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イベリス (Iberis)    作者: Naoko
2部 ミラ
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          4話 女王

 惑星リアマは、気温は高めでも乾燥しているので、さほど暑く感じない。

住民は、日差しを遮断する長袖の服を着ており、ミラのマントも、陽の光から彼女を守っている。

裏道で、マルクを見ていたミラのマントを風が吹いて広げ、マルクのマントも揺らした。


 マルクは、何事も無かったかのように後ろを向くと、市場の通りへ戻ろうとする。

ミラも、慌てて彼を追いかけ、通りへ向かった。

市場へ戻った二人は、人ごみの中を縫うように歩き、旅行者が行き来する空港へと急ぐ。


 ミラは、マルクの後を追うのに一生懸命だった。

彼は、ミラが疲れていることなどかまうことなく、広い歩幅で歩き続ける。

ミラは、彼を見失えば、自分は捨てられると思った。

そしてキドたちに殺されてしまう。



 そうして二人が空港へ着いた時、ミラはもう一歩も歩けないというほどに疲れ、倒れるようにベンチに座った。

マルクは、搭乗手続きをするためにカウンターへ向かう。

それまで二人は、何もしゃべらなかった。


 ミラは、マルクの背中を見ながら、

「なぜ彼は、ラーウスへ行く自分の従者になったのだろう」と思った。

エルナトのことが関係しているのだろうか。

彼の年齢からすると、バルナがエルナトを攻撃した時、彼は自分ぐらいの年だったはずだ。

彼は、そこにいたのだろうか。

「確かめなければ」と思う。



 ベンチの辺りには、多彩な植物が植えられており、それはリアマを象徴するような庭らしかった。

心地よい風が吹いており、大きな葉がゆりかごのように揺れ、甘い花の香りがする。

ここに降り立った人は、旅行者なら、この楽園のような小さな庭に感激し、

土地の人ならば、故郷に戻った安堵感に浸るのだろう。


 ミラはそれを見ているのだけれど、美しいと思う心の余裕は無かった。

彼女の体力は、すでに限界を超えている。



 マルクは戻ってくると彼女の横に座り、

「あと一時間で、ラーウス行きが出るそうだ」と言った。

ミラは顔を上げ、彼を見る。

そして言った。

「あなたは、バルナの騎士なの?」


 マルクは、しばらくの間、黙っていた。

並んで座る二人の前を、花びらが風に舞い、幾頭もの小さな蝶のように通り過ぎていく。

ミラは、それらを目で追いながら、時を刻むのが遅くなったようで、この沈黙を長く感じた。



 マルクが、「バルナの騎士などない」と言った。

するとミラは、

「あなたは」と言った後で少し躊躇し、それから声に力を込め、

「エルナトを攻撃した者の一人ですか?」と聞いた。


 マルクは彼女を見る。

彼女の目は、「わたしのエルナトを攻撃したのか」と言わんばかりだ。

マルクは、自分が挑戦されていると感じた。 


 あの時、この女は、生まれていなかったはずだとマルクは思った。

売春宿から買い戻され、髪も荒れて短く、薄汚い乞食のような女なのに、

女王のように威厳を持って振る舞い、自分に尋問する。

「何様だと思っているんだ」とマルクは思った。



 マルクは立つと、彼女に前で方膝を付き、その手を取ってキスし、

「もしそうだとしたら、どうするおつもりですか?」

と言って口元をゆるめ、侮るかのように彼女を見上げる。


 ミラにはバルナについての知識などなく、「バルナの騎士」とはいったい何なのかさえ知らない。

そして、彼の挑戦的な態度に、この人は本物の騎士なのだと思った。

彼には、高貴な者としてのプライドがある。

それが彼女を捕らえていたのだ。


 ミラも、彼の挑戦に答えることにし、

「そうであれば、わたしは、あなたが、わたしの従者になった理由を知りたいのです」と言った。

それは、自分に仕える者への真意を問いただすかのようだ。


 マルクがミラに対して取った行動は、彼女を慌てさせるためだった。

ところが、そのひるまない態度に、彼はこの茶番を続けることにし、

「ラーウスを、この目で見てみたいと思ったからです」

と形ばかりの敬意を込め、侮っているのをあからさまにしながら答える。


 「それだけですか?」と彼女が聞くので、

「それだけです」と彼は答える。

その口調は優しいのに、目は厳しい。

ミラは、それ以上、彼からは何も聞けないと思った。


 あのエルナトの事件の後、バルナの国土は帝国に吸収され、国家として存在しなくなっている。

バルナの騎士団が存在していたとしても、今は無くなったはずで、

「バルナの騎士などいない」と言った彼は正しいのだろう。

ミラは、自分の国を無くしてしまったとは、どういう気持ちだろうと思った。



 マルクは立ち上がると、彼女の横に腰を下ろした。

すると彼らの関係は、ただのラーウスに戻る女と、雇われた従者に戻ってしまった。



 「あんたは、ラーウス人には見えない」とマルクは言った。

そしてミラの腰の短剣を見る。

「その短剣も、取って付けたような扱い方しかできない」

ミラも自分の短剣を見た。


 「ラーウス人は、短剣の使い方が上手いんだが、あんたは下手だ。

まあ、プリオベール男爵の女の証としては用を成しているが」

と言うと、ふんっと鼻で笑って、

「とにかく、売春宿にいたというのも怪しいもんだ」と付け加えた。


 ミラは、それに対して何と答えようかと考え、

「わたしは、年を取った男の相手をさせられていたのです」

と、声を下げ、うつむきながら答える。


 彼女にとって、それは本当だったし、マルクに嘘は通じそうもないので、自分の正直な気持ちを言うしかないと思ったのだ。

しかもミラは、それを恥じていた。

口にすることすら自分にとっては罰で、

その過去を思い出すことは辛く、出来れば無かったことにしたかった。

相手が年を取っていたことが問題なのではなく、

尊敬できない相手に、自分を簡単に渡してしまったことを後悔している。

それ故に自分はイベリス・ライーニアを諦め、プリオベール男爵フィニアスにも愛されることはないと思ったのだ。


 ミラの哀れな様子を見たマルクは、うっすらと笑みを浮かべると言った。

「あんたは、一生、それを抱えて生きていくんだ」


 それを聞いたミラは、彼の目を食い入るように見つめる。

そして、

「わたしに、救いはあるのでしょうか」と聞いた。

その目は純粋で、ひたむきだ。

マルクは前を向き、それ以上、何も言わなかった。



 彼は、ミラがラーウス人であれば、

「救いなどあるはずはない」と言ってやりたかった。


 自分は、彼女が「もっと苦しめばいい」と思って話しているのに、

彼女は、バルナの騎士と疑っている自分に「救い」について聞いてきた。

どうしてバルナ人である自分が、宿敵であるラーウス人の女に、「救いがある」と言えるのだ。

出来れば、この手で殺してやりたいとさえ思っているのに。


 彼が何も言わなかったのは、ミラはラーウス人ではないような気がしていたからだった。

彼女の個人的な問題など彼には関係ない。

自分の仕事は、彼女をラーウスに送り届けることで、

こんな女の「救い」など、どうでもいいと思っていたのだ。



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