、それはリアマを象徴するような庭らしかった。
心地よい風が吹いており、大きな葉がゆりかごのように揺れ、甘い花の香りがする。
ここに降り立った人は、旅行者なら、この楽園のような小さな庭に感激し、
土地の人ならば、故郷に戻った安堵感に浸るのだろう。
ミラはそれを見ているのだけれど、美しいと思う心の余裕は無かった。
彼女の体力は、すでに限界を超えている。
マルクは戻ってくると彼女の横に座り、
「あと一時間で、ラーウス行きが出るそうだ」と言った。
ミラは顔を上げ、彼を見る。
そして言った。
「あなたは、バルナの騎士なの?」
マルクは、しばらくの間、黙っていた。
並んで座る二人の前を、花びらが風に舞い、幾頭もの小さな蝶のように通り過ぎていく。
ミラは、それらを目で追いながら、時を刻むのが遅くなったようで、この沈黙を長く感じた。
マルクが、「バルナの騎士などない」と言った。
するとミラは、
「あなたは」と言った後で少し躊躇し、それから声に力を込め、
「エルナトを攻撃した者の一人ですか?」と聞いた。
マルクは彼女を見る。
彼女の目は、「わたしのエルナトを攻撃したのか」と言わんばかりだ。
マルクは、自分が挑戦されていると感じた。
あの時、この女は、生まれていなかったはずだとマルクは思った。
売春宿から買い戻され、髪も荒れて短く、薄汚い乞食のような女なのに、
女王のように威厳を持って振る舞い、自分に尋問する。
「何様だと思っているんだ」とマルクは思った。
マルクは立つと、彼女に前で方膝を付き、その手を取ってキスし、
「もしそうだとしたら、どうするおつもりですか?」
と言って口元をゆるめ、侮るかのように彼女を見上げる。
ミラにはバルナについての知識などなく、「バルナの騎士」とはいったい何なのかさえ知らない。
そして、彼の挑戦的な態度に、この人は本物の騎士なのだと思った。
彼には、高貴な者としてのプライドがある。
それが彼女を捕らえていたのだ。
ミラも、彼の挑戦に答えることにし、
「そうであれば、わたしは、あなたが、わたしの従者になった理由を知りたいのです」と言った。
それは、自分に仕える者への真意を問いただすかのようだ。
マルクがミラに対して取った行動は、彼女を慌てさせるためだった。
ところが、そのひるまない態度に、彼はこの茶番を続けることにし、
「ラーウスを、この目で見てみたいと思ったからです」
と形ばかりの敬意を込め、侮っているのをあからさまにしながら答える。
「それだけですか?」と彼女が聞くので、
「それだけです」と彼は答える。
その口調は優しいのに、目は厳しい。
ミラは、それ以上、彼からは何も聞けないと思った。
あのエルナトの事件の後、バルナの国土は帝国に吸収され、国家として存在しなくなっている。
バルナの騎士団が存在していたとしても、今は無くなったはずで、
「バルナの騎士などいない」と言った彼は正しいのだろう。
ミラは、自分の国を無くしてしまったとは、どういう気持ちだろうと思った。
マルクは立ち上がると、彼女の横に腰を下ろした。
すると彼らの関係は、ただのラーウスに戻る女と、雇われた従者に戻ってしまった。
「あんたは、ラーウス人には見えない」とマルクは言った。
そしてミラの腰の短剣を見る。
「その短剣も、取って付けたような扱い方しかできない」
ミラも自分の短剣を見た。
「ラーウス人は、短剣の使い方が上手いんだが、あんたは下手だ。
まあ、プリオベール男爵の女の証としては用を成しているが」
と言うと、ふんっと鼻で笑って、
「とにかく、売春宿にいたというのも怪しいもんだ」と付け加えた。
ミラは、それに対して何と答えようかと考え、
「わたしは、年を取った男の相手をさせられていたのです」
と、声を下げ、うつむきながら答える。
彼女にとって、それは本当だったし、マルクに嘘は通じそうもないので、自分の正直な気持ちを言うしかないと思ったのだ。
しかもミラは、それを恥じていた。
口にすることすら自分にとっては罰で、
その過去を思い出すことは辛く、出来れば無かったことにしたかった。
相手が年を取っていたことが問題なのではなく、
尊敬できない相手に、自分を簡単に渡してしまったことを後悔している。
それ故に自分はイベリス・ライーニアを諦め、プリオベール男爵フィニアスにも愛されることはないと思ったのだ。
ミラの哀れな様子を見たマルクは、うっすらと笑みを浮かべると言った。
「あんたは、一生、それを抱えて生きていくんだ」
それを聞いたミラは、彼の目を食い入るように見つめる。
そして、
「わたしに、救いはあるのでしょうか」と聞いた。
その目は純粋で、ひたむきだ。
マルクは前を向き、それ以上、何も言わなかった。
彼は、ミラがラーウス人であれば、
「救いなどあるはずはない」と言ってやりたかった。
自分は、彼女が「もっと苦しめばいい」と思って話しているのに、
彼女は、バルナの騎士と疑っている自分に「救い」について聞いてきた。
どうしてバルナ人である自分が、宿敵であるラーウス人の女に、「救いがある」と言えるのだ。
出来れば、この手で殺してやりたいとさえ思っているのに。
彼が何も言わなかったのは、ミラはラーウス人ではないような気がしていたからだった。
彼女の個人的な問題など彼には関係ない。
自分の仕事は、彼女をラーウスに送り届けることで、
こんな女の「救い」など、どうでもいいと思っていたのだ。




