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イベリス (Iberis)    作者: Naoko
2部 ミラ
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38/101

          2話 過去

 プレオベール男爵は、「あんただって分かっていたはずだ」と言った。

フロースは、それを否定しない。

自分が保護されれば、お頭が自分を誘拐したことが明らかになり、それを知っているカミラも捕まる恐れがあるのだ。


 「誘拐罪の罰は重い。

知らなかったとは言え、プリンセス・アリアを狙って誘拐したのだから、下手すれば死刑だ。

それを恐れたカミラは、あんたを好きだったし、上手く逃がそうとしていた。

それに、あんたも、そのチャンスがあったのに逃げなかったしね。

まあ、それは分からんでもないが」

フロースは、男爵の顔をじっと見つめた。

そして、この男は何者なのだろう。自分の何に気付いたのだろう。また、貧民街が無くなったとは、どういうことなのだろうと思った。


 フロースのいた貧民街は都心部に近く、そこを一掃して商業地域に変えようという計画があった。

推進派が計画を進められなかったのは、住民の抵抗や、その土地の利用の仕方で意見がまとまらなかったからだ。

その反対派を指揮している者の一人に、プリオベール男爵がいたのだった。


 「帝国警察は、あんたを捜すために、貧民街を一斉捜査すると言ってきた。

ところが軍を要請し、住民をトラックに詰めて連れ出し、貧民街の撤去を始めたんだ。

それは、あっと言う間の事で、わたしのいない時だったし、他の反対派も動けないようにされていた。

これを偶然だと思うかね?」

フロースは、強制撤去が計画されていたものだと知った。


 「そう、帝国政府は、あんたを利用したんだ。

あんたがあそこにいるのも、すでに知っていたのかもしれない。

とにかく、あんたを捜すという大義名分の下に、あそこを更地に出来たって訳さ」


 フロースは、「じゃあ、カミラや医者はどこに行ったのですか?」と聞く。

「カミラは、逃げずに女や子供たちと残ったから、共に収容所へ送られた。

直に手を打ったから、逮捕されることはないはずだ。

医者は酔っ払ってたし、元は名の知れた人で親戚もいるから、病院へ送られたね。

まあ目が覚めたら、病室に隔離されている自分に気付くだろうよ。

お頭は捕まらなかったが、今はどこにいるのか知らない」


 「病人たちは?」

「簡易病院に入れられた。

変な病気を広められては困るってことで、人道的には扱われてるはずだ」

「では、皆さんは、ちゃんとお世話されているのですね」


 フロースは安心するのだが、それにしても、何故、男爵が怒っているのだろうと思う。

皆は安全のようだし、病人たちも世話をされている。

そもそも、貧民街の撤去に反対している理由が分からない。

汚い貧民街が綺麗になるのは、いいことではないかと思ったのだ。

それで、「あなたは、何を怒っているのですか?」と聞いた。


 男爵は、こんな女に言っても仕方がないと思ったのだけれど、付き合うことにする。

「あそこから追い出されて居場所のなくなった連中には、どんな希望があると思うんだ?」

それを聞いたフロースは驚いた。


 確かに、貧しくて汚かったとはいえ、あそこには彼らの家があった。

しばらくの間、そこで生活したフロースは、彼らが、路上よりましな生活をしているのを知っている。

そこに住む人の多くは、都市部での賃金の安い仕事に就いており、交通の便のいい所で生活していた。

ところが、突然に収容所へ入れられたので、次の日に仕事へ行けなかったのだ。

男爵が怒っているのは、彼らが一夜の内に家を失ない、失業してしまったことだった。


 それでフロースは、

「あなたが考えていたのは、貧民街を無くすことではなく、

あの人たちが自立して生計を立て、自分たちで貧民街を小さくしていくことだったのですね?」と聞く。

男爵は黙っている。

「それは、あの人たちだけで出来ることではありません。とても大変なことです!」

彼は、「そこが問題なんだ」と答える。


 「では、今回のことは、わたしにはどうすることも出来なかったはずです。

政府が、すでにあそこを撤去しようとしていたのですから」

とフロースが言うと、男爵は、

「あんたが顔を知られなければ、あそこは今でも残っている。

我々は交渉している最中で、時間を必要としていた。

あんなことにならなければ、彼らは今夜もあそこで眠り、次の朝、仕事に行けたはずだ」と反論し、

そして、「以前、わたしも、あそこに住んでいたんだ」と言った。


 「わたしの父は、男爵として領地を持っていたが、騙され、破産し、自殺してね。

当時、寄宿学校にいたわたしは放り出され、自分の家に忍び込むことまでして、相続するはずだったものをいくらか盗み、あの貧民街へ逃げ込んだんだ。

あそこは食べていくだけの、人が生活する最低の場所で、わたしにとっては屈辱的だった。

死んだ方がましだとも思ったよ。

それでも、あそこだけがわたしに眠る場所を与え、立ち上がる時間と機会を与えてくれたんだ。

お頭がその機会を開いてくれてね。

それで今、わたしはこうして、父が持っていた以上の物を所有するようになった。

それが分かるかね? オーデン伯爵夫人フロース・ディフォーレスト。

帝国政府は、彼らに準備させることなく、一夜にしてあそこを取り去ったのだ。

あんたのせいで」


 「どうしてわたしのせいなのですか?

わたしを売ろうとしたのは、お頭の手下ではありませんか。

わたしは騙されただけです。

大体、あの男がお頭を裏切るだなんて、どうしてわたしに分かるのでしょう。

あなたたちは、お互いに忠実だったのではありませんか?」とフロースは言った。

それに対し、男爵はいくらか気を静める。


 「あんたの言うことも一理ある。

お頭を裏切ることはゆるされない。

あのうらぎった男は、今頃はどうなっているのか分からないな」と答えた。

フロースは、不安げに聞く。

「犬たちが、彼を殺したのですか?」


 「いや、犬たちはあんたを助けただけで、そんなことはしていない。

わたしの部下も、政府側に察知されないように動いているからね。

だから、わざと逃がした。

あの男をどうするかは、お頭だけだ」


 そして男爵は、フロースをあざ笑うように言った。

「そうだな、あんたは騙されたんだ。

だが、知っているかね? あんたは、すでにわたしに買われていたんだよ」

フロースは、自分の耳を疑った。

「わたしがあなたに買われていた? どう言うことです?」



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