3話 醜聞
男爵は、呆れたという風に笑い、
「あんたは、誰のおかげで無事にいられたと思っていたのかね?」と言った。
その時フロースは、自分の自由は、この男に握られていたのだと思った。
「わたしがあんたの身代金を払ったんだ。
だからあんたは、誰にも手を付けられることなく、自由に自分のしたいことが出来ていた。
わたしは、あんたに期待していたんだが、残念だったな。
今となっては、売春宿にでも売りとばしておけば良かったと後悔している」
フロースは、お頭の金回りがなぜ良かったのか、そして医療品が定期的に届いていたのかが分かった。
彼だったのだ。
「それでは・・・」とフロースは言う。
「あなたは、わたしにどうしろとおっしゃるのですか?」
男爵は、しげしげとフロースを見る。
そして、うす笑いしながら、「まあ、起こってしまったものは仕方がない」と言った。
「反対派の努力は水の泡と消えたし、貧民街を戻せるわけでもない。
それに貧しい者は、どの時代にもいるものだ。
大方は、別の貧民街に移るだろうし、お頭とカミラは、いずれ連絡してくるだろう。
することは山ほどある。
だが、あんたが生きがいを感じていた場所は無くなったし、かと言って前の生活にも戻れない」
フロースは、眉をひそめて男爵に聞く。
「どういうことでしょうか?」
男爵は、「分かりきったことじゃないか」と答えた。
「あのきらびやかな世界は、醜聞だらけのあんたを、どう扱うのか分かっているだろう。
居心地が悪いだけだ。
オーデン伯爵、あいつはくずだった。
その息子はましだがな。
ディフォーレスト子爵、あんたの父親は、かなりのやり手だ。
娘があんな伯爵と結婚したのは汚点となったが、そんなことでやつは崩れない。
まあ、あんたも女の浅知恵で余計なことをしたもんだ。
大人しくしていればいいものを。
ところが今度は、あんたは誘拐され、貧民街にまで落とされてしまった。
これは子爵にとって、足かせとなるだろう。
未亡人とはいえ、もう誰も、あんたが綺麗な体でいると思わないだろうしね」
それを聞いて、フロースは、恥と怒りでいきり立つが、何も言い返せない。
そして、「それは、わたしが一番良く知っている」と、男爵は言った。
フロースは、はっとした。
彼は、自分が経験しているので、フロースがどんな扱いを受けるのか知っているのだ。
男爵は、フロースの腰に片方の手を回して言った。
「どうかな? オーデン伯爵夫人フロース・ディフォーレスト」
フロースは、男爵がその名を繰り返すのに理由があることに気が付く。
「わたしたちは似た者同士。
あんたは綺麗だし、開き直って、一緒にあの世界へ乗り込めると思うんだがね」
その言葉は、彼の計画をほのめかす。
男爵は、フロースの名前を利用したいと思っている。
汚れたのであれば、そう言う女として宮殿へ乗り込めばいいと言うのだ。
それはまた、フロースが彼の恋人になることでもあった。
プリオベール男爵が自分の身代金を払った理由は、これだったのだと彼女は思った。
男爵は、宮殿へ入り込みたいのだけれど、貧民街にいたという過去がそれを阻んでいる。
そこへ、彼女が舞い込んだのだった。
フロースがプリンセス・アリアの親しい友人であることは、彼女の価値を高めた。
それに、父親の子爵も宮殿への出入りを許されている。
彼女が貧民街へ落とされたので、プリオベール男爵が恋人になっても問題はない。
二人は、釣り合っているということだ。
それに男爵は、彼女の陰口をたたき悪意を持つ者がいるとしても、状況を打破する自信があった。
彼女に必要なのは守る者であり、彼女もそれを望んでいる。
彼女は、自分から離れられなくなる。
男爵は、フロースと結婚する気はないが、彼女は自分との結婚を望むようになるだろうと踏んでいた。
フロースは顔をそらしながら、「あなたは、結婚をするような方には見えませんけれど」と答える。
彼女は、彼と会話しながら、彼の不思議な魅力に取り付かれ始めていた。
自分でも驚いているのだけれど、腰に彼の手を回されても嫌な気がしないのだ。
あれほど「男はもう嫌だ」と思っていたのに、体が違うものを要求している。
それでもフロースは、自分が求めているのは、一時の恋ではなく、長く続く愛情なのを知っている。
それはイベリスを失った時に嫌と言うほど経験した。
彼女は、この男に抵抗しなければと思う。
「あなたは、いずれ結婚するとしても、それは自分の血筋を残すためのものでしょう。
そのお相手は、傷も汚点もない人形のような娘です。
醜聞のあるわたしは、あなたの後継者にとって汚点にしかなりません。
結婚をちらつかせてわたしを手に入れたとても、用がなくなれば、あなたの女たちと同じように扱うのでしょう?」
彼は笑いながらそれに答える。
「その通り。あんたは、自分の価値を良く知っている」
フロースは、そのあからさまな言い方に怒りを感じる。
彼のことを気にしていないのであれば、無視すればいいのに、感情がそれを許さない。
男爵が、もう一つの手で彼女の頬に触れようとすると、フロースは噛み付こうとする。
男爵は、「おっと」と言って、フロースの髪を掴んだ。
それはフロースにとって、淑女のすることではなかったし、男爵も、紳士がするような行為ではない。
フロースは、この男は自分を卑しめると思った。
すると、体中の全ての血が毒にでも変わったように感じ、熱くなる。
男爵はフロースの髪を引っ張り、その顔を上げ、彼女の潤んだ目を見ると、
「あんた、熱があるんじゃないのか?」と言った。
彼女の顔は赤く熱っており、悪寒もする。
フロースは、それまで張り詰めていたものが一機に崩れ始め、気が遠くなるのを感じ、男爵の腕に倒れ込んだ。




