3話 騎士
入国を認められたミラは、踊り出したい気分だった。
そして、彼女の従者として許可が降りたマルクに、
「ラーウスへ戻れるのよ!」と顔を輝かせて言い、意気揚々とヴァルハイ号へ向かう。
それに対し、マルクは不機嫌だった。
彼は、ミラの故郷への思いを募らせる、その無邪気な後ろ姿にイラついていたのだ。
カーゴスペースへ戻ると、女の子の家族と親子がいて、ザシャと呼ばれるまとめ役の男もいる。
そして船が再び発進するころになっても、マルクの言った通り、乗客は四十人ほどしか戻らなかった。
彼らは、許可されなかった者たちのことなど、どうでも良く、自分たちのことだけしか話さない。
ミラはその雰囲気に、自分はまだ喜ぶのは早いと思った。
この旅は、まだ半分しか終わっていない。
入国審査を無事に通過しただけで、ラーウスに無事にたどり着いた訳ではないのだ。
こうしてミラとマルク、二家族、そして三十数人の男たちを乗せたヴァルハイ号は、旅路へと戻った。
ミラも乗客を観察するゲームに戻ることにする。
男たちは、入国審査ステーションを無事に離れたことに安堵し、陽気になっていた。
会話は快活になり、ミラは、彼らが薬草の話をしているのに気付く。
どこでどんな薬草が採れるのかとか、その買い付けはどうとか、会話はあからさまになっている。
注意深く彼らの会話を聞き、彼らがどこで何を仕入れ、そして売ろうとしているのかを覚える。
また、船が一つ一つの惑星に止まる度に、誰が降りるのかを確認していく。
ミラは、五番目の惑星に貨物船がドッキングしたショックで、頭が揺れるのを感じた。
少しうとうとしていたらしい。
そして、誰かの手が彼女の布袋に伸びているのを見る。
ミラは、短剣を抜くと袋を刺し、床に固定する。
袋を盗もうとしていた男は手を引っ込め、後すざりすると、笑いながら去っていった。
「よく気が付いたな」
横でマルクが言った。
ミラは彼を振り向き、「わたしを警護するはずじゃなかったの?」と聞く。
「袋は自分で管理しろと言ったはずだ」
マルクは、彼女を見ることなどせず、煩わしいとでも言うように答える。
ミラはその様子に、マルクが守ってくれると安心し始めている自分が、甘いと思った。
男爵は、彼女の従者が「身を呈して守ってくれない」と言っていたはずだ。
彼は雇われた従者で、都合が悪くなれば主人を捨てるのは分かっている。
たった二日間で、彼と自分が、お互いに命を預けられるような強い関係になれるはずもないとも思う。
それでも彼女は、マルクを信頼し、自分の命を託したいという欲望に駆られる。
彼の、その仮面の下に隠されている何かに惹かれるのだ。
彼女は、その欲望に打ち勝とうと葛藤する。
ミラは、男爵が「絶対に油断するな」と最後に言ったのを思い出した。
「眠ってもいけない」のだ。
ミラは、それから一睡もしなかった。
緊張が彼女の感覚を麻痺させ、眠気も感じなくなっていく。
顔は青白になり、目も異様な光を放ち始める。
それはまるで追い詰められた獲物のようで、捕食動物を寄せ付けようとしないかのようだ。
ヴァルハイ号は、幾つかの惑星に寄り、男たちを降ろし、あの二家族も降りていった。
そして惑星リアマに付く頃には、乗客は五人になっていた。
ミラは、惑星リアマに降りると、ほっとし、その温かい気候に気だるさを感じる。
冷たい陰鬱な貨物船から開放されたと思う気持ちが、彼女の緊張を解いていく。
二人は、惑星リアマで別の宇宙船に乗り換えなければならない。
それは普通の乗客船なので、貨物空港の反対側の空港へ行かねばならず、市場の中を通って行く。
ミラは、マルクの後に付いて、買い物客でごった返す狭い道を歩いていた。
その土地は乾燥しており、土壁の三階か四階建ての建物が連なり、それが青い空に良く映える。
一階は、店になっているか、家畜を置く部屋で、住居はその上にあるらしい。
その窓は開いており、バルコニーもあって、心地よい風がカーテンを揺らし、住み心地は良さそうだった。
市場には、たくさんの食べ物や品物、そして鮮やかな色の布が並べられ、ミラの興味をそそる。
しかも、寝不足の彼女は、市場の熱気にも当てられ、ぼーっとしながら辺りを眺めている。
誰かが、マルクに話しかける。
次の瞬間、ミラは男たちに捕らえられ、人ごみから裏道に連れ去られてしまった。
彼女を連れ去った男の一人は、前の晩、彼女の袋を盗もうとしたキドだった。
キドは、すでにミラの短剣を奪っている。
そして、「こんなものを持ってちゃ危ないじゃないか」と言って、せせら笑いながら、それをミラの目の前にちらつかせる。
ミラはキドを睨むだけで、男たちがミラの両腕を掴んでいるので動けない。
彼女は、「男爵から『油断するな』と言われていたのに!」と悔しくて仕方がない。
その時、誰かが、キドの後ろから、すっとその短剣を抜き取った。
それはマルクだった。
「遊びが過ぎるんじゃないか?」とマルクが言う。
キドは、ふんと鼻を鳴らし、「あんたが、もたもたするからだ」と答える。
マルクは、ミラの腰の鞘に短剣を戻しながら、
「俺は自分の仕事をしているだけだ」と言った。
ミラの腕を掴んでいた男たちも、その手を離す。
キドは言った。
「この女はラーウス人じゃない!」
それを聞いたミラは、はっとする。
自分は、彼らを観察してたはずなのに、自分が観察されていたのには気付かなかったのだ。
そして彼らは、自分の何を知っていて、何を探ろうとしているのだろうかと思う。
しかもマルクと彼らは、仲間のような口調だ。
マルクはキドに、
「あの入国審査を通ったんだ。ラーウス人じゃないのか?」と答える。
「じゃあ、あんたが殺るのか?」とキドがニヤリとしながら言う。
ミラはマルクを見る。
何のことか分からない。
マルクは、表情を変えずに答える。
「言っただろう。
俺は自分の仕事をしてるって」
キドは、しばらくの間マルクを見ていたが、諦めたように苦笑いする。
そして軽蔑の目をマルクに向け、これ見よがしに彼のマントを跳ねながら横をすり抜け、
捨て台詞を吐いた。
「まあ、いいさ。
バルナの騎士も落ちぶれたもんだ」
驚いたミラは、マルクを見る。
「バルナの騎士!?」
彼女は、心の中で叫んだ。




