5話 偽りの誓い
朝のオーデン家、別邸。
訃報を受けたその家では、上を下への大騒動になっていた。
オーデン伯爵は、まだ六十歳代の元気な盛り、「憎まれっ子世にはばかる」の諺そのもので、「呪うに死なず」だとも言われていた。
次の当主ヘンリーは、十四歳になったばかりで、一族の間には混乱が生じている。
突然の当主の死に呆然としている者や、泣いている者もおり、彼らをまとめるべく陣頭に立ったのはディフォーレスト子爵だった。
アリアは、その騒然としているオーデン家で、一人、冷静でいる。
彼女にとってオーデン伯爵の死などどうでも良く、「これでフロースを取り戻せる」と思ったのだ。
子爵から連絡を受けたアリアは、フロースの元に駆けつけ、彼女の部屋へと向かった。
母親の子爵婦人はエスペビオスにおらず、すぐには来れないでいた。
騒ぎの中、フロースのいる部屋の辺りだけは静かだった。
その静けさは、同じオーデン家とは思えないほどで、全く違った雰囲気に異様ささえ感じる。
アリアはドアを開け中に入ると、フロースの部屋を見回す。
彼女は身震いした。
フロースの雰囲気が漂っているのに、違和感を感じるこの部屋が嫌いなのだ。
ここで一年あまりを過ごしたフロースは、結局のところ、伯爵家の一員になれなかったと思った。
フロースは、前に会った時と同じように、ただ窓の外を見ていた。
そして、アリアを振り返ると、同じ挨拶をする。
あの時より悪くなっているとアリアは思った。
「フロース、そんな他人行儀な挨拶はやめて。
わたしこそ、あなたをほっといて悪かったと思ってるのよ」
それにフロースは、微笑むと言った。
「それはいいのです。姫様は、勉強でお忙しいのですし」
そうしてフロースは、侍女にティーの準備させる。
「わたしと一緒にティーはいかがですか?」
フロースは、にっこりと笑った。
「フロース・・・私、何ていったらいいのか・・・」
アリアは戸惑っていた。
彼女の様子は明らかにおかしいのだけれど、どうしていいのか分からない。
それをフロースは察知したのか、
「いいのですよ。分かっていますから・・・」
と言って微笑んだまま、同じようなことを繰り返して言うだけだ。
侍女がティーを持って来ると、フロースは自分ですると言って侍女を下がらせた。
そしてティーをカップに注ぎ、アリアに渡す。
「こうして、姫様にお茶を差し上げるのも久しぶりですね」
アリアはそれを受け取る。
「そうね、私たち、よく一緒にティータイムを楽しんだわね」
そして一口飲むと言った。
「フロース、わたしにできることはない?」
「そうですね・・・」
とフロースは言って、少しの間、考えてから答える。
「とにかく、葬儀が先でしょう」
「それはそうだけど、あなたはどうしたいの?」
「しばらくは喪に服しませんと」
「それも分かってるわ。私は、あなたのこれからの身の振り方のことを聞いているの。
もちろん、こんな所は出るのでしょう?」
「それは・・・まだ考えていません。
ああ、そう言えば、ハダサ様も喪に服しておいででしたね」とフロースは、ちぐはぐなことを言う。
「フロース、それは、もう二年も前の話よ。
わたしは、あなたを、こんな所から救い出したいの、今にでもよ」
アリアは、自分がフロースをせきたてていると思った。
それでも止まらない。
フロースの結婚が惨めだったとは言え、夫を失ったばかりの彼女に急がせるのは良くないのに、どうしようもないのだ。
この場所がフロースを蝕んでいるようで、彼女をここに置いておけない。
それは子爵も同じように思っているはずだ、と心がせいている。
アリアは、こんなに突然に、オーデン伯爵が死んでしまうとは思っていなかった。
それに、フロースのイベリスへの想いも気にしている。
もちろん、自分からイベリスの名を上げることなど出来ない。
夫を亡くしたばかりのフロースに、その名は辛すぎる。
アリアは、落ち着かねばと思った。
とにかく今は、自分よりフロースの事だ。
「わたしは、自由になりたかったのです」
突然、フロースが言った。
「どう言うこと?」とアリアが聞く。
「わたしは、伯爵と結婚しなければと思っていました」
「え?」
「そうするしかないと思ったのです。
結婚し、夫が死に、未亡人になれば、わたしは自由になれます。
それは・・・イベリスに会う前でした」
「何ですって?」
アリアは声を上げた。
アリアも、伯爵を嫌っていたので、死んでくれたらフロースは自由になれるのに、と思わないでもなかった。
とはいえ、死ぬばいいと思っている相手と結婚できるのだろうかと驚いたのだ。
フロースは、バーディが逃げようと勧めても、自由になることを望まなかった。
フロースの、「逃げるだけでは何も変わらない」とは、「それだけでは幸せになれない」と言うことで、
自分で生きるために、何かしなければならないという気になれなかったのだ。
そうして不本意な結婚をしてしまったフロースは、夫の死を待つことにした。
ところが実際にそうなると、怖くなったのだ。
もしかしたら、自分が夫を殺したのではないかと思ったりする。
強い思いは、人の人生を変えることがあるので、ネガティブな思いは避けた方が良い。
とはいえ、オーデン伯爵のことは自業自得で、フロースのせいではない。
それでも、すでに弱くなっているフロースの心は、正しい判断など出来なくなっている。
「フロース、あなた、そんなことを考えていたの?
オーデン伯爵と結婚しなくても、あなたは自由だったのに」
フロースは、アリアを見る。
その目は、怯え、潤んでいる。
そして言った。
「そうなのです。わたしは、それに気付くべきでした。思い違いをしていたのです。
わたしは、とんでもないことをしてしまいました。
結婚すべきではなかったのです。
わたしは、自分の結婚の誓いに誠実ではありませんでした。
愛を誓いながら、夫の死を願っていたのです。
その気持ちは、イベリスを思えば思うほど強くなっていきました。
わたしは・・・わたしは、イベリスを忘れられないのです」
そう言って、フロースは泣き出した。




